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Ⅴ メシア、俺。
063: 堕天
しおりを挟む野党役はこれといった武装もしていない。逃げ惑うばかりだ。元々煽り役、あの二人にかかれば早々に鎮圧モードである。だがディートが浮かない顔をしている。
「どうした?」
「———少ない」
「なんだって?」
そう言われてみると確かに森の外に居た時よりも人数が少ない、というか半減している。じゃあ残りはどこに行った?
そして俺たちは視界の端のもう一つの乱闘に気がついた。
そこはエルフ達が退避しているあの洞窟だ。結界があって入れないはずなのにその結界を破って洞窟に入ろうとする野党と若いエルフ達が戦闘になっている。俺は目を疑った。
ポメとディートの結界を破壊?どうやって?
いや、そもそもなぜあの場所がわかった?エルフが洞窟に移動したのもついさっきだ。事前に知る術はない。洞窟を襲う野党の人数が多い。村にエルフがいないとわかっていて陽動の野党を放しつつ洞窟を襲撃している。
間違いない、情報が漏れている。
青ざめたディートが俺を見る。俺を疑っている?いやこれは裏切られたという目。
自分だけじゃ無理だと悟りこいつは家族を守るために俺に頭を下げた。一度見限った俺をこいつは悩んで苦しんで会いに来てくれた。ポメやるぅが従う俺をそれでもこいつは信じようとして、この展開だ。
俺がこの思考に至ったのならこいつも同じ結論に至るはず。そして俺への疑念はまだ晴れていない。
「最悪だ。やっぱりダメだったのか」
「違う!俺じゃない!」
俺の声は聞こえただろうか。俺を罵る声を残しディートが俺の前から姿が消えた。同時に洞窟前にディートが現れた。襲いかかる野党にディートが右手の手刀で振り払えば野党の首が飛んだ。ディートの手の動きでさらに首が飛ぶ。飛び散る返り血を避けるそぶりさえない。
俺は上空に取り残されたままだ。降り方もわからない。だが空からでもディート憤怒はわかる。この感情で殺戮に至るのはいけない。
「下衆が‥よくも」
顔を歪ませたディートの姿が闇にのみ込まれる。代わりにその闇の裂け目から滑る何かが現れた。大きくて長いそれは———
「‥‥‥‥大蛇、いや竜か?」
闇の中でも緑色の光を放つ鱗に覆われた巨大な竜がとぐろを巻いて野党たちを見下ろしていた。翼竜のような翼を有し鋭い爪の前足が見える。
「あれがディートの真の姿‥」
だが全身が見えない。闇から現れているのは体の一部だろう、とぐろを巻いているがまだ後ろ足も尾が見えない。どれだけの大きさなんだ。
『陛下!』
制圧を終えた魔狼が俺の前に現れた。こちらは返り血さえ浴びていない。魔狼は冷静だ。
『ディートはどこへ?』
「洞窟が襲われた」
『そんな‥なぜ‥』
眼下の洞窟での乱闘を見てポメも驚いている。俺を背に乗せて魔狼は地上に降り立った。
地上の戦闘は一方的だった。
小隊ほどいたであろう野党たちは竜の体で退路を断って閉じ込めている。逃げようとする野党を易々と捕らえ一人ずつ噛みちぎる。それを見せつけて恐怖を煽っている。逃げようと逃げ惑う野党をもう一つの頭が食らいついている。二匹の竜が顎で生きたまま人族を噛み潰し殺している。滴る血が竜の体を赤く染めていた。
二体いるのか?いや違う、あれも同体だ。二体とも暴走している。
「ディート!ダメだ!堕ちるな!」
これは裁きだ。その報いは死のみで贖われる。そこに嗜虐があってはならない。
血に酔った断罪者が殺しの咎人に堕ちる。そうなれば俺は堕ちた咎人を裁かなければならない。
だが竜の動きは止まらない。怒りで我を忘れているのかもしれない。その怒りの原因の半分は俺だ。完全な誤解なんだが。
魔狼が血まみれの竜を押さえ込もうとするももう一体は人族を喰らい続けている。ドラゴンゾンビに乗った魔女っ子も駆けつけてきたが予想外の展開に唖然としているようだ。
「兄者?!これは‥何がどうしたのじゃ?!」
「ディートがキレて手がつけられない!止めてくれ!」
「任せるのじゃ!」
さらにドラゴンゾンビが参戦。二体の竜をドラゴンゾンビと魔狼が押さえつけているが巨大竜はのたうち暴れまくっている。もう宇宙大戦争のようだ。その隙に逃げようとする野党たちはスケさんたちが一撃で首を刎ねた。
「落ち着け!エルフの皆は無事だ!お前がここで堕ちてどうする!」
もう俺の声など聞こえていないんだろう。
どうすればいい?どうすれば俺の声は届く?
