【完結】R18 狂惑者の殉愛

ユリーカ

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第一部

第04話

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 本邸に到着すれば義兄のラルドが出迎えてくれた。エルーシアが元気よくその腕に飛び込む。

「お義兄さま!」
「シア!よく来たね。会いたかったよ」
「私もです。今日を楽しみにしていました」
「疲れただろう?さあ部屋へ案内しよう」

 豪華に設えられた部屋にエルーシアは目を瞠る。別邸の比ではない。慎まやかに過ごしてきたエルーシアには過ぎた部屋。庶民に近い金銭感覚から気後れしておずおずと義兄に視線を向ける。

「豪華すぎます」
「侯爵家の令嬢ならこれくらい普通だ。今までが質素すぎた。苦労をかけたね」
「いえ、そんなことは‥」
「ここは元々はお前の母の部屋だ。気にすることはないよ」

 別邸は確かに質素だったが家族のような家人とおおらかに過ごしていた。そのことを気にしたこともない。おそらく普通の侯爵令嬢は庭の草木の水やりや庭を駆け回るなどしないだろう。

「しばらくゆっくりして旅の疲れを癒やしなさい。困ったことがあれば私を呼んで。すぐ来るから」
「ありがとうございます」
「一緒の屋敷にいるんだ。当たり前だよ」

 昔のように頭を撫でられればくすぐったくて笑みが溢れる。甘く可愛がってくれる義兄が大好きだ。
 エルーシア付きの侍女も増えた。みんな優しくてすぐに打ち解けられた。別邸を離れるのは不安だったがこれならこちらの暮らしにも馴染めそうだ。

 そう思っていた頃に事件が起こった。

 

 本邸に移り住んで二週間が経った。街の様子を見に行きましょうとドロシーに誘われ、ドーラと三人で馬車に乗り街を見に行った。
 ラルドは心配したが馬車を停めないし馬車から出ないと約束をする。外に出ることはなかったが別邸とは違う街の様子を見て回った。

 馬車は紋章を消した黒塗りのもの。そして外は馬に乗った数人の男が付き添っている。この物々しい様子では紋章を消しても意味がないのではなかろうか。カーテン越しに外を窺うエルーシアは外に付きそう騎乗の家令を見やる。
 その家令の名はオスカー。トレンメル侯爵家に祖父の代から支えている生粋の家人だ。恐らくラルドの右腕だろう。初老のはずなのだが背が高く姿勢も良い為かとても年齢通りには見えない。銀髪のせいで白髪も目立たない。少ない口数に静かな声。寡黙だが眼力が鋭く冷酷な雰囲気を纏うその家令にエルーシアは初対面から恐れ慄いた。有能が故なのかもしれないがエルーシアはその非情な雰囲気がとても怖かった。

 帰路に入り緩やかに走っていた馬車が急にスピードを上げた。そして外では争う声が聞こえる。窓から後ろを見やれば男たちと馬上の護衛が争っている。そして数人が馬に乗って馬車を追いかけてきていた。

「あれは?!」
「いけませんエルシャ様!」

 ドーラに抱き寄せられ窓から離される。別邸にいた頃も野党はいたと聞いていた。その頃は外出の理由もなく滅多に外に出ることはなかった。だから襲われたのは今回が初めてだった。
 馬車が単騎に敵うはずがない。追いつかれる。そう悟りエルーシアから血の気が引いた。盗賊だったらまず助からない。誘拐目的で生かされても女は酷い目に遭う。ドーラに抱きしめられエルーシアはがくがくと震え出す。向かいに腰掛けていたドロシーが青ざめながらも震える手で手荷物から茶色い小袋を取り出した。馬車の扉を開けそれを外にぶちまける。金色の粒が扉の外に消えた。

「ドロシー?!」
「多分これで大丈夫です!旦那様が金貨を‥」

 追いかけてくる馬蹄の音が消える。ドロシーが投げたものに気を取られたようだ。

「このまま屋敷まで戻りましょう!」
「でも外の‥」
「エルシャ様のご無事が大事です!」

 そう言うドロシーも震えている。エルーシアと同い年なのにドロシーは非常時でもしっかりしていた。

「シア!大丈夫か?!」

 本邸にたどり着き部屋に戻ったがまだ体が震えている。そこへラルドが現れ怯えるエルーシアをきつく抱きしめた。

「怪我はないね?無事でよかった‥」
「お義兄さまのおかけです。ドロシーに‥」
「念のためと預けておいてよかった」

 そこへ本邸に戻ってきたオスカーが現れた。その場にいた侍女たちから小さな悲鳴が上がる。オスカーのコートが何かを吸ってか黒く染まっていた。顔に散っている赤い飛沫と鉄のような匂いでそれが血だとわかる。この家令が帯刀していたのだとエルーシアは初めて気がついた。ラルドがエルーシアを抱き寄せ低い声を出した。

「控えろ、エルーシアの前だ」
「失礼いたしました」

 オスカーは静かに頭を下げ身を引いた。黒いシミは自分の血ではないのだろう。きびきびした動きと静かな語りで傷は負っていないとわかる。躊躇いなく刃を使う。この家令は相当な手練れなのだとわかった。赤く染まった手袋のその凄惨さにぞっとしながらも義兄の手をとる。

「大丈夫、助けてくれたのよ?」
「だが‥‥」
「オスカー、怪我はない?」
「はい」

 頭を下げるオスカーはやはり寡黙だ。オスカーは懐から茶色の袋を取り出した。ドロシーが投げたあの袋だ。

「全て回収してあります。残りのものは現場の片付けを申し付けました」
「皆無事だったのね。よかった‥」

 野党は?片付けとは?それを聞くのははばかられた。

「オスカーは手練れだ。お前につけておいてよかった。最近は物騒だからね」

 だがその後護衛についてくれた者の顔を見ることはなかった。傷を負って護衛を退いたと聞いたが本当かはわからない。自分のせいで誰かが犠牲になり怪我をする。自分が襲われるよりも、エルーシアはそれに怯えてしまった。
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