4 / 18
お茶をご一緒に
しおりを挟むメリッサが邸に来て一週間経ったがアレックスの狼耳だけが消えなかった。
二日の予定を押してアレックスは番屋で一週間我慢した。魔素は落ち着いてきており尻尾はようやく消せたが、耳だけがどうにもならない。まだとても帰れる状況ではないのだが。
アレックスは禁断状態にあった。
あの甘い懐かしい香りに。柔らかい肌に。添い寝した時の暖かい体の温もりに。鈴音のような軽やかな声に。そして輝く笑顔に。一度知ってしまえば後戻りはできない。会えなくてもせめて同じ邸にいたい。
なだめるグライドを押し切りアレックスは帰還を決めた。このままでもどうせ恋焦がれて気がふれてしまうだけだ。
この一週間、アレックスはメリッサに毎日花束と贈り物を送った。まさかこんなことになるとは思わなかったが、ダリウスに言われて贈り物を準備しておいてよかったと思った。手紙では何枚になるかわからん!とグライドにカードにさせられた。
領主の仕事を鬼速で終わらせてカードに書くメッセージを一時間かけて考える。カードに添える花を探して自ら手折る。飛竜で贈り物を届けたグライドから返事を受け取りメリッサの様子を聞く。メリッサに会えたグライドに愚痴る。
これがアレックスの一日になっていた。
熱意が通じたのか、メリッサからのカードも、討伐で帰還できないアレックスを労るものや、体調を気にかけるものが増えた。初日に添えられた押し花は初めてメリッサから贈られたもの。アレックスの宝物だ。
昨日は美しい便箋に書かれた手紙が届き、狼耳が消えずイライラするアレックスの心を癒した。
“お早いお帰りをお待ちしています”の一行に、我を忘れすぐにでも帰ろうとしたアレックスをグライドがぶん殴った。
この一週間、一番キツかったのは暴走する主人の面倒を見たグライドかもしれない。
「やっとお前の嫉妬や殺気から解放される。一週間しんどかった‥‥」
「仕方ないだろう。お前だけメリッサに会っていたのだから。」
「そう仕方ないんだよっ これが仕事なんだから。俺じゃなかったら誰がカード届けるんだよ?!」
「俺が行けばよかった。魔狼の姿なら問題なかったんだ。」
「どこに公爵様のカードを運ぶ魔狼がいるんだよ‥‥」
恋とは本当に恐ろしいものだ。あんなに賢かった幼馴染が馬鹿になった。
グライドはげっそりとため息をついた。
邸に戻ったアレックスを出迎えるべく、メリッサが玄関で待っていた。あの夜以来である。
「おかえりなさいませ、公爵様。ご無事のご帰還何よりでございます。」
「長く留守にしてすまなかった。」
淑女の礼を取るメリッサと挨拶を交わし、メリッサはアレックスの顔をじっと見上げる。兜を被ったアレックスを。
狼耳は消えていない。耳を隠すために包帯か兜か悩み、兜にした。包帯では大きな耳を隠すために目も覆われてしまいメリッサを見られなくなるからだ。鎧は着ていないのでこれまた異様な感じだが、もうこの際だ、と開き直ることにする。
兜越しではあるが記憶ではない生のメリッサに対面できた。これだけで一週間我慢した苦労が報われたとアレックスは兜の中で目に涙を浮かべた。
旅装から着替えて落ち着いたアレックスは、メリッサを午後のお茶に誘えないかと考えていた。
本当は邸に着いた時に誘おうと思っていたのだが、感極まってタイミングを逃してしまった。
玄関ではいい雰囲気だった。このままお茶に誘えないか、とメリッサに招待を送ると了承がもらえたので、メイドに庭のあずまやにお茶の準備するよう指示した。
この一週間、手紙やカードのやり取りでメリッサと親しくなれた気がする。色々あって出鼻をくじかれたが、これからは毎日このような二人の時間を設けて気持ちを温めていけばいいとアレックスは考えていた。
応接間で待っていると白いデイドレスを着たメリッサが現れる。艶やかな銀髪を背中に垂らす姿はまるで妖精のようだ。
手首には先日贈った腕輪があった。気に入ってもらえたようだ。あれこれ悩んで選んだ甲斐があった。
贈り物はメリッサとしたい事を考え準備した。
手紙の交換、お茶、散歩、チェス。刺繍が好きだそうだから、是非出来上がったものを見てみたい。図鑑は植物に詳しいメリッサと一緒に見られればいいなと思った。
腕輪はアレックスの所有の印。その証に刻印も入れ有事に備えて護符付きにした。身につけてくれてぐっときた。
全ての贈り物に自分の瞳の色を入れるのを忘れない。アレックスが傍らにいなくてもメリッサの側が自分の色になればいい。それはメリッサへの執着でもあった。
そんなことを思いながらメリッサを見ていると、困ったように頬を染めて俯いた。はにかみながらお茶の招待のお礼をいう姿が愛らしい。
勇ましいハンター姿とはまた違うふんわりとした魅力にアレックスの表情がデレた。
ヤバい。可愛い。
赤面しても兜が表情を隠してくれる。しかもこちらの目元が見られない分、思う存分メリッサを堪能できた。この兜、意外に便利かもしれない。
兜越しの会話、手袋越しのエスコート。兜の金属臭と共にふわりと香るメリッサの香り。障壁が多いが禁断症状のアレックスには十分過ぎるほどで、メロメロにデレまくっていた。背後に控えるグライドの視線が生ぬるい。
テーブルに着席したはいいが、自分は茶を飲めないのでメリッサに邸での過ごし方を聞きながら茶を勧める。
カードのやり取りやバースからの報告でメリッサが邸に慣れてきたことは分かっていたが、声が聞きたくて様子を問いかけた。
もっと喋って笑ってほしい、何を話そうかと思案してると、メリッサは何か言いたそうにモジモジと俯いていた。
ヤバい。可愛い。
「メリッサ嬢、何か困りごとか?」
「えっと‥その‥」
ヤバい。本当にヤバい。
俺の語彙もヤバいがこれしか出てこない。なんだこの愛らしい生き物は!
視界がピンクがかりデレて脳が液状化していたが、続くメリッサの言葉でアレックスは文字通り凍結した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
年下の婚約者から年上の婚約者に変わりました
チカフジ ユキ
恋愛
ヴィクトリアには年下の婚約者がいる。すでにお互い成人しているのにも関わらず、結婚する気配もなくずるずると曖昧な関係が引き延ばされていた。
そんなある日、婚約者と出かける約束をしていたヴィクトリアは、待ち合わせの場所に向かう。しかし、相手は来ておらず、当日に約束を反故されてしまった。
そんなヴィクトリアを見ていたのは、ひとりの男性。
彼もまた、婚約者に約束を当日に反故されていたのだ。
ヴィクトリアはなんとなく親近感がわき、彼とともにカフェでお茶をすることになった。
それがまさかの事態になるとは思いもよらずに。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新 完結済
コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる