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第一章 ウサギの攻防編
第一話 「俺と駆け落ちだ!」
しおりを挟む「ノワ、迎えに来たぞ!さあ俺と駆け落ちだ!」
毎度のことなんだが、今日もその声に振り返ってみれば、やはりあの王太子は私の部屋のバルコニーにいた。
そこはダメだと何度言えば!!!
私の口から盛大なため息が出たが、これは仕方がないだろう。
ここはリーネント王国の外れにある離宮。私ノワことノワゼットが好んで滞在している。国王である父と王妃である母、王太子である兄は王都の城で暮らしているので、ここでは私と最低限の使用人のみで生活している。
私はこれでも第一王女なのだ。引きこもり姫とも呼ばれるくらい外には出ていないが。
とある事情で公務でも滅多に姿を見せないため、私は病弱な深窓の姫君と思われている。だが体はばっちり健康体である。
そんな私の様子にアウル殿下は不満げだ。
「なんだよ。歓迎の抱擁はないのか?ほら!照れてないで俺の胸に飛び込んでこい」
満面の笑みで両手を広げて見せますが、私にどうしろと?飛び込んで頭突きを食らわせてやりますか?
「結構です。そういうの間に合ってるんで」
「あ?!間に合ってるって誰とやってるんだよ?!」
「まあ?うさぎのぬいぐるみでもあれば?」
私の答えが気に入らなかったのかアウル様の目がぎろりと底光りする。
え?なになに?なんで?
なぜ指をポキポキ鳴らしながら青筋を?めちゃくちゃ怖い。
「ほう?そいつはどこだ?俺が手ずから斬首してやる」
「ちゃんと聞いてました?ぬいぐるみです」
「ぬいぐるみだろうが俺とノワとの愛の抱擁を減らすヤツは万死に値する!」
そう言いぬいぐるみを探し部屋を捜索し始めるアウル様。
そんなものいませんから!もう!なんでこうなるの!
「私の部屋なのに!散らかさないでください!」
そしてどさくさに紛れて続き間の寝室に行こうとしたので後ろ回し蹴りで吹っ飛ばしてやりました。ホントに油断も隙もない。
このお方は隣国のファシア王国、アウレーリオ王太子殿下。御歳二十歳。太陽のように輝く眩い金髪と宝石のように澄んだ緑眼のすっきりしたイケメン王子。ファシア王国はここらで一番の大国だ。歴史も長く由緒正しい。国土も広い。経済も発達している。つまり金持ちで超強国だ。
顔よし、スタイルよし、頭良し、運動よし、権力あり、そして金持ち。天はこの男に二物も三物も与えたけど王族にとって大事なものを与えなかった。慎み深い性格だ。
こんなんでもファシア王国の王太子で二十歳です。大切な事なんで何度も言いますが、私よりも二つも年上なのにコレ。大国王太子なのにコレ。子供の頃からの付き合いだけど今だに信じられない。
王太子といえば次期国王ですよ?もうちょっと落ち着いてませんかね?何とまあやんちゃというかやりたい放題というか。どういう教育をしたらこうなるんですかね?
国がお隣さん同士ということでアウル様とは子供の頃からお付き合いがあった。我が国はここらじゃ弱小中の超弱小。国の格は天と地ほども違うのだがアウル様は気さくにお付き合いくださった。幼かった頃の私はそれにどれだけ救われたことか。
つまり私たちはいわゆる幼馴染です。
途中疎遠になったこともあったけど、三年ほど前からちょくちょく私の部屋にやってくるようになったんですがね。
ですがこのアウル様の奇行は目に余ります。
「何度も申し上げてますが、バルコニーからお越しになるのはやめてください。危険です」
「だが庭からこの部屋まで一直線で来られて便利なんだが」
「ここ四階です。心臓に悪すぎます。正門からお越し下さい」
「嫌だ。正門遠い」
アウル様はふてくされてソファでふんぞり返ってる。
我が物顔ですがここは私の部屋ですよ?
正門が遠いからと言ってどうして王太子が離宮の壁を登ってくるんですか?普通正門から入ってくるもんでしょ?
そもそもどうやって離宮の壁を登ってるの?
以前そう問い詰めたら誇らし気に壁登りを見せてくれた。手足を使い空を飛ぶように壁をするする登る様に血の気が引いた。
翼でも生えているの?人間技じゃあないよ。
本人はものすごいドヤ顔だったがこっちはドン引きですって。どこの隠密?暗殺者?
