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第一章 ウサギの攻防編
第二話 「まずは堪能させろ」
しおりを挟むまあこの殿下に限って可能性は低いだろうけど、それでも万が一がある。きちんとお願いしなくては。
「せめて供のものをお連れください。お一人では万が一の時に助けを呼べません」
「以前は連れてたんだがな。全力で走って気がつくと一人になってた。もちろん帰り道で拾って帰ったぞ?それ以来面倒でな、一人で来てる」
「‥‥‥‥はぁ」
今日何度目かのため息が出てしまった。
ファシア王国の王族はこの通り何かおかしい。
異常な身体能力。野生児。弟のアルフォンス王子殿下もすごいらしいから遺伝なのだろうか。その思考を読んだアウル様がにやりと楽しそうに笑う。本当に機微に聡い方だ。
「今のところ俺とアルだけだな。アルはうまく隠しているが。姉妹たちは普通だ。いや、アナスタシアは可能性があるかもしれない。あれはちょっと違う。今様子を見てるとこだ」
アナスタシア王女殿下。虹色の瞳を持つ末のお姫様。お人形のようにものすごく可愛らしいのだ。あんな妹が欲しかった!でもあの王女殿下もこんなやんちゃになってしまうのか。それはちょっと勘弁というか‥‥。
そうそう、やんちゃといえば。
これもちゃんと言っておかなければいけない。
「先日も雨の日においでになりましたが、天気の悪い日はもう少し慎重になってください。過信は良くありませんよ」
「確かに滑りやすくはなるが注意してるから大丈夫だ。むしろいい負荷だ。俺が来ないと途中で何かあったかとお前も心配するだろ?」
まあ気にはなる。確かに。
目を泳がせて言葉を詰まらせればアウル様が嬉しそうに笑う。
そうじゃないから!断じて心配とかじゃないから!
ここは正論で反論だ!
「雨の日はお越しにならないと約束くだされば気になりません。使いを出して頂ければ良いですし」
「雨の日に隣国に使いを出しても着くのは翌日だろ?それなら俺の方が足が速いからな。俺が行って、俺は今日は行けない、とお前に言う方が使者より早いだろ?」
「なるほど。確かに」
んん?何かおかしい。
私の怪訝な顔にアウル様が嬉しそうに破顔した。
「つまり雨だろうがなんだろうが俺はお前に会いに行くということだ。お前一人で寂しい思いはさせない」
そう言って歯を見せて笑って見せる。子供の頃からずっと同じ笑顔。悔しい。この笑顔は実はカッコいいのだ。絶対本人に教えないけどね。動揺を隠すように顔を顰めて見せる。この王子につけ入る隙を見せてはいけません!
しかしまだ私を寂しがりだと思ってるんですか?あれは子供の頃の話ですって。
「私ももう大人です。寂しがりません」
「ウサギは寂しいと悲しくて死んでしまうんだろ?俺を想って泣いて死なれては困る」
アウル様が躊躇いなくそう言う。
愕然とした。
え?本気で、本気でそう思っているんですか?!
「それは真実かはわかりませんが、私は寂しくないので死にませんしアウル様を想ってません。ウサギでもないですし」
私がそうバッサリ切って捨てればアウル様は口を尖らせてぶーっとふて顔になった。
ウサギ姫。子供の頃の私のあだ名だ。これは私の瞳が赤茶色で光の加減で赤く見えることと、私のあるものを指してからかわれた名前なのだが。今では私の最大のコンプレックス。十八にもなってツインテールの髪型をやめられないのもそのせいだ。
アウル様は惜しげもなく熱烈な殺し文句を投げて私を口説こうとしている。恋愛経験がない私にもわかりやすくアピールしている。イケメン王子からのアプローチ。普通であればころっといってもおかしくないレベルだ。
でもこの手に乗っては行けない。この変態スケベ王子の真の目的を私は知ってるんですから。
私に執着を示す理由。それは———
「‥ウサギ、ウサギと言えば‥‥」
アウル様の目が熱を孕む。粘るようなその視線を向けられてヒッとつい身を強張らせてしまう。
もうあのスイッチが入ったんですか?!今日のスイッチはどこだったん?
