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第一章 ウサギの攻防編
第八話 「これはちょっとやりすぎだろ?」
しおりを挟む拘束するために近づいてきた男達の手を力強く払う。立ち上がり男達を毅然と睨み返した。自身を鼓舞するために語気を強くする。
「痴れ者が!私に触れるな!」
声を発して内心安堵した。思ったより低い声が出た。
まだ折れてない!イケる!
初老の男が笑みを消して目を細めて私を睨みつけた。
「抵抗なさいますか?できれば手荒なことはしたくありません」
「誰にものを言っている?お前に発言を許していない。控えよ!」
再び体に震えが走る。きっと武者振るいだ。
アウル様とやり合っているが、本気での対人の格闘は実は初めてだったりする。
夜着を着ているが上は長めで厚手のワンピース風、下はスパッツ。ドレスより身軽で動きやすい。
つまり道着のように暴れられるということだ。
そうと悟られないように身構えることはしない。敵を誘い込む。私の技は一撃必殺。敵は全部で六人。武装してないが大人の男だ。私は体力もない。多撃は不利だ。力も弱い。読まれて防御されると威力が半減する。
威厳ある、だが虚勢を張る無力な王女風。そんな佇まいで相対した。
「仕方がありませんね。また眠っていただきましょう」
初老の男がやれやれと静かにそう告げると男達がビンと布を取り出している。その様子にギリリと奥歯を噛み締める。憤怒が身を貫いて恐怖をかき消した。戦闘か逃走か。戦闘を選択すれば全身を力が漲った。
また薬か!どこまでも卑劣な!もう手加減しないからね!
怒りとは裏腹に心は冷たく凪いでいく。感覚が研ぎ澄まされて空気の音まで聞こえそうだ。熱い怒りと冷たい心。さわりと全身が逆立った。体に魔法がかかる。今なら何でも出来そうだ。
再び手を伸ばしてきた男に、両肘を脇に引いて上半身をやや後ろに倒し、渾身の前蹴りをお見舞いする。相手が油断していたから綺麗に顎に決まった。うめき声と共に蹴られた男はそのまま仰向けに吹っ飛んだ。
その様子がスローモーションのようにゆっくりと感じられた。そして体が恐ろしく軽い。違う境地に入った自分を自覚する。
畳みかけるように近くの二人を横蹴りと後ろ蹴りで蹴り飛ばした。薬品のビンが、がこんと床に落ちる。離れたところにいた男が駆けつけようとしたところに床のジャガイモを投げつけてやった。三個投げたが全部が顔面にクリーンヒットする。
おっしゃ!効いてる!握り拳でガッツポーズだ!
初老の男が驚いたように後退る。それはそうだろう。何もできない病弱な深窓の令嬢と思っていた王女がいきなり凶暴化。目の前の男達を蹴り飛ばし何やら凶器を投げ飛ばしてくる。度肝を抜かれたかもしれない。
だがそんなことは知ったことではない。
そこへ雨あられとジャガイモを投げつけた。顔にジャガイモがヒットし初老の男が血を吹いて仰向けに倒れる。
まだ青い芋は石並に痛いだろうなぁ。サイズが小玉で投げやすい。しかも弾切れなしだ!おお、これ最高!!
芋のついでに床に転がった薬ビンを窓目掛けて投げつけてやった。壮絶な破壊音と共にビンはガラスを突き破った。これで近隣に知れ渡っただろう。誰か近くに住んでいればだが。
散々芋を投げつけて敵が怯んだところを私は悠然と歩み寄る。床に座り鼻血を出した初老の男が驚いて見上げてきた。ショックのせいか先程の余裕の笑顔はなく青ざめている。形勢逆転!仕返しとばかりに下を蹴り上げてやった。
フハハハハ!弱い!弱すぎる!
初老の男が悶絶してうずくまる。
天誅!幼気な乙女を攫いやがって!ざまぁみろ!言っておくがこれは完全な正当防衛だ!
そこではたと正気に戻る。
おっと、ドヤ顔してる場合じゃない。馬鹿か私は。
部屋を出て廊下を裸足で駆け抜ける。階段が見えたが騒ぎを聞きつけてか男が三人上がってきた。すでに抜刀している。舌打ちして急ブレーキだ。
振り返れば芋まみれにしてやった男達も追いついてしまった。挟まれた!