そこで何故かあの会話を思い出した。洞窟での鬼ごっこ、問題を全てクリアした後にディートが俺に言っていた言葉。
君ならいつか僕の本当の名前を呼んでくれるかもね
「もうやめろ!俺の声を聞け!ウロボロス!」
巨大な竜がぴたりと動きを止めた。魔狼も驚いたのか振り返り俺を見つめている。俺は魔狼からもディートの正体を聞いていなかった。
鎌のように首をもたげていた竜が俺に顔を突き出してきた。至近距離で見ればその大きさに内心慄いた。口を開けば余裕で俺を丸呑みできる。魔力の強さもわかる。俺よりは低いがそれでもこれは相当だ。
これで兄弟最弱?謙遜か?それともポメとるぅがさらにとんでもないのか?
しげしげと俺を見つめる竜、そして何やら残念そうに呟いた。
『へえ‥‥僕のことを思い出したわけじゃないね?』
「思い出してはいない。直感だ」
こいつの使役獣が蛇だったこと。生まれ出でた時受け継いだものは知恵の実と無限。そしてこの体躯。ウロボロスはこれらから俺が連想したものだ。
知恵の実はアダムとイブが楽園を追放されるきっかけとなったものだが、それをそそのかし食べさせたのが蛇とされている。だが別の解釈もある。この蛇は神の使い、アダムとイブを楽園から救済するために知恵を与えた。そして無限は自らの尾を喰らい世界を取り囲む巨大竜ウロボロスが象徴するものだ。
「落ち着け、まだ森の外に兵がいる。お前がここで理性を無くせば誰がエルフを守るんだ?」
『はぁ?そっちが手引きしたくせに』
ディートが人の姿に戻った。やはり顔色が悪い。力を使うと俺のように過負荷が来るんだろうか。そして全身血まみれだ。労わるようにエルフ達がディートを抱きしめて血を拭っている。
「違うと言っている。俺は何もしていない」
『じゃあ誰?僕を疑ってるの?』
全然わからない。
ポメとるぅは違う。ずっと俺のそばにいた。繋がっているからそんなことをすればすぐに俺がわかる。ディートは除外するとして、そうなるとエルフ?流石にそこは大丈夫だろう。そうなると誰もいない。
いや、一人だけいる。
人族の王に神託を出しここを襲わせる。ずっと気配を断っていた。目的も理由もわからない。だがエルフの場所を知り指示を出せる者がいるじゃないか。
俺の中に———
そう疑ったのは一瞬、すぐに否定した。ありえない。そんなことをする理由がない。それでも俺を動揺させるには十分だ。そして俺の思考は女神様に筒抜けだった。そこに思考が至り俺は言葉を失った。
俺は一瞬でも女神様を疑ってしまった。
『‥‥‥‥‥‥え‥‥』
「あ‥‥‥‥‥いや、これは」
『‥‥‥‥違う‥‥違うわ‥‥私は何も‥‥‥‥』
ガクガクと震える様子が声でわかる。女神様は今日ずっと気配を殺して俺の呼びかけにも答えていなかった。まるで誰かから隠れているように。そこで気がついた。
あの女神様が怯えている?
「どうしたの?なんで」
『ダメなの、見つかったら』
見つかったら?誰に?
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