最近アウル様のスイッチが緩くなってる。ちょっとのことでオンになる。今までの会話をざっとさらうがオンの理由がわからない。これでは予防策の立てようがない。
アウル様がゆらりと立ち上がり私ににじり寄って来る。その様子にぞぞぞ、と血の気が引いた。
「俺の愛らしいウサギ‥なぜ隠すんだ?俺の前では全部隠さず晒せと言ってるだろ?」
「そ、そういうつもりでは‥‥」
「まあいい、俺が外してやろう。いい子だ、さぁこっちにおいで。じっくり可愛がってやる」
「結構です!!!」
逃げた。それこそ脱兎の如く。こっちも必死だ。
しかしそれよりも素早くアウル様が動いて私の体を背後から高く抱え上げた。足が浮いて逃げられない。必死で宙に足をばたつかせるがアウル様はびくともしない。
抱きしめられて服越しにアウル様の硬い体が感じられた。見た目細身なのに。あれ程の身体能力だ、当然全身筋肉カッチカチだろう。そう思ったら何故か顔が火を吹いたように熱くなった。
「今日は一週間ぶりの逢瀬だからな。たっぷり堪能させてもらうぞ」
「一週間空いたのはアウル様の都合でしょ!!」
「お前も寂しかったか?そうかそうか、よーしよし、いい子だ」
「寂しくない!ヤダヤダ放して!変態!」
「どうどう。そう暴れるなって。ホント、かわいいウサギだなぁ。凄く唆られる。もうメロメロのめちゃくちゃにしたくなるぞ。さぁ、愛らしい声で存分に哭いて俺を癒してくれ」
全然話を聞いてくれない!軽々と小脇に抱えられ犬のように頭をわしゃわしゃ撫でられる。髪がぐしゃぐしゃだ。
くぅぅ!乙女の御髪になんてことを!
そのまま鼻歌まじりに軽々と運ばれてソファの長椅子にうつ伏せに押し倒された!これは乙女の貞操の危機!アウル様の体が硬くて蹴ってももがいてもびくともしない。
おかしい。普段であれば張り倒して蹴り倒せるのに。なんでピンチの時に限ってこんなに敵わないの?!
「どれ、まずは見せてもらおうかな。邪魔なやつ外すぞ」
「ひっ ダメ!やめて!見ちゃイヤだって!」
私を片手でキツく抱き倒したままでアウル様が空いた手でリボンをウキウキとほどく。ツインテールが解けてはらりと淡い金髪が私の顔にかかった。その瞬間が近づいてきて身がぶるりと震えて私は目をぎゅっと閉じた。
長い髪をかき分けそれを見つけてアウル様は満面の笑みだ。幸せそうなうっとりとしたため息が聞こえる。
「やはりいいな、お前の耳は。こんなに愛らしい」
そう、彼は耳フェチなのだ。
「ヤダヤダヤダ!変態!放してってば!」
「まあ待て。まずは堪能させろ。変わりなかったか?」
「ひゃぁっ」
耳たぶを指でなぞられ思わず声が出てしまった。耳はとんでもなく弱いのだ。触られただけで蝶の羽のようにバサバサ動いてしまう。相変わらずアウル様にうつ伏せに抱き押さえられて顔を横に向かされている状態だ。更に背中からのしかかられて動けるわけもなく。耳はいじられまくっていた。
くっ 屈辱だ!!!
「うん。色も形も柔らかさも変わりないな。健康で活きもいい。本当にこのウサギ耳はいいな。桃色でうまそうだ。食ってもいいか?」
「クウ!!ダメ!!ゼッタイ!!」
「チッ 今日も指だけか。まあ活きがいいからよしとするか。触り心地も最高だ」
ピクピク動く私の耳にアウル様は満足気に指を這わせる。
その触り方!本当に!
本当にエロくて変態だ!この耳フェチ王子!
くすぐるように耳たぶを撫でられて、耳元で囁かれ吐息が耳にかかり背筋のゾクゾクが止まらない。顔が茹って心臓バクバクだ。
耳と抱きしめる以外何もされてないのに何で?!
もうホントに勘弁して!!
——— ウサギ耳
我が家は代々、ウサギ耳と呼ばれる耳の子供が生まれる。御伽噺で言うところのいわゆるエルフ耳だ。遠いご先祖がハイエルフだったとかなんだかの伝説まである。真偽は不明であるが。
ちなみに一族の寿命は全くもって普通である。見た目に至っては、んーどっちかなぁ?どっちかってーとちょーっといいかな?くらいな程度だ。ただ耳だけが尖っているのだ。
一般的な耳より倍は細長く尖っている。毛皮こそ生えていないがそれをウサギに例えてウサギ耳と呼ばれていた。この耳はリーネント王族である証で父も兄もこの耳だ。なのだが!これこそ私の最大のトラウマなのだ!
この歳で私の髪型がツインテールなのは耳を隠すためだ。
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