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第一部
第24話
しおりを挟むエデルとの午後の格子窓の逢瀬は二日ぶりだった。体調不良で会えなかったことを詫びればエデルは硬い表情から安堵したような嬉しそうな笑顔をみせた。
「そうですか。元気になられてよかったです。その‥」
「なあに?」
「‥‥いえ、この間はすみませんでした。つい暴走して‥」
「え?そんなこと‥」
あの時は確かに疲れたがたくさんエデルに愛されて嬉しかった。なぜ謝ってるんだろう?
本当は謝らないといけないのは私なのに‥‥
一昨日の義兄との淫行の記憶に胸が痛む。あんなこと二度としないようにしなければ。エルーシアの体にはまだ義兄がつけた痕が残っている。それが懺悔の刻印のようにエルーシアを苛む一方であの背徳の夜の淫楽を忘れるなと責め立てていた。
「それで‥もう大丈夫ですか?」
「ええ、すっかり元気になったわ」
「いえ、そうではなく‥‥」
格子窓に顔を近づけエデルが少し低い声で囁きかける。
「あれから旦那様とは?」
「お義兄さま?」
一瞬惚けてしまったが夜のことを言っているとわかりぎくりとした。慌てて状況を説明する。
「大丈夫!夜は侍女に一緒にいてもらっているから」
「それはいい作戦ですね」
エデルは安堵したように笑みをこぼす。そしてふぅとため息をついた。今日はこのため息を随分ついている。表情も冴えない。何か悩み事だろうか?それとも仕事で何か?
「エデル?どうしたの?」
「はい?」
「何か困ったことなら力になるわ。仕事か何か?私からオスカーに指示を出せるから」
「‥‥いえ、そういうことではなく」
何か言いにくそうな表情をする。意を決してエルーシアを見て口を開いて、そして表情を曇らせて言い淀む。結局何も言わないままエデルはしおしおと帰っていく。そのような様子が数日続いた。
最初は何か悩み事だろうかと思ったが、その切なげな表情からエルーシアはあることに思い至った。
‥‥ひょっとして別れ話をしようとしてる?
その可能性を考えただけでエルーシアの胸がナイフで抉られたように痛んだ。
こんな檻の中にいる相手なんて面倒臭いだろう。会いたい時に会えない。触れたい時に触れ合えない。当主に見つかれば酷い目にあう。挙句将来どうにもならない相手。エデルにいいことはひとつもない。
最初は恋の熱にうなされた。でも時間が経って冷静になったのかもしれない。それとももっといい人ができたとか?エルーシアの本意ではなかったが義兄に愛されている間、エデルは一人で我慢していたのだから。浮気のような行為、理不尽だと思われても仕方がない。別れたいと思って当然だ。
捨てるならもう会いに来ないでもいいのに。とても悲しいがそうなっても恨んで意地悪したりしない。それでも別れ話をしようとしてくれる優しいエデルの誠意がエルーシアを傷つけていた。
ラルドは毎晩エルーシアの寝室を訪れたがそのたびにルイーサが不眠やら服薬やらで色々と言い訳を言い退けた。だが苛立つラルドの前ではその言い訳も苦しくなってきた。
「そろそろ根本的に解決しないと難しくなってきました」
「そうね‥」
ルイーサが渋い顔でつぶやいた。それはエルーシアも考えていた。
でもどうすればいい?あの行為は嫌だと義兄が理解してくれればいいが、この間は散々嫌だと言っても聞いてくれなかった。それは無理だろう。このままではルイーサでもエルーシアを守りきれない。
「どこかに身を隠すことはできませんか?」
「身を隠す?」
「以前住まわれていた別邸はいかがでしょうか?私でよろしければお供いたします」
逃げる。その発想はなかったためエルーシアは驚いて目を瞠った。
「え?でも‥」
「お嬢様の御身が大事です。部屋を抜け出す手筈はどうにかするとして」
「どうにかって?鉄格子もあるし警備もいるわ」
「屋敷に火でもつければ騒ぎになります。それに乗じて」
「え?!火?!火はちょっと‥」
「小火程度どうってことありません」
抜け抜けと言い放つルイーサにエルーシアが絶句する。この侍女はどこまで豪胆なんだろうか?
「まあそこはおいおい。ドロシーにも協力をお願いしましょう。あとは誰か信用に足るものはおりませんか?馬を扱えるものがよろしいかと」
その言葉にどくんと鼓動が跳ねる。一人いる。だけれども———
「そうなると皆が私を連れ出した罪を負わされてしまうわ」
「その覚悟も必要ですがそうならないよう最善を尽くします」
まるで姫を守る騎士のようにルイーサが畏まる。美人でここまで凛々しくて男前だ。確かに侍女たちに人気が出るだろう。
「‥そうね、力を貸してもらえるか聞いてみるわ」
ルイーサが下がった後もぐるぐるとエデルのことを思い浮かべる。
信用に足るもの。馬を扱える。エデルのことだ。
でも別れようとしているエデルにどうお願いすると?自分に気持ちはもうないのに。泣いて縋って頼む?情が湧いて手伝ってくれたとしても見つかればそれこそ命が危ない行為。そんなことに巻き込むわけにいかない。
本当はわかっている。ここで解放してあげるのがエデルの幸せだ。自分と一緒にいては家人であるエデルが危険だ。あの義兄に見つかればエルーシアにではなくエデルに罰を与えるだろう。
あれだけ素敵な人だ。きっと彼にはもっとふさわしい女性がいる。今より幸せになれる。
そうとわかっていても、それでも———
「どうしよう‥別れたくない‥」
枕に顔を埋めエルーシアは啜り泣いた。
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