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第一章 ウサギの攻防編
第五話 球根?窮困?求婚?
しおりを挟む「えええ?!金脈がバレた?なんで?!」
なんて早さだ。ウチってばどんだけ筒抜け?ぬるすぎる!
そこではっと気がついて慌てて言い訳をする。
「私じゃないですよ!」
「それはわかってるよ」
マテオ兄様は、場違いにもはははと朗らかな笑い声を立てた。
あの秘密会議から二週間後、私は再び離宮のマテオ兄様の部屋にいた。マテオ兄様は相も変わらず笑顔だ。ウサギ耳にこの笑顔が優しそうだと結構モテるらしいのだが。
「どこからか漏れたようだね。困ったものだ。近隣の国では今うちの金脈の噂で持ちきりらしい。取引や共同発掘の問い合わせも殺到してるんだよ」
困ったものだ、って全然困ってないじゃん?なんでそんな落ち着いてるん?攻められるって言ってたのに!
そんな私にマテオ兄様が笑ってみせる。
「今回運良くすっぱ抜かれたと言うか。近隣中に知れわたったんだよ。だからどこかが出し抜かないようにファシア含め各国が牽制しあってるみたいだって。アウルからこっそり情報が入ったよ」
ファシアの情報が筒抜けなのもいいのだろうか?アウル様にも考えがありそうだけど。
今まではリーネントは眼中になく手も出されなかったが、今は各国が牽制しあってリーネントは手を出されない。ずっと危うい感じだ。
「もう秘密でもないから大々的に調査団を受け入れるつもりだ。ある意味楽になってよかったよ。こそこそするのは大変だったし」
にこにことマテオ兄様が微笑んだ。それを見た私はなんともいえない不安に駆られてしまったのは仕方がないだろう。
なんともおっとりというか平和ボケというか。本当に大丈夫なんだろうか。リーネント的には史上最大の危機だろうに。
正面のソファで王太子然と優雅にお茶を飲む兄を睨みつけていればとんでもない話が飛び出してきた。
「だけどちょっと困ったことになりそうなんだよ」
「困ったこと?」
「私とお前のことをやたら問い合わせてくる。婚約者がいるかどうか」
ぎくりとした。マテオ兄様にはもう婚約者がいる。来年にはその公爵令嬢と結婚の予定だ。だが私には誰もいない。嫌な予感がする。
「私に縁談が来ると?」
「どうだろうね?これは想定外だったが、うちの持参金目当ての縁談は可能性があるかもね」
「えっと?現時点でまだ貧乏ですが?」
どんだけ気が早いんだ。まだ掘ってさえいないのに。
マテオ兄様がおかしそうに声を立てて笑う。
「本当にそうだけどね。妻の実家を金ズルとして将来的に期待、かもしれない。あー、約一名、大騒ぎする男がいるな」
「誰ですか?」
私の答えにマテオ兄様が目を見開いて唖然とした。そして深いため息をついた。
「‥‥うん。ちょっとひどいな。もし縁談が来たらさすがに対策しようか。まあこれであいつに火がつけばいいが」
ん?なんの対策?なんの話?
そして後日、悪い予感通り私宛に山のような縁談が舞い込んできた。
「おい!ノワに縁談が来まくってるというのは本当か!!」
相変わらずバルコニーから現れたアウル様はひどい剣幕だ。
あー、大騒ぎするってアウル様か。納得。
どうやってか施錠された窓を外から開いてズカズカ私の前まで歩み寄ってきての発言だ。
施錠さえ意味ないとか防犯上問題じゃあ?夜中に寝込みを襲われそうで怖い。四階にいて施錠もしてるのに無防備とかどういうこと?
上着こそないが服装がちょっといい感じだから王太子の衣装かな。靴はそれにそぐわないランニングシューズ。いつも背負っているリュックがないということは‥‥‥
今日はスイーツはないのか。ちぇ。
ため息をついて私は口を開く。
「よくご存知ですね。今私の人生で最大のモテ期です」
「モテ期?!どいつが申し込んだ?!」
「知らない方ばかりです。まあ引きこもりの私は知り合い多くないですが」
私が差し出したリストを見てアウル様はご機嫌斜めだ。さらに不機嫌顔になった。
「みんな貧乏国ばっかじゃないか!明らかに金目当てだろ!!フザけやがって!これは想定外だ!」
「国名見ただけで財政状況がわかるんですか?」
「常識だ!」
「私は知りません」
アウル様からリストをつっかえされよくよく見てもわからない。これは常識?聞いたことない国名ばっかりだ。すごいな。
「断じて許さんぞ!俺が手塩にかけて大事に育ててやっと食べ頃になったウサギをここにきて掻っ攫われてたまるか!」
食べ頃?育てたって何?養殖?ウサギ耳をか?どんだけ執着フェチなんだ?