抜刀していては敵わない。芋男の方が潰せそうだがそちら側では外に出られない。
進退窮まった!ピンチ!どうしよう!
私を傷つけるなという命は出ている。そこに賭けてあえて抜刀男に突っ込むか。それくらいしか勝機がない。
そんなことを目まぐるしく考えながらジリジリと近寄ってくる抜刀男を睨みつけていたら——
廊下に面した部屋の扉がバン!といきなり開いて抜刀男の顔に命中、男がふっ飛んだ。新手か!と部屋から出てきた人物を見て私は目を瞠ってしまった。
「おいおい、騒がしいから何事かと飛び込んで来たら、お姫様が自力で脱走とか。これはちょっとやりすぎだろ?」
聞き覚えのある少し呆れた、困ったような声がする。見えたものが信じられず唖然としていれば声の主に手を引かれ背中に庇われた。
ありえない。こんなところにいるわけがない。王太子なのに。大きな背中を目を瞬かせて見上げるが。見覚えのあるあの大きな背中に少し長めの眩い金髪。
間違いない。あのやんちゃ王子だ。何でここに?!
心臓が跳ねる。心が躍って顔に朱が差した。その一方で、あれ?ここ二階だよね?と冷静に思ったが。この王子に障壁は関係なかったことを思い出す。
「見せ場残しとけよ。これじゃあ助けに来た俺が全然カッコよくないじゃないか」
ため息混じりにぼやくようなセリフ。
どこか呑気なセリフの一方で。
殺気。
片手で指をボキボキと鳴らす音。
どす黒い殺気。
目を鋭く細め歪ませた口元に尖った犬歯。
さらに毛を逆立てるような壮絶な殺気。
「オレが直々に相手をしてやる。お前ら、運が良かったな」
そしてアウル様は身を沈め突進した。
身を半身開いて正面の男の顔面に正気拳突きのように右手を突き出した。その拳が男の顎先を強打する。良く見ればそれは拳ではない何か。かなり目のよい私でも早すぎてそれを捉えることができなかった。
なんだろうあれは?技?殴った?
顎を突かれた男があっけなく仰反るように吹っ飛んだ。宙を浮いた体にさらに膝蹴りをお見舞いし男の体をさらに吹っ飛ばす。
盛大な音と共に男の体が壁に激突し倒れ込んだ。
「オレはノワの前なら手加減するからな」
膝を上げ片足立ちで構えるアウル様のその様子に目を瞠ってしまった。間髪入れずアウル様が音速の足刀で近くの男の頭へ後ろ回し蹴りを放‥‥ったように見えた。これも急所に入って男が真横に吹っ飛んだ。
ええ?まさかの肉弾戦?アウル様戦えるの?!
唖然だった。この王子の本気を、戦う様子を初めて見た。一言で言えば極悪冷酷非道。少ない動きで易々としてるからひょっとしたら本気でもないかもしれない。だが破壊力はとんでもない。問答無用で薙ぎ倒しているようだ。力の差がありすぎて理不尽にしか見えない。
私も格闘技を齧ってるからわかる、これはとんでもなく強い。それも拳と蹴り技を合わせる見たこともない技だった。格闘技なのにまるで暗殺術のよう。途中随所でごきりと嫌な音もする。
抜刀していた男がヤケになったのか背後からアウル様に襲いかかった。
「アウル様!!」
危ない!と言う私の声と同時に、ガキンという音でアウル様が刃を受け止めていた。どこからか出した中型ナイフだ。男の刃を弾き上げナイフの柄で頭部を易々と殴りつけた。
もう一本のナイフをロングコートの下から抜刀、手の中で転がして逆手持ちでグリップ、両手に正面に構えて剣を持ったもう一人に襲い掛かった。
あっという間。相手の剣を弾き飛ばす。殴りあげる。吹っ飛ばす。
気がつけばその場に立っていたのはアウル様だけだった。両手の短剣を腰の鞘に収めていた。そして倒れた男たちから武器を剥ぎ取り非武装化、針金のようなものでキリキリと手を縛り上げていく。
丸腰に見えてしっかり武装してたとか。凄すぎる。皆倒れて悶絶してるか‥血は出てないから気絶している?
