長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第二話 源さんという人

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 社務所で気の抜けた声を出しながら、隆輝はぐぐっと背伸びをした。
 今日は平日。時刻は一五時を回ったばかり。
 一般的なサラリーマンは、まだ会社で業務に勤しんでいる時間のはずである。
 隆輝が社務所に居座って一時間近く経っていた。
「戻らなくて良いんですか?」
 机の上にハンディ埃取りを往復させながら、朔太郎が問うた。
 隆輝は首をコキッと鳴らして、答える。
「外回りの後だから急がないし、他の仕事も殆ど終わらせてるから良いんだよ」
「はぁ」
「ジイさんだって暇そうじゃん」
「まぁ、そうですけど」
 平日で参拝客も居らず、夏が近付き徐々に気温が上がってきた為か散歩に立ち寄る老人も居ない。何時にも増して境内は静かだ。
 有り余った時間で書類整理やら庶務を終えてしまった朔太郎は、暇を持て余していた。
 机を何往復もした埃取りは限界に達して、せっかく取った埃を散らし始めていた。
 大欠伸をして、再び背伸びをして、そのまま後ろにゴロリと倒れた隆輝を見て、朔太郎は溜息を吐きながら埃取りのレフィルを取り替えた。
 隆輝は、某大手商社に勤めている。
 年齢の割には地位の高い役職に就いているらしいが、隆輝は詳しく話す事も自慢する事もなかった。
 頻繁に朔太郎を訪ねて社務所で休んでる隆輝だが、実はエリートなのである。
 学業成績優秀で、スポーツもそれなりに出来、ある程度の事は要領良くこなす。身長も高い方で、弛みのない体躯は三つ揃えのスーツがよく似合う。
 高身長・高学歴・高収入。
 また、鼻筋が通っていて、釣り眉垂れ目の少しバタ臭い顔面で愛想が良いので、男女を問わず人気がある。
 誰もが羨むスーパーダーリンと言っても良いスペックを持った隆輝だが、本人はそれについてはどうでも良さそうだった。
 卓袱台に置かれていたスマホが鳴った。
 ガ●ダムの主題歌だった。
「うわー、燃え上がりたくねぇ」
 では何故その歌を着信音に設定しているのかと問いたい。
 隆輝が面倒臭そうに手を伸ばす。
 どうやら会社の部下からの連絡だったようだ。テキパキとした指示の後、労いの言葉を添えて通話は終了した。
 真面目な隆輝の一端を目撃する度に、朔太郎は勿体無いなぁと思ってしまうのだった。

 さて、朔太郎のサポート役を担っている源田家。
 江戸時代より大庄屋であり、近代に入ってからも地主としてこの地域をまとめてきた。先の大戦後は区画整理や都市開発の為に多くの土地を手放しているが、現在も地域のまとめ役としては健在である。
 源田家の建物の一部は県の文化財に指定されており、その修繕費や維持費を工面する為に、源田家の人間はそれなりの収入が得られる職業に就く必要があった。
 因みに、五代目である隆輝の父親は、公認会計士の資格を持ち、大学の非常勤講師として勤めている。
 なんだかんだエリート家系なのだ。
 朔太郎と源田家の親密な関係は、明治の初めに遡る。
 不老不死となった朔太郎を最初に発見した人物こそ、幼馴染であった当時の源田家の次男「初代源さん」だった。学業を修めた後、当主に就いてサポートを続けた。
 ずっと昔から、当主はよっぽどの理由が無い限り長男が就いてきたのだが、初代源さんと一回り歳が離れた長男は討幕運動に感化されて出奔し行方知れず。東北で戦死した、とされている。よっぽどな理由だったのだ。
 源田家自体の地位と政府や役人とのパイプ、歴代源さん達の人となりから得られた信頼によって、朔太郎の存在は黙認され、一般人として今日まで暮らしてこれたのであった。
 六代目である隆輝が緩すぎる為に忘れがちだが、朔太郎は源田家に頭が上がらないのだ。

 朔太郎は二人分のお茶を煎れ直して、お洒落なクッキーの缶を卓袱台に置いた。
「僕のおやつ、差し上げます。食べたら会社に戻ってくださいね」
「サンキュー」
 隆輝は言うやいなやクッキーを三枚摘まんで口に放り込んだ。
 ハムスターのように頬を膨らませて咀嚼する。飲み込んで、めっちゃ美味い!と言うとまた数枚まとめて口に放り込む。
「ちょっと、宮内庁御用達店のクッキーなんですよ!」
 もっと味わって食べなさいよ、と缶を引こうとする朔太郎。
 それを阻止すべく掴んで引き戻す隆輝。
 一六〇歳超と三十代後半の男達の戦いである。
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