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始まり

始まり②

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「だ、大丈夫か……」

「う、うん。たぶん……」

「ひっく……。ひっく……」

光り輝く魔法陣に吸い込まれ、目を開けると何もない白い空間に居た。
蓮の問いかけに、恐る恐る返事をする桜。
蓮の腕にしがみつきながら、必死で泣くのを我慢する向日葵。

理解は追いつかないが、妹達は傍に居る。
それだけが蓮を落ち着かせた。

「驚かせてしまいましたね。どうか落ち着いてください」

落ち着く優しい、聞き心地の良い綺麗な声。
振り返るとそこには、純白のドレスに身を包んだ美しい女性が居た。

淡い黄色の長く美しい髪と淡い水色の瞳。
純白のドレスから見える細い腕と豊満な胸。

一瞬見惚れてしまったが、蓮はすぐさま桜と向日葵の前に立ち身構えた。

「おひめさま?」

蓮の脚に抱きつきながら、向日葵が呟く。
そう言うのも理解できる。
それほどに美しい。
しかし、それよりも遥かに神々こうごうしい。

「私はクロノス。今、ご想像されている女神で相違ありません」

向日葵の問いに、微笑みながら答える。
そして、蓮と桜が想像したことが読まれている。

「女神様が何の御用でしょうか?」

蓮は小さく『大丈夫だよ』と妹達に伝えてから、女神を名乗る女性を見て質問した。
瞳も言葉も真っすぐに。
心が読まれている以上、詮索は無意味だ。

「この度、皆さんは今までとは異なる世界へ召喚されることとなりました」

聞けば、数百年に一度程度の頻度で、異世界への召喚や転生が行われているらしい。
理由は、蓮達の世界では使用されていない魔素まそと呼ばれるエネルギーを、異なる世界へ送り込むため。

異世界では魔法や錬金など様々な形で魔素は消費される。
消費が大きすぎると、その世界での魔素の回復を待っていられないため、他の魔素を消費しない世界から召喚や転生といった方法で魔素を送り込むらしい。

そして、蓮達は転生ではなく、精神や肉体をそのままに召喚されるというのだ。

「なぜ僕らを?」

人が急に居なくなれば騒ぎになる。
生きた人間を異世界に送るよりも、死んだ人間を異世界へ転生させる方が、色々と影響が少ないはずだ。

「ご……です……」

急に口ごもる女神。

「え?すみません。聞き取れませんでした」

「誤召喚ですぅ!ごめんなさぁぁい!」

泣きながら謝罪をする女神。

蓮と桜の脳裏に『は?』とやや切れ気味の疑念が浮かぶ。

幸か不幸か、その疑念も読み取れる女神クロノスは更に泣く。

聞けば他界した蓮達の両親を転生者として異世界へ送り込む予定だったそうだ。

それを誤って、蓮達に照準を定めてしまったそうだ。

「どういうことですか?」

「ひぃぃぃぃ!ごめんなさぁぁい!もうしませんからぁ!」

優しい笑みが逆に凄く怖い桜。
『戻れないとか言ったら容赦しないぞ。この駄神だしんが……』という桜の心を読んでしまい、更なる悲鳴を上げる女神クロノス。

「もうしませんっていうか、もう一回あってたまるかよ……」

そこから、桜にこってり絞りに絞られ、見るも無残な駄神感漂うクロノス。
登場して時の神々しさも威厳も雰囲気も、もはやボロボロだ。

そして話をまとめると、召喚は止められない。
異世界に行くことは確定事項。

幸いにも、転生ではなく召喚だったため、別の生物になることは免れた。

クロノスは時空を司る女神だが、クロノス以外にも魔法を司る女神や闘争を司る女神などが居る。

他の女神たちと話し合った結果。
謝罪として、蓮達には女神の加護や高ステータスなど特典が与えられることとなり、この場に至ったそうだ。


「本当にごめんなさぃぃ」

「いいこいいこ。こわいことないよ」

あまりの泣き方に、見かねた向日葵がトテトテと歩み寄り、駄神クロノスの頭を撫でる。

「うぅ。女神様ぁぁぁ」

女神に女神認定された向日葵。
おそらく人類史上初の快挙だろう。

「俺としてはいいんだけど……」

どうせ社畜。
そして金の亡者どもの相手。

桜と向日葵が傍に居るなら、戻る理由はなかった。

「わ、私は……。ううん。私も蓮兄れんにぃとひまちゃんが傍に居るなら大丈夫」

何か思うところがあるのだろうか。
それとも蓮と向日葵の為に、自分の想いを飲み込んだのだろうか。

蓮はあえて深く聞かなかった。

「ひまちゃん。これから新しいお家にお引越しなんだって」

蓮は、状況の理解ができない向日葵に簡潔に説明を試みた。
心優しい向日葵ならば『だいじょうぶだよ』と言ってくれるのではないかという駄神と化したクロノスの期待を裏切り、向日葵は簡潔に答えた。

「え……。おともだちあえないの……。やだ……」

そう言って涙目になる向日葵。

御剣家みつるぎけには5つだけ絶対破ってはならないルールがある。

通称、五大禁忌ペンタゴン

その中の1つ。

『家族を悲しませるな』にクロノスは抵触した。
ここでいう家族とは主に向日葵の事だ。

向日葵が涙を浮かべた瞬間、蓮と桜には、純然たる怒りが生まれた。

その脅威を心読まずして察知したクロノスが叫ぶ。

「お、おおお、おお、おおお、お友達私が作るから!すっごく優しくて強いお友達をすぐに作るから!」

「すっごくやさしいけど、すっごくの!?」

九死に一生。
いや、万死に一生を得るチャンスと言わんばかりにクロノスは畳みかけた。

「そ、そそそそ、そうよ!すんごく強いんだから!もうね、絶対安心!一緒に居て超楽しい!」

て、たのしいの!?」

女神と言えど死ぬのは怖いらしい。

「そ、そうなの!だからお願い!もう、本当に一生のお願い!」

こんなに綺麗な土下座見たことがない。

「んー。そっかぁ。じゃぁいいかなぁ」

何やら想像してニヤニヤしている向日葵。
クロノスの命懸けの願いが届き、機嫌が直った。

「ありがとうございますぅ!」

混じり気のない、心からの感謝だ。
もはやどっちが女神か分からない。

「どこに居ても3人一緒なら大丈夫。俺が必ず守るから」

蓮は向日葵を抱きかかえ、桜と寄り添い、言った。

その言葉に桜は頷き、向日葵は分からないまま蓮を抱き締めた。

「向こうについたら何となくわかる様にしておきます」

女神の雰囲気を取り戻したクロノスがそう言うと、再び光り輝く魔法陣が現れた。
そして、蓮達は来た時と同じように光に吸い込まれていった。

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