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第二部
第30話
しおりを挟む家系図を散々見ていたエデルはその名を知っていた。エドアルドの同じ両親から生まれた一つ下の実の妹。両親を事故で亡くした一月後に病で亡くなっている‥‥貴族戸籍と家系図上では。だが日付を見ればエルフリーナが生きていたとわかる。貴族戸籍の抹消、ここで死亡と届けられるもエルフリーナが半月後に子爵の養子となっている。謝礼だろうか、多額の送金票もあった。
新たな戸籍を得たエルフリーナ、そして———
「‥‥‥‥婚姻届‥‥馬鹿な‥‥」
子爵令嬢リーナと侯爵家当主エドアルドの婚姻。婚姻届はエドアルドとリーナの名が書かれていた。
「実の兄妹で婚姻‥なぜ‥」
それはラルドの行動と一致する。エルーシアを欲して妻にしようとした。
エルシャの母は父の妹だった‥?僕達は従兄弟なのか?
血の繋がった実の兄妹が結婚し交わる。子こそ成していないがそのおぞましさに身震いがした。
自筆であろうエドアルドと書かれているが見覚えのないサイン。家令のオスカーから受け取った日記。散々あの日記を読み込んでいたのに、父エドアルドが書いたと思っていた日記の筆跡と違うそれに驚く。目の前の書類に呼吸が浅くなる。
未だ現実の理解に脳は苦しんでしたが、視界ではさらに事実が突きつけられた。書きかけの日記。本棚に同じ背表紙の本が並んでいるから古くから綴られていた日記なのだろう。しかしその表紙は自分が手にした日記と違う。再び怖気がエゼルを襲うが手はデスクの上の日記帳をとって開いていた。その筆跡は婚姻届のサインと同じ。同一人物が書いているとわかる。
みっしりと綴られた日記の随所にエルフリーナの名が見える。ただひたすらに愛を訴えるそれらに顔を顰めパラパラとめくり、ある日付で手が止まる。エドアルドの両親が亡くなる直前だ。
“なぜ父も母も私を理解しない?これは純粋な愛なのに。これ程にリーナを愛しているのに。なぜ私が廃嫡されるのだ?
ああ、だが私がリーナの兄でなければ結ばれることができるのか?ならばそれもいいだろう。リーナが手に入るなら爵位などいらない“
エルシャが手に入るなら爵位などいらない
それは駆け落ちの前に自分がそう思ったことだ。父と同じ思考の自分にぞわりと震えが走った。日記の随所に記された言葉がエデルの心情と一致する。
一緒に育っていなくても僕はやはり父に似ているのだろうか‥‥
日記にはさらに両親に対するエドアルドの恨み言が続く。どうやらエドアルドは廃嫡されかけていたようだ。だがそれよりも露骨に綴られる実妹への執着にエゼルは目を瞠る。日記に書かれている、だからこれは偽りない本音だろう。義兄ラルドがエルーシアに向けた執着がそれに重なった。
父エドアルドがここまで抵抗なく妹を愛する。戸籍上は妹だがエルフリーナは実は血の繋がらない養子だったか?いや違う、養子の記述もなかった。何かおかしい。
ページを捲れば日付が飛んでいる。日付はエドアルドの両親が事故死した後だ。
“あぁ、なんということだろう。神は確かに存在した。私の望みは叶えられた。私を邪魔する両親が死んだ。罰せられるは私ではなく誤っていた両親だった。これで存分にリーナを愛することができる。私だけのリーナ‥‥もう誰にも渡さない”
エデルの祖父母は馬車の車軸が折れ崖から落ちて即死だった。侯爵家の馬車の車軸がそう簡単に、それも崖付近で都合よく折れるだろうか。以前侯爵家の貴族簿を読み込んでいた頃に事故報告を読んだエデルは何か作為的なものを感じていた。だがここにきてそれが真実味を帯びた。
「‥‥まさか‥‥‥」
震える指で日記をなぞる。そこには歓喜のエドアルドが綴られていた。
“邪魔な両親はもういない。私たちは存分に愛し合えるのにリーナが何か気にしているようだ。ならば新しい君の身分を与えよう。金と権力でどうにでもなる。君は子爵令嬢で僕の花嫁だ。本当は別の侯爵家の養子にしたかったが目立った行動はまずいと止められたから仕方がない。子爵令嬢では正妻にできないがこれ以上妻は娶らないから構わないだろう?私は君だけを愛しているのだから“
“何も心配いらないよ。全て私がうまくやるから”
そこから日記は婚姻を結んだ妻エルフリーナへの愛が、エルフリーナを手に入れて淫事に溺れる日々が赤裸々に綴られていた。妻へのそれならば熱愛だが元々は血の繋がった兄妹。ひたすらに妹を溺愛し交わるおぞましさにエドアルドはかけらも気がついていないようだ。その狂気混じりの愛情にエデルの手が震える。そしてあるページで手が止まりその目が釘付けになる。
「‥‥‥‥子供‥‥」
“なんと素晴らしい日だろう!子供が生まれた!私とリーナとの愛らしい子供。この日をどれだけ待ち望んだことか!”
二人に子供が生まれた。エデルはすぐにエルフリーナに瓜二つなエルーシアが思い当たったがそれはすぐに打ち消された。
“君も喜んでくれているだろう?私たちの初めての子供、見事な赤毛の男の子だ”
赤毛の男の子———
その文字をエデルは茫然と見つめる。体から一気に血の気が引いたが目がそこから逸らせない。
赤毛はトレンメル侯爵の長子に現れる。自分も赤毛だが母親は違う。エルフリーナではない。それはもう一人子供がいたということだ。
「初めての子供‥‥僕は嫡男ではない‥」
その子はどうなった?なぜ最初の日記では語られていなかった?その答えは数日後に記されていた。
“喜んでくれリーナ、良い乳母が見つかった。夫と乳飲み子を失った女だ。うちで雇っていた掃除婦だが元教師で学も良識もある。あれなら私たちの子を我が子の様に守り育て上げるだろう。君はエドゼルのことは気にせず私だけを愛していればそれでいいんだよ“
エドゼル———
エデルの呼吸が止まった。血の繋がった兄妹、二人が儲けた赤毛の長子。名はエドゼル。日付からその子はエデルと同じ年とわかる。
「‥‥‥そんな‥母さん‥」
その手からするりと日記帳が落ちた。
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