「しかしいずれどこかには嫁ぐわけですので。そろそろ真剣に考えないといけません」
ふぅとため息が出た。とんでもなく億劫だ。
私も十八、王族としては行き後れの部類である。結婚は嫌だが申し込みがあるうちが花だ。王女として国交を結ぶためにどこかに嫁がなければならない。いい加減将来の身の振り方を考えないと。父様やマテオ兄様の意見も聞かなくてはならない。
私の答えにアウル様がますます不機嫌な声を上げた。
「お前、何か勘違いしてないか?」
「はい?」
「優先順位なら俺が一番だろ?ずっと!散々求婚してるんだからな!」
「‥‥‥‥‥そうでしたっけ?」
「そうなんだよ!え?まさかの伝わってない?」
あまりのことに口が開いてしまった。
駆け落ちだとか俺のウサギとか耳がいいとかふざけた事は聞いてましたが。
球根?窮困?求婚?えぇ?
「いやいやいや。アウル様はないでしょ?」
「何でだ?ファシア王国王太子!イケメン!超優良物件だ!広報やってないから面は割れてないが国では一部でそこそこ人気もあるぞ!」
だから!イケメンは自分をイケメンとは言いませんって!一部ってマニア受け?超優良物件は確かだが王太子妃は引きこもりの自分には重すぎる。それに——
「‥‥愛がありませんので」
私の答えにアウル様がピクリと目を細める。
だってないでしょ?アウル様耳フェチですもん。私のことはどうとも思っていない。
そう考えたところで思いの外自分にぐっさりとダメージが来た。
耳。耳。この耳はどこまでも私を苛む。
その痛みにたまらず私は目を伏せた。そこへアウル様の呟きが頭上から降ってくる。
「‥‥ひどいウサギだな」
ひどいのはどっちさ!優しいアウル様、妹のように私を可愛がるアウル様。耳が好き、でも私を見て下さらない。
俯いたままぎゅっと目を瞑る。謎の震えが体を駆け抜けた。
「‥‥王族同士の婚姻に愛が必要か?俺は見も知らないやつより気心が知れているお前がいいんだがな」
愛がない。でも気心が知れている。だがらこそダメだ。こんなの拷問じゃないか。でもそんなことは言えないので話を逸らす。
「ファシアが許してくださらないのでは?王太子妃に私は見合いません」
ファシア王国の王太子ともなれば縁談も散々届くだろうに。二十にもなっていまだに婚約者もいない。ファシアの王太子妃に見合う対立国の姫がいないせい?うちごときにそれを使っては勿体無いだろう。
「俺の妃に誰も口出しさせない。それに婚姻で国同士の繋がりを求めるのは愚の骨頂だ。愚かしい。俺はそんなことしない」
低い声にどきりとする。王太子然としてアウル様が語る。視線を上げればそこには君主の圧があった。
「そもそも婚姻があるからといってその国と友好国になると?情のような脆い繋がりなど意味はない。裏切るときは裏切るし戦争にもなる。血縁がある方がむしろ犠牲が多いし王位継承時に障害になる。全て歴史が物語っている。それよりも経済協定や軍事同盟の方が国同士のつながりは深い。絶対に反故にできないからな。盟約を反故にすれば理を失い国は攻め滅ぼされる」
「そ、それでもお互いの生家には恩恵があるのでは‥」
「一般的にはあるかもしれないが俺はない。妻は婚姻で身内になるが生家は違う。妻の生家に肩入れはしない」
言い切った。ばっさりと。迷いなく。
アウル様が厳かに私を見やる。そこにはいつもの優しさも茶化す様子もない。アウル様が纏うそれは王の威厳。
「もう一度言う。ノアゼット、俺の妻になれ。この婚姻に国益はない。ファシアにもリーネントにも」
アウル様が私を望んでくれた。
その言葉にただ純粋に体が震える。でも思考がそれを否定する。
国益がない。ならば婚姻の意味は?
愛さえないのならそれこそ意味はない。
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そこで気がつく。
私はあれほど嫌う自分の耳に嫉妬している。
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嫌いな耳だけがこれほど愛される。
忘れるなと理性が語りかける。
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「——— お断りします」
私の答えにアウル様が顔を顰める。表情が歪む。ひどい顔だ。酷く昏いそれはおそらく怒り。初めて見るその顔つきに私は内心慄いた。
優しいアウル様、私を可愛がるアウル様。
でも今は違う。アウル様の射抜くような鋭い視線に背筋が凍る。
本能が警告を出す。全身の毛が逆立つ。
目の前に自分の脅威となる敵がいる!逃げろ!
身を翻そうとしたがアウル様の方が早かった。
私を乱暴に横抱きに抱き上げて足早に続き間へ向かう。そこは私の寝室。扉を蹴破って中に入りそのままベッドに押し倒された。
あまりの素早さにもがくことも抵抗することもできなかった。
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