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第一章 ウサギの攻防編
第四話 「厄介なこと?」
しおりを挟む声を立てて笑っていたアウル様がついと立ち上がった。
「じゃあ次は俺のターン、と言いたいが時間切れだな。そろそろ帰らないと」
その言葉に我知らずしゅんとなってしまった。
もう帰ってしまわれるのか。
顔に出していないはずなのに、私の顔を見てアウル様は困ったような顔をした。
「まずいな。そんな顔されては帰りたくなくなるだろ」
「そんな顔してませんが?」
「俺のウサギは強情だな。まあそこもいいんだがな」
すでにくしゃくしゃな頭をさらに撫で回すからもうモサモサになっている。それを緩い手櫛で直してくれる。本当は優しいのは知っている。変なことさえしないでくれればいいのに。
初めて出会ったお茶会。
あの日、時々寂しそうな目をする優しいアウル様に帰って欲しくなくて私は泣いて引き止めてしまった。本当は別の王家にも招かれてそちらに行かなければならなかったのに、それをキャンセルしてアウル様は結局一夏離宮に留まってくれた。二つ上のかっこいい兄ができたようで、本当の兄であるマテオ兄様よりも懐いていた。
だからだろうか。別れの瞬間はつい引き止めたくなってしまう。でもアウル様は王太子。公務もあるはず。超多忙の激務の中こうして来てくださるだけでも奇跡だ。
アウル様はトリスに視線を投げる。声が王太子然となっていた。
「来週水曜はマテオ殿下が離宮に来られる日だったな。午後時間を空けられるか調整してくれ。重要な話があると伝えろ」
「畏まりました」
重要な話とはなんだろう?きょとんと見上げればアウル様は苦笑して私の顔を覗き込んだ。
「まだ秘密だ。方向性が決まればお前にも話ができるだろうからそれまで待て」
そして嫌がる私の耳をしばらく弄んでからアウル様は帰っていった。バルコニーから。正門から帰ってとあれほど言ってるのに!
急に部屋が寒くなったように感じた。あの方の熱量がすごいのだ。いるだけでものすごい存在感。あれが王者のカリスマというやつだろうか。だとしたらやはりアウル様は王の器なのだろう。変態だが。ホント残念だ。
そこでふぅとため息が出た。
なんで耳フェチなんだろう。あんなにかっこいいのに。
頭の中の理性が私に語りかける。
流されるな。あの王太子が好きなのはお前の少し変わったウサギ耳。お前自身ではない。
あの王太子に心を渡してはいけない
翌週の水曜日。アウル様がやってこない。
おかしい。来るとおっしゃっていた。来れなくなってもそう言うために来る王子だ。何かあったんじゃないだろうか。
部屋の中をうろうろする私にトリスがにこりと微笑んだ。
「アウレーリオ殿下でしたらマテオ殿下と面会中でございます」
「は?なんで?!」
思わず勢いよく振り返ってしまった。
私の部屋に寄らずにマテオ兄様直行?初めてじゃない?
「なんでも予定が変わったとお急ぎのご様子でした。エントランスホールで落ち合われてお二人でそのまま面会に入られました」
予定が変わった?一体何の話だろう?好奇心から離宮のマテオ兄様の部屋を訪ねる。
人払いはされていないはずだが部屋には二人しかいなかった。テーブルの上にはリーネントの地図と石ころがいくつか。それとルーペ。
「ああ、ノワか。ちょうど呼びにやろうと思っていたところだよ」
マテオ兄様が立ち上がって笑顔で迎えてくれた。抱擁がくすぐったい。
私より三つ年上のリーネント王国の王太子。二人きりの兄妹で私の自慢の兄様だ。会うのはひと月ぶりかな?離宮に引きこもる私を気にしてこうして様子を見に来てくれる。ここ三年くらいはアウル様が頻繁に私に会いに来るのでマテオ兄様の来訪頻度は減っていた。
「お前も聞け。厄介なことになった」
ソファに腰掛けていたアウル様が視線で着席を促す。慣れ過ぎてもうこの国の王族みたいだ。全然違和感がない。それもどうなんだろうか?
