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第三話 似た者親子
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朔太郎は頬から流れる汗をタオルで拭った。
今日は早朝から地域の井手さらいと草抜きに勤しんでいた。夏本番前の恒例行事である。
大変だし正直言って面倒だが、こういった自治会行事への参加は欠かせない。普段会わない人との交流の場でもあるし、何より秋祭りの時は地域住民のお世話になるからだ。
恒例行事に参加しないのに神社の行事には力を貸してくれ等、虫の良い事は出来ない。
手で抜けない生命力溢れる雑草を、軍手で掴んで鎌で刈る。
粗方の雑草を始末出来たら、除草剤を散布してフィニッシュ。
「神主さんみたいな若い人が居てくれて助かるわぁ」
刈られた雑草たちをゴミ袋に詰めながら、一人の婦人が言った。
他の婦人も口々に同意する。
じわじわと高齢化が進む自治会では、若い男手は貴重な戦力である。
近年の六十代はまだまだ現役世代だが、体力が気力に追いつかない事態に陥る人が増えている。悲しいかな、これが現実である。
永遠の二十歳と言えど、体力に自信のない朔太郎は、期待されるとちょっと申し訳ない気持ちになった。
(僕は最年長で、六代目源さんが最年少なんだけれど)
その六代目源さんこと隆輝は、鎌を使わずメリメリと雑草を引っこ抜き、パンパンに詰まったゴミ袋を軽トラの荷台に次々と放り込んでいた。
期待を裏切らない働きっぷりである。
「あいつは止まると死ぬからな」
と言って壮年の男が朔太郎の横に立った。
五代目源さん――隆輝の父・善輝は汗を拭って前髪をかき上げた。
「前世は回遊魚のどれかだったに違いねぇ」
「ふふっ、あなたの若い頃にそっくりですよ」
「嘘だ! もっと落ち着きのあるナイスガイだっただろ」
善輝は隆輝と同じくバタ臭い顔を顰め、口を尖らせて抗議する。
顔つきも、物怖じしない性格も、少し子供っぽい所も、よく似ている。
「おい、親父ー」
婦人から重いゴミ袋を預かりながら、隆輝が呼んだ。
「止まったら死ぬのは自力でエラを動かせない魚だぞ。回遊魚=止まったら死ぬ魚じゃねぇからな」
「え?」
「大学で教鞭取ってるくせに知らねぇのかよ」
「あんだと?! 生物知識は分野外なんだよ、バーカ!」
「バカは親父だろ、バーカ!」
売り言葉に買い言葉の応酬が始まってしまった。
似た者同士のこの親子、近くに居ると小競り合いに発展する事が少なくない。物理攻撃無しの口喧嘩。
詰まるところ、喧嘩する程仲が良い親子なのだ。
「まーた始まったわ」と婦人たちが笑いながら宥める。
直前に回遊魚に例えられた為、朔太郎はマグロとカツオが喧嘩してるようにしか見えなかった。
除草剤を取りに集会所へ向かった朔太郎に、隆輝がこっそりと話しかけた。
「最後まで怪我に気を付けろよ」
「分かってますよ」
不老不死となった身体の治癒力、再生力は尋常ではなくなっている。ちょっとの怪我や傷は、瞬時に治ってしまう。
それを一般人に見られる訳にはいかない。
朔太郎には前科があった。
遡る事、約二十年前――
社務所の傷んだ外壁の補修に、善輝が当時高校一年生だった隆輝をパワー要員として連れて来た。
朔太郎が材木をのこぎりで切断していた時、誤って手を傷つけてしまった。
それを運悪く、近くで作業していた隆輝に見られてしまったのだ。
手当をしようととっさに手を取った隆輝。しまった、と思ったが時すでに遅し。
じゅわっと瞬く間に塞がった傷口。
冷汗が止まらない朔太郎。
目の前で起こった超常現象に詰め寄る隆輝。
その様子を見た善輝は、全てを打ち明けたのだった。
源田家当主は代々、成人し家督を継ぐ際に朔太郎の秘密と源田家の関りを告げられて来た。そういう血筋なのか、皆大した疑問も無く受け入れていた。
