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第一部
第27話
しおりを挟むどれほど時間が経っただろうか。長く感じられたがすぐだったかもしれない。部屋にラルドが現れた。人払いを命じられドロシーは留まろうとしたが再度命じられ二人きりになる。
「お義兄さま!エデルは?!」
「シア、かわいそうに。お前は騙されていたんだよ。こうならないようにお前を守っていたのに」
「お義兄さま?」
エデルを助けようと口を開きかけたが義兄の言葉の意味がわからない。ラルドが目を瞠るエルーシアをぎゅっと抱きしめる。
「あの男が全て吐いた。お前とはただの遊びだったと。金目的もあったようだ」
「え‥‥」
義兄の言葉にさらに驚く。あり得ない言葉に理解が追いつかない。
「少し脅したらすぐに口を割った。お前とは本気じゃなかったんだ。最低な男だよ。お前も早く忘れてしまえ」
「エデルが‥騙して‥」
優しいエデル、自分を好きだと言った。一緒にいる時はいつも大事にしてくれた。一つ上の優しい恋人。愛されていると思っていたのに‥‥
エルーシアの頭が真っ白になったが、そこで理性がその考えを否定する。
エデルが遊び?私を騙して?
ありえない。過ごした時間は短いけどエデルは私に嘘は言わなかった。大事に愛してくれた。あれは嘘じゃない。エデルはなんと言っていた?
義兄を信じるな、と。
エルーシアはラルドを押しやり睨みつけた。エルーシアが義兄をそのように見たのはおそらく初めてのことだ。
「嘘です。エデルはそんな人じゃない」
「‥シア?」
「エデルは私に嘘は言いません。酷いこともしません。なのになんでお義兄さまはそんな酷いことを言うの?」
「シア!私は‥」
「エデルに直接聞きます。間違いないのならいいでしょ?エデルに会わせて!お願い!」
目を瞠るラルドにエルーシアが涙声でさらに詰め寄る。大好きな義兄が自分に嘘をついた。そのことが悲しくて悔しくて涙が溢れ出た。
「お前はそこまで‥‥そこまであの男のことを‥‥」
義兄から聞く声音にどきりとする。震える声は怒りとも悲しみとも聞こえた。初めて見る義兄のその歪む顔にエルーシアは一歩退いた。その体に手をかけラルドがエルーシアを強引に抱き寄せた。
「お義兄さま?!」
「エルーシア、私の妻になりなさい」
「‥‥‥‥え?」
「私と結婚して私の子を産むんだ」
「‥‥‥‥お義兄‥さま?」
言われたことが突拍子もなさすぎてエルーシアの思考が追いつかない。涙の滲む目を見開いてラルドの腕の中でその顔を見上げた。
「なに‥なんで‥‥」
「ずっと好きだった。子供の頃からお前だけが心の支えだったんだ。お前が側にいるなら兄と妹のままでいいと思った。だがお前が誰かを好きになる、私の側からいなくなる、それだけは許せない」
ラルドに抱きしめられエルーシアは愕然とした。子供の頃からずっと可愛がられていた。両親がいないエルーシアもどれほどそれに救われたことか。二ヶ月年上の大好きな優しい義兄。その義兄の秘めた想いに今初めて気がついた。そして義兄に性的に求められた訳も理解した。その事実にエルーシアが身を震わせた。
「そんな‥‥無理です。私たちは血の繋がった兄妹で‥‥」
「血は‥‥それも金でどうにでもなる。お前は屋敷にいたから顔も知られていない。私たちは似ていない。妻になっても誰にも兄妹とわからない」
金でどうにでもなる。誰にもわからない。そういう問題ではない。
血の繋がった兄妹の姦淫。それはダメだ。
エルーシアが抱きしめるラルドの体を押して身を離す。エルーシアの倫理観がラルドを拒絶する。大好きな義兄、でもそれだけはダメだ。
「ダメです!そんなこと‥」
「大丈夫だ。私に全て任せて‥‥」
「‥‥ダメです‥無理ですそんなこと‥それに私はもう‥‥お願いです。エデルに会わせて‥」
「エルーシア‥言うことを聞くんだ」
「いやです。エデルじゃないと‥エデルに会いたいの‥」
自分はエデルのものだ。エデルが恋しくてこんなにも心が泣いている。両手で顔を覆い泣き出すエルーシアに凍えた声が降る。最初誰のものかわからないほどにそれは低かった。
「お前が言うことを聞かないならあの男を殺すか」
この場にはラルドしかいない。なのにそれがラルドの声と、ラルドの言葉と信じられなかった。エルーシアが絶句して義兄を見上げる。ラルドから表情は抜け落ちていた。
「お義兄さま‥‥」
「たかが家人だ。別に構わない。そうだな、あっさり殺すには惜しい。拷問でもするか」
「‥‥‥‥ごう‥」
その残酷な言葉にエルーシアが青ざめる。確かに目の前の義兄が口にした。優しい義兄が。言葉の内容を理解してガクガクと震え出した。
「あの男がいる限りお前は私のものにならないのだろう?ならばあれを散々なぶって縊り殺してしまおう。そうすればお前は私の妻になる」
「‥‥違う‥‥そうじゃ‥‥」
なぜ義兄はこの異常さがわからない?自分の言っていることがおかしいと思わないのか?エデルがいようがいまいがエルーシアはラルドのものにはならない。なれないのに。
だがエデルが酷い目に遭うと言われてエルーシアは何も言えない。
人形のように立ち尽くすエルーシアを再び抱き寄せラルドが耳元に囁く。声色はいつもの優しい義兄のものだ。
「よく考えておきなさい。夜にまた来る。夜着でベッドの中で待っていなさい」
「‥‥‥」
「私をがっかりさせないでおくれ。逃げればあの男の命はない」
エデルは牢の中にいる。ラルドはエルーシアが断れないとわかっている。だからそんなことを言う。目を瞠り青ざめるエルーシアに口づけを落としラルドは出ていった。
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