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第二部
第21話
しおりを挟むあの場にいたものは全員オスカーの息がかかっていた。ラルドの命で地下牢の入口まで連れて行かれ中に入るも通路でオスカーに解放された。当然鞭打ちもない。
最後にラルドがエデルを見た目は残忍なものだった。エルーシアに懇願され約束させられていたが鞭打ちの命は解かれていない。オスカーと通じていなければエデルは殺されていただろう。
「お怪我は」
「大したことない」
咄嗟に受け身を取ったが口内が切れた。一発殴られたのはあの状況では仕方がないだろう。だが二発目は自分でラルドを口汚く罵ったせいだ。
初めて直に顔を合わせ言葉を交わした義弟。エルーシア絡みで相当鬱憤が溜まっていたところで一方的に殴られ、カッとなって気がついたらラルドを罵倒していた。何をいったかわからない程に頭に血が昇っていた。
自分にこんな衝動的なところがあると初めて知った。エルーシアが止めなければさらに殴られていただろう。
最悪な状況になることはないと自分はわかっていたがそれと知らないエルシャが酷く動揺していた。急がないといけない。きっと心配して泣いているだろう。まだ口説き落ちしていないが今晩計画を実行するしかない。
エルシャを見るラルドの目が異常だった。あの執着では何を仕出かすかわからない。早々にエルシャを連れ出さなければ。
オスカーの先導でエデルは看守用の通路を抜けて地下牢から外に出た。自室に戻り父から受け継いだ資料をオスカーに預ける。そして荷を簡単にまとめた。と言っても持ち出すものは懐中時計くらいだ。他のものはそのままにしておく。父エドアルドが残した資金が掃いて捨てるほどあるから金銭的には問題ない。駆け落ちの荷も別の場所に隠してある。
そしてオスカーの手引きでエデルは本邸から抜け出した。
計画通り手配をし、エデルは夜闇に紛れて母家に近づいた。母家から離れたところに馬を隠してある。今は運良く曇っていて月の光もない。状況はエデルに味方していた。
エデルはもう牢にいない。鞭打ちで死んでしまった。死体は処分した。オスカーがラルドにそう報告すればそうか、の一言だけだったという。家人の死。貴族にとってはその程度。あの男にとっては邪魔者を排除できればそれでよかったのだろう。
エルーシアは二階に移されてしまったがオスカーの手配で人払いされているはずだ。エデルは死んだことになっているからそもそも警戒もない。
脳内でエルーシアの部屋までたどり着くルートを思い浮かべ息を吐いたところで、遠くの茂みから白いものが駆け出した。それが人で白い夜着を纏った髪の長い女性だと気がつきエデルは反射的に手を伸ばしたが、そこで同じ方向から黒いものが飛び込んできた。咄嗟に腕で受け止めたがそれが小柄な女性で、その甘い香りでエルーシアだとすぐにわかった。
これから忍び込んで助け出そうとしていた相手が飛び込んできた。そのとんでもない展開にエデルは驚愕した。
「エルシャ様?なぜここに?!」
「エデル?!エデルなの?!無事だったのね?!」
エルーシアは目を見開き、そしてぼろぼろと泣き出した。その体を抱き上げ、身を隠しながらエデルは駆け抜けた。人目を忍べる場所までたどり着き泣きじゃくるエルーシアから状況を聞き出し、エデルは怒りで目の前が真っ赤になった。わなわなと体が震える。
「ラルドが‥‥そんなことを‥‥」
あいつ‥どこまでクズなんだ。義妹と結婚?しかも殺した僕を人質にしやがった。救うつもりなどさらさらなかったくせに。それでは何も知らないエルシャに選択肢はない。ゲス野郎が!愛されてもいないくせにエルシャの心を無視するのか?!
エデルは同時にエルーシアに護衛をつけておいてよかったと心底安堵した。元騎士団長と聞いていたが隠密まがいなこともできる。エルーシアの話では相当の手練れだったようだ。その者が囮まで買って出る。オスカーの手回しの良さが恐ろしすぎた。本当に敵でなくてよかった。
目の前で自分に謝罪し泣き崩れるエルーシアを宥める一方で、エデルの頭がようやく働き出した。とにかくエルーシアを攫い出すことで頭が一杯だった。ラルドに殴られたせいもあり頭に血が昇っていたが一度怒りで突き抜けたせいでいっそ頭が冷えたようだ。冷静になれば現実が見える。そして自分が今立っている目の前の崖っぷちの恐怖で体が震えた。
これから自分がしようとしていたこともラルドと似たようなものだ。これからエルーシアの意思を無視して掻っ攫おうとしていたのだから。
エルシャに拒絶されたら?行きたくないと言われたら?僕はどうなるんだ?それでもこの美しい蝶を野に放せるだろうか?
「僕はもうここの家人ではありません。暇を出された人攫いです」
そう、ただの人攫い。きっとエルーシアの答えなど関係なく掻っ攫うだけの罪人だ。
もう無理だ。きっと手放せない。そこまで追い込まれた。今この檻から出してあげても新しい檻に無理矢理入れるだけだ。それでは今と何も変わりがない。
意味がわからず小首をかしげるエルーシアが場違いに愛らしく苦笑が漏れてしまった。同時に酷いことをする自覚がある自分に自嘲の笑みが溢れた。冷静になろうと腹の底から息を吐き出た。その華奢な手を取り目を見つめる。貴族令嬢の白い綺麗な手。自分はこの手を傷つけず守り切れるのだろうか。緊張で背中を流れる汗が止まらない。
君を檻に閉じ込めたくない、だからどうか
愛しいエルーシア、どうか僕のものに———
「エルシャ様、どうか‥どうか僕と一緒に逃げてください。どうぞ僕の妻に。幸せにします」
「嬉しい‥ずっと一緒ね?どこへでも連れて行って」
涙を流しながら微笑むエルーシアの答えにエデルは腕の中の体を折れんばかりにぎゅっと抱きしめる。心の底から安堵と幸せの息を吐いた。
檻から出てきた蝶が今自分のものになった。
愛しいエルーシア、君がいれば何もいらない
もう手放さない、絶対に。一緒に行こう
もう君を閉じ込める檻は何処にもないのだから‥‥
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