隆輝も例に漏れず、
「すっげー! どうりで老けねぇなと思ってたんだよなー」
目を輝かせて興奮していた。
この日を境に神社に頻繁に顔を出すようになった隆輝。朔太郎は暫くの間、質問攻めに遭ったのであった。
源田家の順応能力が異常なのであって、他の人も皆受け入れてくれるとは考えてはいけない。
何故かこれまでバレずに暮らせて来たが、油断は禁物。細心の注意を払わねばならない。
なので、今日の鎌を握って草刈りをする朔太郎を、源田親子はハラハラしながら見守っていたのだった。
隆輝が除草剤を入れた防除機を持ち、朔太郎がポンプで散布した。
一通り散布し終わって、集会所に戻る。
「若い人が居てくれて助かるわぁ」
婦人がまた同じ事を言い合っている声が聞こえた。
冷やされた麦茶が、二人に渡された。
喉を潤していると、中年の男性が話しかけてきた。
「神主さん、今年の野球大会、スタメン入りせんか?」
この町では、毎年夏に地区対抗の草野球大会が催されている。
昭和後期に地区間の交流と健康増進を兼ねて始まったイベントだが、予想外に盛り上がって四十年近く続いている。
去年の大会では、隆輝が特大ホームランを放ち、駐車場に停められていたライバル地区の自治会長の愛車のフロントガラスを破壊した。
朔太郎たちの地区の自治会長である善輝は手を叩いて大笑いして喜び、退場をくらった。
「いやぁ、僕はスポーツはてんでダメでして…」
嘘は言っていない。
「裏方としてお手伝いさせて頂きますよ」
男性陣は詰まらなそうな顔をしたが、婦人たち女性陣は嬉しそうな声を上げた。
お茶を飲み終えた善輝が、隆輝を肘で小突いた。
「今年は物壊すなよ」
「ありゃ不可抗力だろ。親父こそ、もう空振り記録更新すんなよ」
「最近、動体視力と反応速度が落ちてんだよ。仕方ねぇだろ」
「若い頃から当たった試しないだろ」
「うるせぇ、表出ろぃ!」
まーた始まったわ。とまた同じ言葉を呟き仲裁に向かう婦人を見送る。
マグロとカツオの喧嘩を見ながら、絶対この人たちとスポーツに興じたくないと思った朔太郎であった。
今日は早朝から地域の井手さらいと草抜きに勤しんでいた。夏本番前の恒例行事である。
大変だし正直言って面倒だが、こういった自治会行事への参加は欠かせない。普段会わない人との交流の場でもあるし、何より秋祭りの時は地域住民のお世話になるからだ。
恒例行事に参加しないのに神社の行事には力を貸してくれ等、虫の良い事は出来ない。
手で抜けない生命力溢れる雑草を、軍手で掴んで鎌で刈る。
粗方の雑草を始末出来たら、除草剤を散布してフィニッシュ。
「神主さんみたいな若い人が居てくれて助かるわぁ」
刈られた雑草たちをゴミ袋に詰めながら、一人の婦人が言った。
他の婦人も口々に同意する。
じわじわと高齢化が進む自治会では、若い男手は貴重な戦力である。
近年の六十代はまだまだ現役世代だが、体力が気力に追いつかない事態に陥る人が増えている。悲しいかな、これが現実である。
永遠の二十歳と言えど、体力に自信のない朔太郎は、期待されるとちょっと申し訳ない気持ちになった。
(僕は最年長で、六代目源さんが最年少なんだけれど)
その六代目源さんこと隆輝は、鎌を使わずメリメリと雑草を引っこ抜き、パンパンに詰まったゴミ袋を軽トラの荷台に次々と放り込んでいた。
期待を裏切らない働きっぷりである。
「あいつは止まると死ぬからな」
と言って壮年の男が朔太郎の横に立った。
五代目源さん――隆輝の父・善輝は汗を拭って前髪をかき上げた。
「前世は回遊魚のどれかだったに違いねぇ」
「ふふっ、あなたの若い頃にそっくりですよ」
「嘘だ! もっと落ち着きのあるナイスガイだっただろ」
善輝は隆輝と同じくバタ臭い顔を顰め、口を尖らせて抗議する。
顔つきも、物怖じしない性格も、少し子供っぽい所も、よく似ている。
