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Ⅲ ハンター、俺。
029: 命を奪うこと
しおりを挟むテントも整ったところでポメと共にキャンプ地の辺りを散策してみた。るぅは留守番だ。魔女とはいえ幼女、一人で大丈夫か気になったがポメが太鼓判を押した。ポメ曰く、あれでいて強いらしい。あの魔女っ子姿だ、自分で魔女の娘と言っていたし魔法が使えるのだろう。
ここらは山深く緑が濃い。俺は都会暮らし、キャンプとか憧れていたが共働きの家では無理だった。その手の本も読んでいたからキャンプの知識だけはある。だが体験は初めてだ。俺にとっては見るもの全てが新鮮だ。
ここらの山々は"神の棲家"と呼ばれたエリアだ。険しい山が連なる中で古代文明の古い寺院が点在しているらしい。鉱山ができるまでは人は住んでいなかったと先日買ったガイド本に書いてあった。ここのどこかに女神様の専用武器があるというのもうなずけたわけで。
渓谷の近くで魔狼の足が止まった。
『陛下』
「いたか?」
魔狼の視線の先、遠く渓谷沿いにイノシシの姿があった。大物だ。こちらは渓谷の上、イノシシはまだ俺たちに気がついていない。
「イノシシか、いいぞ。鹿は小さくて難しいからな」
俺は魔狼の収納からクロスボウを取り出した。構造は俺のいた時代のものと遜色ない形だ。戦闘用と狩猟用に何か武器が欲しいと街で物色、武器屋で勧めらて購入したものだ。ランチを逃した原因の買い物その1だ。
女神様の装備を探しにきたわけだが俺は丸腰だ。流石にそれは心許ない。そのための武器なのだが。
俺は剣術を鍛えていなかったから剣はまだ無理だ。死なない体だがダメージは入れば痛いし怪我もする。女神様が繋がっているこの体が傷付けば魔王降臨の引き金にもなりかねない。よって接近戦は以ての外。ならば間接攻撃だ。
だが魔導は以前の試し撃ちでいきなり封印という大変残念な結果になったわけで。俺の肉体は見た目華奢美少女、ゲームの世界と違いとてもじゃないが普通の弓は引けないだろう。前世で弓道部に体験入部した経験でわかる。
ならばと選んだのがクロスボウ、いわゆるボウガンである。今回買ったモデルはコッキングレバー内蔵、テコの原理で弦を引ける構造だ。コンパクト設計ながらもスコープ搭載・飛距離補正の風魔法に自動回復のエンチャント付き、エントリーモデルの中でも上位モデル、スナイパー風の見た目もカッコいいがなかなかのお値段だった。
武器屋で試射したがいきなり的のど真ん中に入った。店長にも筋がいいと褒められお買上げである。営業トークでも褒められれば嬉しいものだ。クロスボウを構える姿はまさにライフル装備のマタギであるが、それも気に入った。
矢を消費するという弱点は資本の力とポメの次元収納で解決。連射は出来ないが矢の種類で攻撃力も変えられるし麻酔矢や毒矢のバリエーションもあるわけで。ちょっとした魔獣相手なら使い勝手もいいと思う。
そして今、俺はクロスボウを構え遠くのイノシシに狙いを定めている。ポメに狩らせることもできるが俺も食うわけで。魔王だからとそこに乗っかってばかりじゃダメだろう。
野生獣肉の基本。肉を安全に食するために狙う箇所は頭だ。内臓を傷つけてはせっかくの肉が汚染される。野生動物の内臓はどんな細菌や寄生虫がいるかわからないし。肉に血の匂いもついてしまう。ここまで気をつけて、その上でよく焼いて食べる。または一度冷凍。これらで肉内の寄生虫や菌を殺すことができるのだ。前世で読んだマタギ本の内容が脳内を巡る。
初心者の俺が頭を狙う。なかなかの難易度だ。鹿の頭は小さすぎるしよく動く部位で無理だ。だが猪は大きいしそれほどに動かない。今回は運良く水を飲む瞬間だ。動きが止まる。
距離は100mほど、無風、高地から低地への射撃。条件もいい。茂みの中でクロスボウを構え右肩で押さえ衝撃に備える。スコープを覗き込み動かない猪の眉間に狙いを定めた。早る鼓動を押さえ手ブレないようその瞬間、呼吸を止める。そして俺は引き金を引いた。
ビュンという弦の音、銃を撃ったような衝撃を右肩で受け止める。矢は寸分狂いもなくイノシシの額に刺さりイノシシはその場で絶命した。
一発で確実に仕留める、無闇に苦しませない。嗜虐の狩猟ゲームではない。これも俺の信条。
『お見事でございます』
「‥‥‥‥うん」
命を奪う。あの竜を魔王が仕留めた。あの時から俺はそのことを考えに考え抜いた。至った結果はやはり弱肉強食だ。
命をいただくとか殺して申し訳ないとか、この命を無駄にしないというのは人間側の勝手な感情移入だ。被食側が死後良い扱いを望んでいるわけもない。俺が被食動物なら、じゃあ何も殺さず何も食わずにお前が死んでくれと思うだろう。いや、違う。そんなことさえ食べられる側は思わないからこれも俺の感情移入だ。
動物を殺したくないと菜食主義者になる思想もあるが、動物なら可哀想?なら何も言わない植物を食べるのは可哀想じゃない?魔王になった今の俺にしてみればどちらも等しくこの世界の命だ。
捕食者に被食者。被食者もまた命を繋ぐために何かを食らう。皆ただ必死に生きている。弱肉強食、全て繋がっている食物連鎖、そこにそれ以上も以下もない。そう思えば俺の心がスッと冷えた。
おそらくこれはかつての俺、世界を安寧に導く役割を担う魔王が至った境地なんだろう。
渓谷に降り立ちその場でイノシシの首を裂いて血抜き、流れた血は水をかけて流した。大物の獲物、解体するには辺りがちょっと暗くなってきた。初めての解体だ。時間もかかるし死後硬直も始まっている。解体は死後硬直が解けてからだろう。
今日の晩飯は備蓄を食うか。
ポメの収納に獲物を放り込んで俺達はキャンプ地に戻った。
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