【完結】R18 狂惑者の殉愛

ユリーカ

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第一部

第28話

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 選択肢などない。逃げるだけでエデルが殺される。もう部屋から出られない。
 部屋に戻ってきたドロシーや侍女たちが無言でエルーシアの世話をする。エルーシアが逃げないように言いつけられているのだろう。いつもより念入りに風呂に入れられ香油を体に刷り込まれる。そして真っ白い袖なしの夜着に着替えさせられた。薄手のそれは初夜の衣装のようだ、と自分の姿を見たエルーシアは思った。

「エルシャ様‥」
「エデルは?」
「皆で様子を探っているのですが、牢の入り口の前に見張りがいて中に入れません。出てきた様子はないのでまだ‥」

 エデルはまだ牢にいる。
 ドロシーの言葉にエルーシアは目を閉じた。

 逃げられない。でも義兄の妻になどなれない。なんとしても義兄を説得するしかない。

 エデルを助けないと。ううん、絶対助けるんだ。
 自分は最悪どうなってもいい。でもエデルだけは‥‥



「シア、よかった。ちゃんと部屋にいたね?」

 夜中に寝室にやってきたラルドはいつも通り優しい声だった。だが笑顔で語る言葉は冷酷だ。

「まあいなければあの男の首が飛ぶだけだ」
「‥‥やめてください‥‥もう」

 言われた通りベッドの中で待っていた。言う通りにしているのだからそんなことは言わないでほしい。
 ベッドの中で膝を抱えて待っていたエルーシアは悲痛な声を上げた。優しかった義兄、もうこんな残酷な義兄を見たくない。

「言うことを聞けば何もしない。まさかお前の母親の部屋に隠し扉があるとはな。思いもよらなかったよ。ああ、この部屋にも鉄格子が必要だな。この部屋には隠し扉はない。もう二度と誰にもお前には触れさせないから安心するんだよ?私のそばにいれば安全だ」

 囁く声はやはりいつもの優しい義兄の声。だが再びエルーシアを檻に閉じ込めると言う。バルコニーもない二階の部屋。もうエデルにも会えないだろう。
 
 自分はそれでもいい。でもエデルだけでも助けないと。

「お義兄さま、お願い。エデルを牢から出して。悪いのは私なの」
「ならば私の妻になるか?」
「‥‥‥それは‥‥」

 言い淀むエルーシアにラルドが顔を顰めため息をついた。

「ならば仕方ない」
「ダメ!エデルに酷いことしないで!」

 ベッドから飛び降りてラルドにしがみつく。もう義兄に詫びて許しを乞うしかない。涙声でラルドに縋りつく。

「なんでもします!お願い‥‥エデルだけは‥‥」
「‥‥なら私の子を産むんだ。それであの男の命は残してやる」

 もうこれしかないのか。義兄を見上げエルーシアがぼろぼろと涙をこぼした。その表情を見下ろしにラルドが悲痛な声を上げる。

「どうして!あの男はよくて私はダメなんだ?!」
「お義兄さま‥」
「私たちは惹かれ合っているだろう?私の愛撫に応えていた!」
「‥‥だって‥‥私たちは兄妹で‥‥‥」
「違う!」
「でも」
「違う!兄妹なんかじゃない!」

 ラルドの怒声にエルーシアが目を見張った。叫んだラルドも驚いている。その顔でそれを言うつもりではなかったとわかった。

「え?」
「‥‥私はおそらく父の血を引いていない」

 立ち尽くすエルーシアの前でラルドが目元を覆う。先代当主の血を継いでいない。それは当主の資格を失う発言。絶対に言ってはいけない言葉。

「どうして‥‥」
「シア、お前は父の顔を知っているか?」

 エルーシアは無言で頭を左右に振った。父の顔は知らない。生まれてすぐ両親は死んだ。その際の火事で父と母の姿絵は全てなくなったと聞いていた。だがそれは二ヶ月上の義兄も同じはずだ。

「私は一度だけ見たことがある。子供の頃にお前の母の部屋にあった父の絵を見つけた」
「‥‥‥‥え?」
「そこがお前の母の部屋だと知らなかった。何も考えず入って‥‥父の十代の頃の‥今の私と同じくらいの絵だった。ベッドの枕元に組み木で隠されていたよ」
「なぜそれが父と?」
「髪が燃えるような赤毛だった、私と違ってね。大好きなエドアルドと書かれていたよ。お前の母は父を愛していたね」

 ドロシーから聞いていた。ラルドが親戚筋と折り合いが悪い理由。赤毛ではないから。
 トレンメル家の長子は赤毛が受け継がれると言われていた。ラルドは母ヴィルマと同じ焦茶の髪。親戚方から見れば長子の資格を有していないと思われていた。

「その絵は‥‥」
「母に見つかって取り上げられた。それきりだ。だがその時にわかったよ。母は怯えたように青ざめた顔で震えていた」

 はぁ、とラルドが深いため息を吐いた。

「私は父に似ていなかった」
「でも‥似ていないだけで‥‥」

 ラルドが父の血を引いていない。それはヴィルマの不貞を疑う発言だ。そんなことあり得るだろうか?エルーシアは混乱していたがラルドは冷静だった。

「父と母は政略結婚だ。あり得なくもない。父の遺言状に私を廃嫡にするように書かれていたよ。それを母が封じ私は爵位を継いだが遺言状は弁護士が保管していた」
「それは確かに‥‥」
「現物を確かめた。遺言状は確かに父の筆跡だった。父には全てバレていたようだ」

 そしてラルドは真摯な目でエルーシアの顔を覗き込んだ。

「私たちは血が繋がっていない。異母兄妹じゃない。父親が違うんだ。だからこれほど惹かれ合うんだ。結ばれても問題はないんだよ」

 長子なのに赤毛じゃない。父に似ていない。唯一の男子である義兄の廃嫡。立て続けに語られエルーシアは未だ混乱していた。だがそれだけで義兄に父の血がないと言い切れるのだろうか。エルーシアには判断できなかった。それを言い出せば自分も父の子かもわからない。義兄がそうでないなら自分も赤毛ではない。その思考をラルドが否定する。

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