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最終話:『大いなる祝福』

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 翌日、後は挙式だけだと勢いづいていたラウエン家一同にブレーキがかかった。結婚許可証がおりなかったのだ。
 強硬な親国王一派が謀反の疑いを理由に反対したたためだ。

 謀反などありえないだろう!!と怒り狂ったアレックスは単身で王都ウラノスに向かい、あろうことか御前会議に殴り込んだ。

「許可証取ってきたよ。これで結婚できるね。」

 メリッサに満面の笑みで微笑むアレックスを見てバース、グライドがため息をついた。

 公爵位の貴族が護衛なしで王都に出向き、呼ばれてもいない、しかも御前会議に乱入、陛下の御前で結婚を直訴し陛下直筆のサイン入り許可証をもぎ取ってくる。片道三日かかる王都への道のりを、どこをどう通ったのか一日で行って帰ってきた。

 ああ、皆の言っていたアレとはこののことか。これは大変だ。メリッサは皆の苦労を悟った。

 しかしラウエン家の不幸は続く。挙式予定一週間前に大伯父が亡くなり二ヶ月の喪に服し、続いて発生した領内の川の氾濫に更に三ヶ月慶事が見送られた。

 そして今日、どうにか挙式の日を迎えた。
 ラウエン家の、特にアレックスの焦れ具合はひどく、今日が延期になればメリッサと駆け落ちしかねない勢いだった。
 使用人達も早く女主人を迎えたい一心で挙式を阻む不幸がないか目を光らせていた。

 挙式は王都の王族専用の教会で行われる。国王が出席するためだ。
 王家の双子とされるラウエン家の婚礼には必ず国王が直接祝福する慣わしだ。

 控室ではメリッサはウエディングドレスを着付けられていた。
 首元から裾までシルクとレースで飾られた真っ白なマーメードラインのドレスを纏い、結いあげられらた蒼みがかった銀髪にはラウエン家に伝わるティアラが載せられた。手首にはアレックスから贈られた腕輪が光る。その美しい姿にアニス達からため息が漏れた。

「大変美しゅうございます、お嬢様。いえ奥様」
「ありがとう、ロザリー、みんな。」

 普段笑うことのないロザリーがほのかに微笑む。これはとても珍しいことだ。
 魔封の森の白百合のブーケが手渡された。
 花嫁衣装のメリッサを見て祖父ダリウスは泣きっぱなしだ。

「あんなに小さかったメリッサがこんなに立派になって。」
「おじいさま‥‥今までありがとうございました。」
「幸せになるんじゃぞ。あの男なら心配ないだろうがの。」

 泣きながらもほくほく顔の祖父にメリッサは困った顔をした。

「もうあのような謀りごとはやめてくださいね。」
「ふむ、だがわしの見立ては間違いなかったじゃろう?」
「ええ‥まあ‥‥」

 婚約だと言われ家から送り出された。一人の令嬢としてゆっくりと優しい恋をさせてくれた。駄目でも家に帰ってこれる隙を作っておいてくれていた。何より、陽だまりのようなアレックスにメリッサを委ねてくれた。
 全ては祖父の掌の上だったのだろう。やはり祖父と、仕切っていたロザリーには敵わない。

 祖父に導かれ、槍と盾を持つ王族の守護女神像の前に進み出る。
 御前の儀式のため招待客はいない。すでに真っ白い衣装に身を包んだアレックスが待っていた。
 前髪を後ろに撫で付け柔らかい美貌と新緑の眼がいつもより晒されて、ものすごい男っぷりだ。
 アレックスにベールを上げられ、式の最中なのにメリッサはその色香に魅入ってしまった。

 膝を折り頭を下げる二人の前に国王が進み出る。
 
 祝福を与える国王レオンハルト・カイゼル・デ・ヴァールは御歳九歳。太陽の如く眩い金髪と黄金の瞳、歳の割に凛々しい顔立ち、迷いのない采配から『女神に愛された神王』『始祖王の生まれ変わり』と呼ばれている。
 即位から三年、様々な改革や改令で傾いていた王国は復興、発展していた。

「おもてをあげよ。」

 段取りでは顔を伏せたまま祝福を受けるはずだったのだが。顔を上げるか迷っていると再度促された。
 おずおずと顔を上げたメリッサは壇上の、王冠を纏った金色の少年王と目があった。
 レオンハルトはメリッサににっこりと微笑む。威厳ある雰囲気が一気に霧散して年相応の少年となった。

「シャムロック伯爵家、メリッサ。其方そなたはこの男の伴侶となる事を誓うか?本当にこの男でいいのかい?まだ間に合うよ?」

 新郎から声をかけられるところを先にメリッサに問いかけられて驚く。
 この男は大変だよ、と言外に言われているような問いかけにいたずらっぽい含みが感じられた。茶目っ気のある方なのだろう。
 王の言葉に青ざめたアレックスがビクリと震えた。

「はい。誓います。」

 王の目を見てしっかりと返答した。
 フフッと微笑んで少年王は新郎を見る。今度は威厳ある国王の顔だ。圧のある低い声が教会に響く。

「ラウエン公爵家、アレックス。其方は妻を生涯守れ。余の命だ。」
「必ずや。」

 胸に手を当ててアレックスが深く頭を下げる。畏まる二人を見下ろしレオンハルトはほんの微かに、小さくため息をついて微笑み、目を閉じ両手を広げた。

「今この場をもって二人を夫婦とする。国王レオンハルト・カイゼル・デ・ヴァールの名において祝福を与えよう。これより先この二人に幸多からん事を。」

 国王固有スキル『大いなる祝福』が発動し、二人は眩い光に包まれる。
 ここに二人の婚姻が成立した。


「知ってたかい、メリッサ。」

 国王が去った後、花嫁の手を取り教会の外に導くアレックスがふわりと笑った。

「一年前の今日、魔狼の俺は君とあの森で出会ったんだよ。諦めずに君を追いかけて良かった。」
「アレックス様‥」
「いや、ちょっと違うな。抗えずに走り続けたんだ。たとえ君に嫌われて拒まれても、きっと泣きながら君に愛を乞うていたんだろうな。そのくらい魅入られてるよ。」
「‥‥っ そんなことには、なりませんから。」

 アレックスの告白にメリッサは耳まで真っ赤になる。
 アレックスは所構わずメリッサを口説く。その低く甘い声にメリッサはぼうっとなってしまう。こういうのはちょっと困る。馬車まで転ばずに歩けるだろうか。
 ふわりとした浮遊感にメリッサは驚く。アレックスに横抱きにされていた。

「そのドレス、とても似合ってるけどちょっと動きにくそうだ。」
「ア、アレックス様?!」
「早く邸に戻りたいんだ。もう一年も待ったんだから。」

 後ろに控えていたグライド達を残してアレックスはメリッサを抱え走り出していた。

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