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第二部
第29話
しおりを挟むエデルはかつて隠れ家と呼んでいた廃屋に立っていた。
トレンメル家に戻って一年と二ヶ月が経とうとしていた。
当初波乱が予想されたが二人の結婚生活は穏やかなものだった。親族からの資金援助で資金問題は解決。負債も全額返済した。その翌年は天候に恵まれ麦は豊作となった。エルーシアと愛し合い睦み合う日々。夫婦である二人を誰も邪魔しない。そしてエルーシアの妊娠。来月には出産予定だ。エデルは笑みを浮かべる。
新婚四ヶ月ほどで妊娠。あれほど交わればそうだろうな。
ふとトレンメル家の死の呪いがエデルの脳裏をよぎる。死の呪いを逃れるために、本家の血筋を残すために多く子を成さねばならない。エデルが当主だったら親族筋から無理やり妾を押し付けられたろう。そう考えただけで嫌悪感で身震いが出た。だが対外的にはトレンメル家の当主はエルーシア、そうしておいて心底よかったと息を吐く。
エルーシアに出会う前はだらしない女性関係だったと反省するも結婚後はエルーシアに相当溺れていた。
エルーシアへの異常な執着。時にそれはエデルの冷静さを欠かせ怒りを纏わせる。情緒不安定なそれはエルーシアを深く愛し嫉妬するが故だった。当時は理解できなかったが、エルーシアを閉じ込めて嘘をついてまで手に入れようとした義弟ラルドの強い想いを今ならエデルは理解できた。結婚から一年以上経ったが未だに業火のような淫欲がエデルを苦しめていた。
エデルもエルーシアもまだまだ若い。今でもゆるく結ばれるが、子が生まれればまた激しく愛し合う日々に戻れるかと思えば興奮で背筋を震えが這い上がった。
エデルは隠れ部屋を見渡していた。この隠れ家の役目も終わった。自分はエルーシアと夫婦になれた。隠れて逢引する必要もない。
ここは先々代であった父エドアルドが使っていた母家、火事で打ち捨てられたままで老朽化も相当に進んでいる。オスカーにより立入禁止区域とされたが生まれてきた子がここに迷い込んでも危ない。父の遺言だったらしいがなぜ壊さずにここまで放置して残したのか。金がなかったというのもあっただろうが今は財政状況は悪くない。さっさと取り壊してしまおう。
そんな思考で古い本棚に触れていたエデルはある違和感に気がついた。本棚が浮いている。床から微かに浮いた重厚な本棚。その場合、それは隠し部屋の扉であることが多い。エデルは怪訝な顔をする。ここを何度も使ったがこの異変に初めて気がついた。
この部屋は父エドアルドの書斎だった。火が放たれた寝室とは対極に位置するため火の影響がそれほどない。内装は朽ちかけているが石造りの壁や屋根はしっかりしていた。
当主ならば隠し部屋を備え一族の秘密をしまい込むものだ。何か隠すべきものがトレンメル侯爵家にあるのならば知っておかなければならない。こういう秘密は第三者に先に暴かれては得てして酷くなるものだ。エルーシアの妨げになるならここで自分が握り潰そう。
あれこれいじり本棚を動かすことができた。砂煙と共に本棚が動き奥に小部屋が現れる。
窓さえない小部屋。木製の扉かと思ったが金属の扉に板が打ち付けられ本棚がつけられていたようだ。隠されたそこは元々は金庫かシェルターの意図があったのだろう。火事の影響もなく外と違い密封されていた為が朽ちた様子もない。おそらく当時のままの佇まいだ。
外は太陽の光が差し込み明るいがここは暗い。入り口には旧式のランプとマッチ。マッチを擦りランプに火を灯す。古い油で少し匂ったがランプが明るく輝いた。
ランプを片手にその小部屋に入りエデルは言葉を呑んだ。小部屋のありとあらゆる天井、壁には隙間なくびっしりと大小の絵が敷き詰められていた。額縁と絵に埋め尽くされ壁が見えないほどに。そしてそこに描かれた女性に目を瞠る。
「エルシャ‥‥」
そこにはさまざまな表情をしたエルーシアが描かれていた。しかし少し様子が違う。幼少のもの、少し大人びた少女、そして華やかな服装の淑女。顔はエルーシアと瓜二つだが纏う雰囲気が違う。正面の大きな絵に描かれていたのは儚げでどこか悲しげな女性。そして服装も髪型も時代を感じられた。
「これは‥エルシャの母親‥か?」
脳裏に子爵令嬢だった父の側妻を思い出す。家系図でのみ記されていたが名をなんといったか。記憶をさらうがなぜか思い出せない。側妻の絵は全て焼け落ちたと思っていたがここに集められていた様だ。絵の様子から幼い頃から父と近しい関係だったとわかる。
絵に埋め尽くされ、それらからの視線がエデルに突き刺さる。どこを向いてもどれかと目が合う。異様な圧迫感の部屋。側妻への愛。これがエドアルドの秘密なのだろうか?
小部屋に設られた家具はデスクと椅子、小さな本棚のみ。その本棚にはびっしりと本が積まれている。日記帳のようだ。その異様な光景にエデルの身が震える。意味不明な忌むべき怖気が背筋を這い上がる。
それでもエデルの視線はデスクの上に散らばった書類に吸い寄せられた。書類のサインはエデルの父エドアルド。書類は貴族戸籍の抹消、死亡届、養子縁組、送金処理。資料庫をあれほど探しても見つけられなかったある人物の死亡届。それがここにあった。そこに書かれた名前を掠れた声で読み上げた。
「‥‥エルフリーナ‥」
デスクの正面の一番大きな絵、その下には”美しいエルフリーナ“と書かれていた。
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