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第三章 ウサギとオオカミの即位編
第二十四話 「お前を守ってやる。この命にかけて」
しおりを挟むもう挙式の日が決まっている。その日に向けて押せ押せで怒涛のスケジュールが組まれた。
ドレスのサイズ合わせやら全身エステに放り込まれながら、隙間で式の段取りや来賓の皆様の名前を覚える。毎日分刻みで予定が入っていてこなすだけで精一杯だった。
「疲れたぁ、トリス、次なんだっけ?」
「ドレスの本縫い合わせです」
「さっきも着たって!」
「四番目のドレスです」
おう!王妃様がご婚礼でお召しになった真っ白い素敵なドレスだ。是非に!と譲っていただけたのだが。
なんせ王妃様はみんな羨望のメリハリボディをお持ちだ。五人も御子をお産みになって体型キープとか?どうやってるんだろうか?食事なら同じものを是非食べたい!
そんな奇跡の王妃様とお子様体型の私だよ?体型が違うのに無理してサイズ詰めたからなぁ。ザ・お針子泣かせ!もうリメイクの世界だよ。見てて大変そうだった。
そのドレスもなんとか合わせられたら次はウェディングドレスのサイズ合わせだ。そしてこれが強敵だった。
もう重いのなんの。コルセットもだけど首から手足まで全身白いシルクで覆われている。肌は顔だけしか晒されていない。
鎧?拘束具?逃走防止?私が式直前で逃げるとか思われてる?流石にここまで来たらもう逃げないよ?
ガッチガチの衣装でゆっくり歩くだけで精一杯だ。これ着て襲われたらひとたまりもないって。もうちょっと機動性を考えてもらえないだろうか。
合間を縫ってミゲルさんが顔を出して警護の関係の説明を事務的に理路整然としていく。わかりやすく噛み砕いて話してくださるので助かる。
「こちらを殿下から預かっております」
思わず笑顔が出てしまった。
アウル様は毎日花束とスイーツを贈ってくれる。カードには短めだが私を気遣う言葉を書いてくれる。アウル様は相変わらず優しく甘やかして下さるのだ。
私のその様子をミゲルさんが困惑したように複雑そうに見ている。
「王女殿下はアウレーリオ殿下に愛されていらっしゃいますね」
「もうね、食べすぎるなって言ってたのに、アウル様が私を太らそうとしてるのよね」
「はぁ。あの地獄の鬼教官が‥もう信じられません」
「はい?」
「あの一匹狼を飼い慣らす王女殿下の手腕が素晴らしいと感服しておりました」
「???」
ミゲルさんはなんだか疲れたように嘆息した。
鬼教官?ミゲルさんにも厳しいんかな?国で一番強いってアウル様は言ってたけど?アウル様が鍛えたってこと?
飼い慣らす?飼われてるのは私だよ?
スイーツ?もちろん食べますよ?ちゃんと働いてるから大丈夫!たぶん!
そんな感じであっという間に二週間が過ぎてしまった。
毎日贈り物を頂いていたけど今までずっと一緒に、側に居てくれたアウル様に会えないのは不安だった。ひとり寝室で眠るのも随分久しぶりだ。その位アウル様は私の寝室に入り浸っていたのだ。
「明日には私がアウル様の妻で王太子妃‥‥か。信じらんないよ‥‥」
そしてさらに一ヶ月後には———
それ以上は考えたくなくて寝具にくるまり寝返りを打った。その時コンコンと小さく窓を叩く音がした。
私の寝室は五階。夜中に窓を叩くことができるなど一人しかいない。そう思い迷わずにそっとベッドから降りてガウンを羽織り窓を開ければやはりバルコニーにアウル様が立っていた。思わず笑みがこぼれる。
夜中に五階まで?ダメだと言っていたのに。ホントに困った方だ。
「——— もう、式前に会ったらダメなんですよ?」
「すまん、我慢できなかった。お前と離れ離れは二週間が限界なんだよ」
「明日まで我慢できませんでした?」
苦笑するアウル様に思わず含み笑いと瞳から熱いものが溢れ出した。
以前もそんなことを仰っていた。あれからそれほど時間は経っていないのに随分昔のように懐かしく思い出す。
私が悪漢に攫われてアウル様が助けにいらしてくださった。会いたかったアウル様がいらしてくださったことがとても嬉しかった。会えなかったあの二週間で私はアウル様への恋心を自覚したんだった。
今だってこうして私の許にいらしてくださる。
優しいアウル様。いつでも私を気にかけてこうして甘やかして下さる。私が心細がってるのを気遣って下さる。
アウル様が私の頬を伝う雫を優しく拭いながらそっと囁いた。
「俺のウサギは寂しがりだからな。俺を想って泣いて死なれては困る」
「もう‥‥私はウサギじゃないし‥‥泣いてませんよぅ‥‥」
その時点で私は涙声だ。これはマリッジブルー?それとも?アウル様にそっと抱き寄せられ、あやすように背を摩られれば、歓喜でさらに涙が溢れた。
不安だった心が熱く溶けて凪いでいく。
胸が熱くなってうっとりとため息をついた。
「式が終わったらお前は俺のものだ。ずっと一緒だ。もう離れない。放さないからな?寂しくない。ずっとお前を守ってやる。この命にかけて」
「はい。ずっとずっと一緒です。アウル様、大好き‥‥」
「俺も。愛してる」
そしてそっとキスが降ってきた。
優しい優しいキスだった。
夜が明ければ、怒涛の準備だ。風呂に入れられ侍女総出で体中を磨かれる。連日さんざか磨いてまだ擦る。贅肉を持って行こうとしてるのかな?