え?あの方王太子ですよね?ナニコレ。
近衛騎士より強くないですか?
私より断然強いのになんで普段私に蹴り飛ばされてるの?戦闘モードアウル様怖すぎ!
ただ立ちすくんで目を瞠りアウル様を見ていれば、勘違いしたのかアウル様が面倒くさそうに説明する。
「殺してない。まぁ骨の二、三本は折れているだろうが」
エグい。あの音は骨折った音?どんな技ですか?
するりと物陰から黒ずくめが現れてびくりとする。私を攫ったやつと動きが似ていた。
あいつが戻ってきた?一瞬ヒヤリとしたがアウル様は動じていなかった。
アウル様はそちらを見ずに冷ややかに口を開く。
「終わったか」
「全て捕らえました。中は‥‥お一人で征圧されましたか」
「全部リーネントに引き渡せ」
低い声に黒ずくめが平伏、音もなく暗がりに消えた。
えっと?助かったんだよね?
状況の急展開に頭がついていけない。
混乱した私はアウル様に肩を押されて近くの部屋に押し込まれた。アウル様が後ろ手に扉を閉めて私を見下ろしてくる。表情はいつものアウル様だ。青ざめた顔で私を見下ろしてきた。
「大丈夫か?怪我は?‥‥その‥何か‥」
何かを想像してかアウル様が顔を顰める。その意図を理解して言葉を継いだ。私は頭を振ってみせる。
「‥‥何も。触れられていません。大丈夫です」
アウル様が何か堪えたように私を見下ろしてくる。目が泳いで逡巡している。でも私に触れてこない。アウル様の手は宙に浮いていた。いつもなら真っ先に抱きしめてくれるのに。
なんで?
どうしてアウル様は抱き締めてくれないの?
攫われたから?
私は汚れているの?
もう私には触れたくないの?
何もなかったんだよ?
嫌だよ、私のことをどうか嫌わないで‥‥
悲しくて心細くて目を細めれば視界がじわりと歪んだ。こんな脆い自分を見られたくなくて視線を床に落とす。
俯いた頭にぽんぽんと手が降ってきた。いつになく明るい声がした。場違いなほどだ。
「‥‥そうか、良かった。怖かったか?俺のウサギは怖がりだからな。さあ!遠慮なく俺の胸に飛び———」
言い終わらないうちにアウル様の胸に飛び込んでいた。手をアウル様の背中に回して必死にしがみつく。いつもなら怖くない、とうそぶく余裕は今はない。
「ふぐッ うっ ううぅ‥」
噛み殺してるのに声が出る。
魔法が解ける。何もできない無力な私に戻る。
涙が止まらない。止められない。体から緊張が抜けて力も抜ける。ずっと張り詰めていたものが切れる。泣いてしまえば恐怖で震えも止まらなくなった。
違う。これはアウル様の震えだ。震える腕がそっと、壊れやすいものに触れるように私の体を抱きしめてくれた。
「‥ノワ‥こわかったか?‥かわいそうに‥‥‥」
包みこむように、守るように抱き締められて、絞り出すようなその声にさらに涙がこみ上げた。
もう会えないと思っていたアウル様が助けに来てくれた。触れられた。抱きしめられた。何より与えられたその抱擁が嬉しい。
怖かったから?それとも?
これはどちらの涙だろう。
ぐちゃぐちゃな思考でなぜかそんなことを思った。
散々泣いてすすり泣きになった頃、アウル様がもぞもぞ動いた。頭から何かふわりとかけられる。
多分アウル様の上着だ。頭から被ってるのに裾が長い。私をすっぽり覆い隠した。
こんなに体格良かった?着痩せするのかな?
そんなどうでもいいことを考えていれば軽々と横抱きに抱き上げられる。
上着に包まれているから外の様子はわからない。ただアウル様の匂いと温もりに包まれて、目を閉じてうっとりと力強い腕の中で弛緩した。
途中アウル様は誰かと二、三言葉を交わす。そしてアウル様が私を抱き上げたまま馬に乗った。
横座りでアウル様に抱きしめられたまま馬に揺られ、私たちはゆっくりと帰路についた。
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