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第二部
第31話
しおりを挟む違う‥‥違う違う!
僕は母さんの子だ。これはたまたま同名の僕の異母兄弟で‥‥跡目争いに巻き込まれて死んだという長子。僕は父と母さんとの間に生まれて‥‥命を狙われて‥‥赤毛だって長子以外でも生まれるだろう。たかだか遺伝の話だ。そのあと父は無精になってエルシャが———
自分が矛盾している自覚はあったがその思考に蓋をした。そうしないと先に進めない。今まで盤石だと信じて立っていたところがもろく歪み立つことも難しい。エデルは酷い眩暈でその場にしゃがみ込んだ。
額から流れる冷たい汗が気持ち悪い。それを手で拭いエデルは呼吸を整えた。どうにか落ち着いたところで床の日記帳に手を伸ばす。その時目の前の床、そこに小さな取っ手があることに気がついた。取手の下には指が入るかどうか位の細い穴が空いていた。床下にあるなら隠し収納だろう。
隠し部屋に隠し収納。これ以上まだ隠す様なものがあるのか?何があると?これ以上酷いものなどないだろう?
苛立ったエデルは立ち上がり隠す様なそれに指をかけ、忌々しげに床板を引き上げた。
最初に目に入ったのは床板の下の鉄格子のはまった枠。その檻の格子を見てエルーシアの部屋の窓の鉄格子がエデルの頭をよぎった。
床下のそこはぽっかり空いた空間、目が慣れればそこが部屋だとわかる。どこかに小さな窓があるのか薄く光が中に差し込んでいる。今いる小部屋よりは空間の大きさを感じるがそれ故に隅々まで光は届かない。見える範囲で部屋には白い寝台が見えた。
不自然に部屋の中央に置かれた天蓋もない寝台。それは格子窓から見下ろせる場所にあった。眠る者を見下ろせる場所に。床板が閉じていれば細く空いた穴から覗み見れるだろう。
鉄格子を備える部屋‥‥それはまるで———
エデルがぐっと口元を抑え目を瞠る。エデルの視界に白い夜着が目に入る。持ち主の姿は見えない。隠し部屋の、さらに床下に隠された地下牢。だが牢と呼ぶには部屋の内装や置かれた家具が良すぎた。鉄格子がなければ侯爵家の普通の部屋と言えるだろう。
誰かが寝たあとのような乱れた寝台、テーブルの上の空の食器とコップ、ヘアブラシ。残されたもので誰か女性がそこで暮らしていたとわかる。寝台に繋がっている鎖と枷はなんのためのものだろうか。
よろよろとそこから身を引いたエデルはその場に腰をついた。見たものが信じられない。
ここで誰かを軟禁していた。当主が女性を‥‥
そして監視していた。
———誰を?
日記は全てエルフリーナ宛に書かれていた。日記では誰か宛に書かれることはあるがそこがどうも引っかかる。歪んではいるが熱愛する妻への愛情なら本人に言えばいい。なぜ日記に記す?日記の冊数を見れば相当前から書かれているのに。
胸騒ぎを覚え、床に落ちた日記に再び手を伸ばす。もうすでにエデルの神経は限界に近かったがここに軟禁された女性の身が無性に気になった。
床に片膝をつき読みかけの場所に戻ろうと日記のページをめくる。そしてたまたま開いていた箇所に目が行った。いくらかページが破かれていたためにそこは開きやすくなっていた。それに目を瞠る。
“あぁリーナ、なぜそんな顔をする?あれは王命で娶った女だ。婚姻で一度会ったがそれ以来顔も合わせていない。体を繋ぐなど吐き気がする。だから気にせず私の側にいればいいんだ。正妻なんていらない。私たちは夫婦だ。逃げる必要はないんだよ?”
“可哀想なリーナ、命を狙われて怯えているね?今君の部屋にいた男を吊るし首にしたところだ。あの部屋はダメだ。隠し扉があったなんて思いもよらなかった。怖いならまたここに隠れていればいい。ここなら誰にも見つからないから大丈夫だよ。いつでも私が側にいるから安心おし。
どうせあの女の差金だろう。オスカーに調べさせているところだ。あの女に子が産まれたようだが私の子ではない。どこかの男を連れ込んだんだろう。大丈夫だ、あの子は廃嫡にする。万が一に備えて遺言状も書いた。この家を継ぐのは長子であるエドゼル、私たちの子だ”
目が勝手に字面を追う。ぬるい汗がエデルのうなじを伝った。
命を狙われて怯えるエルフリーナ。いや、何に怯えていた?それから逃れようとして捕まった。そして閉じ込められた、おそらくはここに。
母さんはなんと言っていた?父は恐ろしいと。上手い話にはついていってはいけないと。髪を染めて真の名を隠せと。
母さんが怯えていたのは本当に侯爵家に命を狙われることだったのだろうか?
そこもページが相当破られているため日記の日付が突然飛んだ。何かがおかしい。破られたページで何があった?その筆跡が震えている。父は、エドアルドは喜んでいるのだろうか。それとも?
“今日ほど素晴らしい日はないだろう。私たちの二人目の子供、今度は女の子だ。この子は君によく似ている。昔の君のようだ。なんて愛おしい。エドゼルに一つ下の妹ができた。素晴らしいことだ。私たちと同じ一つ違い。まるで私たちの生まれ変わりの様じゃないか。だから———“
”だからどうか笑っておくれ、私のリーナ”
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