パルクールとかいう技らしいが!この身体能力が異常な王子に誰がこんな頭のおかしい技を教えた?本気で勘弁してほしい‥‥
お陰でこの王子に障壁は何の意味もなくなった。
私の国、リーネント王国は切り立った断崖絶壁に囲まれた国だ。天空の山城。自然の要塞。まさに難攻不落だ。
ここら一帯は周りに大国がひしめく場所だが、うちのような超弱小貧乏国が攻め滅ぼされず残っているのはこの地の利にあったりする。
地形が攻めにくい。頑張れば落とせそうだがそこまでする程魅力的な領地でもない。対価が見合わない。攻めいられるのを用心されるほどうちの軍力も強くない。よってスルーされる。他に警戒すべき国がひしめいているからだ。
そして気がつけば我が家は200年近くこの地に残る名家になっていた。断言できる。決して実力ではない。だって貧乏だし。
200年近く隣国を寄せ付けなかったそんな崖をよじ登るとか無理だから!一体どうやってるの?!
普通の人なら一本しかない橋を渡って崖を迂回し街を抜けてくるしかないんだけどなぁ。なぜかこの王太子殿下は自国から直線コースでやってくる。
まあここは城より少し離れた離宮だから直線コースの方が距離は短いのは事実であるが。凹凸ありすぎルートだ。
その上だ!関所以外からの入国。これは完全なる密入国でしょ。王太子であっても犯罪だよね?兄様にそう言ったら笑ってたけどさ?笑い事じゃないよね?ホントに。
何度かそのことをこの王太子にも指摘したけど一向に意に介さない。悪びれない。私の言うこと聞かないんですよね、もう!
もうね、せめてファシア王国側でこのわんぱく王子を止めてくださいよ。大事な王太子なのに放し飼いにしすぎでしょ?ひょっとしてもう諦めちゃってます?
「俺は!ノワに忍んで会いに来てるんだ。正門から行けばバレバレだろ?」
忍んで会いにくる。ロマンティックな密会や逢い引きを匂わせてるつもりですか?まあ密入国者が堂々と来られても困りますが。
「安心してください。バルコニーからでもバレバレです」
「は?!何でだ?!」
「もう離宮中に王子の面は割れているんですよ。忍ぶ意味は全くありません」
「何?!せっかくの密会が!秘密の逢瀬が!」
今頃庭師のハンス経由で目撃情報が離宮中に伝達されているだろうな。それ専用の連絡網まであるのだ。専属侍女のトリスがそろそろお茶を持ってきそうだし。
何やら悔しそうなアウル様ですが、しょっちゅうやってきては私に手を出そうとして蹴り飛ばされているのに。
この騒動を皆が気が付かれてないと思っていたんですか?
「大体!以前は二階にいたのになんで四階に部屋を移した?」
「あまりに頻繁にアウル様に部屋に乱入されて身の危険を感じて四階に来ましたがあまり変わりませんでした」
あの壁登りの前では本当に意味がない。私の貞操の危機です。深いため息をついてしまった。
アウル様は私の冷静な答えに納得できない!と言いたげに顔を顰め、はぁとため息をこぼした。
「王子様に攫われたい、って言うからこうしてちょいちょい攫いに来ているのにどうしていい雰囲気にならないんだ?」
「これじゃない感がハンパないんです。それにそう言ったのはずいぶん子供の頃のことです」
子供女子によくある“白馬の王子様に連れ去られたい”的な発言を間に受けてか、アウル様はこうしてちょくちょく私の部屋にやって来ては駆け落ち云々の話をする。
おいおい?王太子が駆け落ちとかどうすんのさ?
「こうさ?窓から颯爽とイケメン王子が現れるとカッコいい!とかなるだろ?ドキドキしてトキめかないか?」
「むしろゾッとします。体を張って吊橋効果を狙ってるんですか?もう効いてますからホント勘弁してください」
確かに金髪にイケメン王子だが自分で言うのはどうかと思う。ドキドキって、ハラハラドキドキ?十分効いている。
確かにドキドキはしている。吊橋効果に違いない。
お陰でアウル様を見ればドキドキしてしまう。
私の発言にアウル様が食いついてきた。
「俺を見てドキドキしたか?やっと効いたか!効くの遅すぎだろ?」
「はい、効いてます。これは知ってます。このハラハラはズバリ条件反射。パブロフの犬ですね」
「違う!どうしてそうなるんだ!!」
アウル様が全力否定した。
あれ?違うのか?ベルがなると餌がもらえると思って涎を出す犬でしたよね。
アウル様を見てハラハラ。うん、合ってるし。
大体、ドキドキするのは誰のせいだと思っているんでしょうか。
もうね、壁登ったり山越えとか正直やめて欲しいんですよ。やるならよそでやって下さいって。
うちの領地内で隣国の王太子の変死体でも出たら即開戦ものでしょ?弱小のうちなんて本気の大国相手では地の利があってもプチッとやられちゃいますって。
死体発見現場がこの離宮に近かったら絶対私がやったって疑われるし!
アウル様のやんちゃのせいで私が斬首刑とかになったら悪夢だ。貰い事故のような死刑なんて酷すぎる!
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