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第二部
第03話
しおりを挟む部屋に戻ったエデルはベッドに寝転がる。食事をする気も起きない。街での暮らしも仕事も楽しかった。三ヶ月で会社の財務に関わるほどに重宝されている。小さいが自分だけの部屋にも満足していた。だが今はとてもつまらないものに感じられる。あの男の言が本当なら自分にはもっと違う暮らしがあったはずだ。
そこで理性がエデルを嗜める。母に散々言い含められていた。良い話にはついて行ってはいけない。それはこのことだったのだろう。そもそもが自分が長子だということも信じられない。信じてついて行った挙句どこぞに売り飛ばされでもしては目も当てられない。自分にはもうこの身を案じる家族もいない。
だが母の言いつけで逆にこの話に現実味が帯びる。やはり自分は正当な後継者で、だからあの侯爵家には関わるなということなのか。
そこで先ほど受け取った日記を思い出す。テーブルの上に投げたままだ。起き上がりそれを手に取る。煤けたように汚れているのは火事のせいだろう。水染みも見られる。表紙を開けば中表紙にはエドアルドと名が書かれていた。これが父の名だろう。先程あの男もそんな名を口にしていた。
ベッドに腰掛けエデルはページをめくる。日付からエデルの生まれる前だとわかる。
日記はその日起こったことを簡潔に綴ってあった。淡々と綴られたそれは日記というより記録に近い。硬い筆跡に几帳面な性格を感じ取る。母には悪し様に言われていた父だが初めて見る父の筆跡にエデルは引き込まれた。
エドアルドが二十の時に当時トレンメル侯爵家当主だった両親が事故に遭い死亡する。馬車が崖から落ちたようだ。突然の訃報で慌ただしい中、そのひと月後にさらに妹が病死する。続く不幸に侯爵家が混乱する様子が綴られていた。
両親の死後三ヶ月で唯一の生存者エドアルドは爵位を継いで侯爵家当主となった。そして喪が明けた翌月、子爵家から花嫁を迎える。新たに爵位を継いだ侯爵に相当の縁談が舞い込んだであろう中で、あえて子爵令嬢を選んだ理由は語られていない。だがエデルには予想がついた。
「愛人か‥‥」
貴族は愛人を囲う。その愛人を妻に迎えるにあたりそのままでは体裁が悪いがために貴族の養子にする手はあり得る話だ。どこぞの町娘が貴族の養子になれば庶民の下世話な話として面白おかしく語られる。その事情もエデルは理解していた。日記では妻と呼ばれる子爵令嬢。名さえ記されていないが寵愛されていたようだ。
「母さんは子爵令嬢だったのか」
勤勉で真面目な母が父の愛人で子爵令嬢。ちょっとイメージが合わない。
だがその翌年、エドアルドは正妻を娶った。王命により侯爵家令嬢と結婚した。正妻の母はトレンメル家の分家の出で薄くトレンメル一族の血を引いていた。勢力争いで親王派にくみすよう命じらた政略結婚。実家の格差で子爵令嬢は側妻となったようだ。子爵令嬢との婚姻とは違い、この結婚は事実のみが記されていた。エドアルドの意思ではないのは明らかだ。
日記はひたすら日々の出来事が記されていた。正妻のことは婚礼以降書かれていない。いわゆる白い結婚だったのだろう。ページをパラパラめくりエデルの目にその名が飛び込んできた。
「‥‥エドゼル‥」
長子エドゼルの誕生。自分と同じ燃えるような赤毛の子の誕生にエドアルドも喜んでいるようだ。珍しく子供の様子が愛おしげに書かれている。だが母親の記述がない。正妻や側妻の出産とは書かれていない。
「母さんは‥妾‥‥いやそれでさえないのか‥‥」
子爵令嬢が母かと思っていたのだがどうも違うようだ。当主が戯れに家人に手を出す。そして最初の子供が生まれた。母の父に向ける感情は恐怖。家人が主人に向けるようなそれに愛しあった男女といった様子はなかった。何度尋ねても父との関係を語りたがらなかった母。その理由をもっと気遣えばよかったとエデルは初めて後悔した。
淡々と進んでいた日記だったがここでエドゼルの様子が日々記されるようになる。自分は愛されていたのだとわかるがやはりエドゼルの母の記述はない。
ここまでの様子では母の語っていた父親像とだいぶかけ離れている。几帳面で生真面目、効率重視の気があるが、誰かを恐れさせる雰囲気はない。本人の記した日記からその様子はわからないものだろうか。
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