「おい、親父ー」
婦人から重いゴミ袋を預かりながら、隆輝が呼んだ。
「止まったら死ぬのは自力でエラを動かせない魚だぞ。回遊魚=止まったら死ぬ魚じゃねぇからな」
「え?」
「大学で教鞭取ってるくせに知らねぇのかよ」
「あんだと?! 生物知識は分野外なんだよ、バーカ!」
「バカは親父だろ、バーカ!」
売り言葉に買い言葉の応酬が始まってしまった。
似た者同士のこの親子、近くに居ると小競り合いに発展する事が少なくない。物理攻撃無しの口喧嘩。
詰まるところ、喧嘩する程仲が良い親子なのだ。
「まーた始まったわ」と婦人たちが笑いながら宥める。
直前に回遊魚に例えられた為、朔太郎はマグロとカツオが喧嘩してるようにしか見えなかった。
除草剤を取りに集会所へ向かった朔太郎に、隆輝がこっそりと話しかけた。
「最後まで怪我に気を付けろよ」
「分かってますよ」
不老不死となった身体の治癒力、再生力は尋常ではなくなっている。ちょっとの怪我や傷は、瞬時に治ってしまう。
それを一般人に見られる訳にはいかない。
朔太郎には前科があった。
遡る事、約二十年前――
社務所の傷んだ外壁の補修に、善輝が当時高校一年生だった隆輝をパワー要員として連れて来た。
朔太郎が材木をのこぎりで切断していた時、誤って手を傷つけてしまった。
それを運悪く、近くで作業していた隆輝に見られてしまったのだ。
手当をしようととっさに手を取った隆輝。しまった、と思ったが時すでに遅し。
じゅわっと瞬く間に塞がった傷口。
冷汗が止まらない朔太郎。
目の前で起こった超常現象に詰め寄る隆輝。
その様子を見た善輝は、全てを打ち明けたのだった。
源田家当主は代々、成人し家督を継ぐ際に朔太郎の秘密と源田家の関りを告げられて来た。そういう血筋なのか、皆大した疑問も無く受け入れていた。
隆輝も例に漏れず、
「すっげー! どうりで老けねぇなと思ってたんだよなー」
目を輝かせて興奮していた。
この日を境に神社に頻繁に顔を出すようになった隆輝。朔太郎は暫くの間、質問攻めに遭ったのであった。
源田家の順応能力が異常なのであって、他の人も皆受け入れてくれるとは考えてはいけない。
何故かこれまでバレずに暮らせて来たが、油断は禁物。細心の注意を払わねばならない。
なので、今日の鎌を握って草刈りをする朔太郎を、源田親子はハラハラしながら見守っていたのだった。
隆輝が除草剤を入れた防除機を持ち、朔太郎がポンプで散布した。
一通り散布し終わって、集会所に戻る。
「若い人が居てくれて助かるわぁ」
婦人がまた同じ事を言い合っている声が聞こえた。
冷やされた麦茶が、二人に渡された。
喉を潤していると、中年の男性が話しかけてきた。
「神主さん、今年の野球大会、スタメン入りせんか?」
この町では、毎年夏に地区対抗の草野球大会が催されている。
昭和後期に地区間の交流と健康増進を兼ねて始まったイベントだが、予想外に盛り上がって四十年近く続いている。
去年の大会では、隆輝が特大ホームランを放ち、駐車場に停められていたライバル地区の自治会長の愛車のフロントガラスを破壊した。
朔太郎たちの地区の自治会長である善輝は手を叩いて大笑いして喜び、退場をくらった。
「いやぁ、僕はスポーツはてんでダメでして…」
嘘は言っていない。
「裏方としてお手伝いさせて頂きますよ」
男性陣は詰まらなそうな顔をしたが、婦人たち女性陣は嬉しそうな声を上げた。
お茶を飲み終えた善輝が、隆輝を肘で小突いた。
「今年は物壊すなよ」
「ありゃ不可抗力だろ。親父こそ、もう空振り記録更新すんなよ」
「最近、動体視力と反応速度が落ちてんだよ。仕方ねぇだろ」
「若い頃から当たった試しないだろ」
「うるせぇ、表出ろぃ!」
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