「厄介なこと?」
「金が出た」
キン?キンってなんだっけ?
一瞬呆けてしまった。それぐらい貧乏国リーネントには縁がない言葉だった。
「俺がここに通ってくるルートの途中で先月崖崩れがあってな。大雨で崩れたようだ。あ、通ったのは崩れる前だったから俺に怪我はない。今は別ルートを使ってる」
崖崩れの下りでざぁーっと青ざめる私にアウル様がさくさくっと端的に説明する。
色んな意味で心臓止まるかと思った!もう勘弁して!
「そろそろ乾いただろうと思ってこの間崩れた地層を調べたんだがそれっぽいのが出た」
「調べたとは何故に?」
「単なる好奇心だ」
好奇心だけで崖崩れ現場を登り地層を調べると?
流石ファシア王国王太子。予想外の斜め上を行かれますね。意味わからんですわー。
青ざめた私にマテオ兄様が苦笑して明るい声を出した。
「あれ?ノワは知らない?アウルは地質学の権威だよ。ファシアでも色々発掘してるし。アウルが言うなら本物だろう」
「権威は違う。山岳レースのついでに色々ほじくったら出てきただけだ」
全然知らなかった。引きこもり過ぎてて世間知らずになってるんだ。ヤバい。
この王太子、あの身体能力で頭もいいんかい!やんちゃで変態なのにどんだけハイスペックよ?
マテオ兄様に石とルーペを差し出されて覗いてみたがよくわからない。キラキラ?ラメラメ?してるようなそうでないような?これが金?ホントに?
「マテオに確認したがリーネントではそういう調査をしたことがないという。いい機会だから地質調査してはどうかということになった」
「はぁ。それが厄介なことですか?」
金が出た。いい話じゃないか。そんな私にアウル様とマテオ兄様が顔を見合わせふぅとため息をついた。なんだなんだ?呆れられた?自然とむぅと頬を膨らませてしまった。
「まあノワに国際問題は無理だよね。そういう話も今度しなくちゃね」
私の頭を撫でながら苦笑するマテオ兄様。
完全なるお子様扱いだ。もうだから!
「だったら何なんですか?!」
「金が出たこと自体は喜ばしいが。これが近隣の国に知れると厄介だ。金脈欲しさに近隣に兵を上げられても兵力に乏しいリーネントにそれを防ぐ手立てはない」
アウル様の発言に私は全身血の気が引いてしまった。
げっ 確かに。
でもあの崖があるしちょっとくらいは大丈夫では?
「難攻不落の崖があっても水路を絶たれて兵糧攻めされればおしまいだ。これはほんの一例だ。現代なら大砲やカタパルトもある。火薬と共に火を投げ込むとか。昔と違い山城攻略は他にも手はある」
私の思考を絶妙に読んだアウル様がツッコんできた。
げげっ そんな攻め方があるのか?!
そんなのひとたまりもないじゃないか!
「つまり本件は秘密裏に行われる。リーネント国の命運に関わる極秘事項だからお前もそのつもりでな。俺も部外者だがファシアには黙っておく」
げげげっ それは私は知らない方がよかったよ!
「なぜ私に話したのですか?!」
「半端な情報を聞いてノワに騒がれるよりはいいだろうというアウルの判断だよ。私もそう思った」
「私には言う相手がいません!」
「ならばお前に知らせても問題ないだろ?」
にこやかな兄と腹黒い隣国王子に見られて私は口籠ってしまった。その通りだ。
この場合、兄の笑顔の方がむしろ怖い。この笑顔、この緊迫状況を理解してるのか?マテオ兄様は昔っからにこにことしてるが不思議と失敗したことはないんだよね。なんでだろ?
こうして秘密裏に地質調査を行うべく学者の派遣を要請。備えとして国内では貯水湖の建設も行われだした。備蓄も行われる。
たかが崖崩れ一つで平和なリーネント王国が大騒ぎになってしまった。
しかしこちらの思惑とは別にさらに騒ぎは大きくなってしまった。
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