そしてウェディングドレスの着付け。やっぱり重い。げんなりしながらも着付けは完了した。
「とてもよくお似合いです。姫殿下」
「ありがとう、トリス」
トリスが頬を染めてと褒めてくれた。鏡の中には二週間ではとても準備できそうにない真っ白いドレスを纏う自分。おそらくもっと以前からアウル様がこのドレスを準備されてたんだろう。そう思えば胸が熱く震えた。
「姫殿下、心よりお祝いを申し上げます」
「ありがとうトリス。これからもよろしくね?」
トリスはにっこり微笑んでくれた。
私の結婚の後に婚約者と結婚する予定だそうだ。お相手はリーネントから追っかけてくるほどの熱愛なのだ。いつも私のそばにいたのにトリスも隅におけない。
式場の大聖堂に辿り着き、控室で待っていれば私の名を呼ぶ声と共に扉が開いた。リーネントの王太子の正装を纏ったマテオ兄様が現れた。リーネントを出て三ヶ月ぶりの再会だ。
「ノワ!元気そうだね」
「マテオお兄様!いらしてくださったんですね!」
「当然だよ?結婚おめでとうノワ。来年の予定から随分早まったな。驚いたよ」
「私もです」
マテオ兄様の苦笑顔に私も笑ってしてしまった。三ヶ月前にはそんなこと思いもよらなかったから。マテオ兄様はいつもの笑顔で謎のセリフだ。
「あいつホントブレないな。どうせこうなるだろうとある程度予想はしてたけどな。予定を空けておいてよかった」
「ん?こうなる?予定?」
「今日は父さんの代わりに私がアウルへの引き渡し役をするよ。こういう趣向なら私ができてよかったよ。今日は楽しみだ」
「趣向?楽しみ?」
私の結婚式なのに?またマテオ兄様のなぞなぞ?
キョトンとする私にマテオ兄様が笑顔でこっそりと囁いた。
「私も来年即位することになった。これはまだ秘密な。即位してはこの役目はできなかっただろうからお前の結婚が早くなってくれて助かったよ」
「マテオ兄様‥‥」
いつものように優しく微笑む大好きな兄様に胸がいっぱいだ。急な式だったのに駆けつけてくれただけでも嬉しい。そう思えば目に涙が滲んだ。
「おっと、まだ泣くなよ?本番はこれからだ。幸せにおなり。まああの男が相手なら大丈夫だろうがな」
そう言って笑顔で差し出された手に私は手を置いて立ち上がった。
教会は天井がガラス張りのドームという珍しい構造だった。今日は暖かいからか天井のガラスは全て開け放たれていた。風がとても心地よい。
参列者の前をマテオ兄様のエスコートでゆっくりと進む。リハーサルは何度もしていたけどやはり緊張した。壇上手前で白い衣装を纏った男性がこちらに向いているのがわかったが、ベール越しで遠くの顔はわからない。背格好でアウル様だろうとわかる。その男性が私の手をそっと取ってくれた。
「じゃあ行くか、ノワ」
「はい」
緊張の式の最中でもアウル様らしい優しい囁きにほっとする。導かれ壇上に上がった。
儀式の手順通り誓いの言葉を言う。王籍に連なる書に著名するところでやっとアウル様にベールを上げてもらえた。
王太子の正装姿のアウル様はいつもの五倍はイケメンだった。前髪をかき揚げ輝く笑顔を私に向ける。そのめかしこみぶりと気合が恐ろしい。一生の一度の記念日なのだが、ここで今日一番の激震が私に走った。
目を瞠る私にアウル様がうっとりと微笑んだもんだから、式の最中なのにちょっと惚けてしまった。震える手で署名する。何とかやり遂げられて安堵の息をついた。
アウル様の遠く背後にはミゲルさん。だけどチラリと見えたその様子になぜか引っかかった。
もう式も終わるのになんだか凄く緊張してるように見えるのは気のせいかな?
司祭の祈りの後にアウル様が微笑んでそっと口づけてきた。これでアウル様の妻になれた。歓喜で胸に熱いものが込みあげる。
「なんだよ、泣くなって。まだ続きがあるぞ?」
「だって‥‥」
アウル様の腕の中でそっと俯いた。
これで式は全て終わった。
終わったはずなのに‥‥
なんだろう、この感じ。
ものすごく胸騒ぎがする。
妙に鳥肌が立つというかドキドキする。その謎の感覚に不思議に思っていたら背筋に冷たいものが走った。それの意味を悟り目が勝手に泳いだ。
え?何で今ここで?これは———
顔をこわばらせ思わずアウル様の顔を見上げて覗き込めばアウル様が驚いてか目を瞠った。
「アウル様‥?」
「ノワ、大丈夫だ。オレが守る」
目を細めアウル様がそっと囁いた。
アウル様がひどく緊張している。毛が逆立つようなピリピリとした研ぎ澄まされた気配がする。
何?どういうこと?
さらに全身の毛が逆立つ感覚がひどい。その悪寒を無視できない。重いドレスでなんとか身を捩り振り返る。
視線の先には教会の開かれた窓。さらに遠く先に何かが小さく輝いていた。そして聞きなれないかすかな音。キリキリと何かを引き絞る。その音をウサギ耳が勝手に拾っていた。
輝くそれが十字弓の鏃だと、それが私に向いていると気がつき目を瞠り咄嗟に口を開く。
「アウル様!!」
悲鳴のように叫ぶと同時にアウル様が私を庇うように抱きついて覆い隠す様に押し倒した。
鋭い弦の音と共にアウル様の背中に矢が刺さった。
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