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第一部
第05話
しおりを挟むだがラルドはエルーシア以上に怯えていた。
「鉄格子?全部の窓に?」
「ああ、お前の部屋は不用心だからな。防犯のためだ」
「でもそこまで‥」
「二階も考えたんだがここはお前の母の部屋だし思い入れもあるだろう?どうかそうさせてくれ。それで私も安心だ」
「お義兄さまが‥そう仰るのなら‥‥」
だがドロシーは不満だった。
「なぜ鉄格子?ここは牢屋ですか?警備を増やせばいいじゃないですか!」
「それだけでは安心できないんですって」
「信用できないと?そんなことを言い出したらキリがありません」
「お義兄さまにも色々お考えがあるのよ」
自分も怯えているからそれでもいい。その時はそう思っていた。だが一ヶ月経ってエルーシアは落ち着いたがラルドはそうではないようだ。
「外出はしばらくやめよう。どうしても出かけたいのなら私が同伴できる時だけだ」
「え?」
「部屋を出るのも控えてくれ。誰に襲われるかわからない」
「敷地内でですか?」
「警備は増やしているが安心はできない。誰がお前に手を出すかもわからないだろう?」
敷地内なのに襲われると?流石にそれは心配しすぎだ。そう言おうにも少し強張ったラルドの表情にエルーシアは何も言えなかった。
「お前は特に可愛らしいからな。あまり人目に晒したくない」
「お義兄さま?」
「代わりに毎日一緒に過ごす時間を増やすから。ダンスの練習の相手もしよう。それで我慢してくれないか」
いつもの優しい笑顔。だが少し緊張した笑顔にエルーシアも硬い笑顔で応じた。
警備が増えたのに鉄格子はそのままだ。見える外の景色に人の姿はない。自分は一体何から守られているのだろうか?
三ヶ月が経過したが状況は変わらない。部屋の窓には鉄格子、外出も許されない。外出が無理でもせめて庭に出たい。義兄にそう頼むもラルドは許さなかった。毎日お茶の時間に会いに来てダンスの練習も付き合ってくれる。ドレスや香水に花束、ラルドからの贈り物が毎日届く。エルーシアに溢れんばかりの愛情を注ぐラルドだったがそれだけは許してくれなかった。
半年が経過する頃にはエルーシアはもう諦めていたがドロシーは鼻息が荒かった。
「酷すぎます!エルシャ様は何も悪くないのにこんな仕打ち!」
「お義兄さまの気が落ち着くまで待つしかないわ」
「それはいつですか?エルシャ様が可哀想すぎます!」
事態は改善しないまま鉄格子越しに庭を見るのがエルーシアの日課となった。周りには侍女のみ。男性は執事など歳のいったものばかりだ。外の警備は増やされたと聞いたが少なくとも見える場所にはいない。ドロシーが様子を見に行ったが遠巻きに警備が立っていたようだ。警備がいる。安全な庭なはずなのになぜかラルドはエルーシアを庭に出さなかった。
お義兄さまは一体何に警戒しているのかしら?
別邸で庭を駆けていたのがずいぶん昔のようだ。真冬に本邸に移り住んだ。だが今は春は過ぎ夏になろうとしている。部屋の中では季節も感じられない。
いつものように格子窓から外を眺めていたエルーシアの視界の端を青いものが掠めた。目で追えばそれが美しい蝶だと気がついた。どこからか部屋に入ったのだろう。
「檻の中にいるのは私だけで十分だわ。お前は外にお行き」
いつもいるドロシーも運悪く今はいない。仕方なくハンカチで蝶を窓際まで追い立て外に出したが勢い余ってハンカチも外に出てしまった。とんでもない失態だ。ドーラに見つかれば怒られてしまう。
ハンカチは鉄格子の外、窓の横のつたに引っ掛かっている。精一杯手を伸ばすが手首までしか出ない。鉄格子が邪魔だ。こんなことさえ自分はできないのか。涙が滲みかけたところでいきなり視界の外から手が出てきてハンカチを取った。
突然現れた見知らぬ手にエルーシアは慄いた。義兄の警告を思い出す。敷地内でも襲われるの?慌ててカーテンに隠れるも日焼けした手は無言でハンカチをただ窓の中に差し込んだ。そして立ち去る気配がした。
「あ、あの!」
深い意図はなかった。咄嗟に声が出てしまった。その手の主が立ち止まる気配がしてエルーシアはそっとカーテンから顔を出した。
手の主は一人の青年だった。背が高く、少し長めの背中で一つに束ねられた眩い赤褐色の髪が目を惹く。そして恐ろしく目鼻立ちが整っていた。その青年が驚いたように飴色の瞳を瞠りこちらを見ている。光が差せばその瞳が虎目石の様に黄金に煌めいた。
「‥‥あの、ありがとう‥‥ございます」
呼び止めたのはエルーシア、何か言わなければと必死に言葉を紡ぐ。これで意味はあっていただろうか?義兄以外に初めて見る若い男性に内心おたおたと動揺する。
「いえ‥‥」
どこか罰が悪そうな返答にエルーシアはハッとした。鉄格子の中に居る自分が傍目に普通であるわけがない。それでも親切にしてくれたのに声をかけられて困っているんだ。そのまま行かせてあげればよかった。羞恥でエルーシアの顔が赤くなった。
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