長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

まこさん

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第七話 女子高生と幽霊(後)

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 先程までの威勢は何処へやら。
 日本兵はしょんぼりと肩を落とし、曾孫の発言をブツブツと呟いている。現実を受け止められないようだ。
 愛する孫娘に拒絶されたのだから、無理もない。何だか一回り小さくなったように見える。
 日本兵の姿が見えている朔太郎は気まずさを覚えつつ、小日向に言った。
「すみません。お電話でも話した通り、お祓いは行っていないんです」
「そんなぁ……呪文唱えて、破ー! って感じに除霊出来ないんですか?」
「いや、陰陽師じゃないんですから」
 そもそも陰陽師とは律令制下の官職の一つであり、陰陽五行思想に基づいて易占等々を行う役人である。小説や映画のように式神を使役したり、呪文を唱えて結界を張ったり戦ったり出来る訳ではない。ありゃフィクションじゃ。
 がっかりしている小日向に、聞く。
「どうしてそんなにお祓いしたいのです?」
 守る為とはいえ、意識を乗っ取られるのはいい気がしないのは分かるが、先祖を邪険に扱い過ぎではないかと思ったからだ。
「だって、危ない目に遭った時だけじゃなくて、好きな人や気になってる人に告白されそうになった時も乗っ取られるんですよ! 変な目で見られるし、マジで最悪!」
 日本兵は拳を握って、何処の馬とも分からん奴から曾孫を守ったまでだ、と言っているが、流石に過干渉じゃないだろうか。
 年頃の女の子にとって、これは辛いだろう。
 擁護できず、朔太郎は天を仰いだ。

 先述の通り、朔太郎には霊を祓う能力はないので、手段としては二つ。
 一つは、評判の良い霊能者を探して紹介して、除霊してもらう。
 これは小日向の希望には沿うが、同時に守護霊がいなくなってしまうので気が進まない。
 もう一つは、霊を説得する事。
「曾おじい様は貴女を大切に思うあまり多少暴走してしまうようですが、悪い霊ではありませんし、話せば分かってくださると思いますよ」
 朔太郎は、霊より先に小日向の説得を試みた。
 小日向は迷っているようだ。
 困った顔で、朔太郎を見ている。
「でも、また同じ事されたら……」
「今まで守ってくれた事については感謝をして、してほしくない事は止めてほしいと、きっぱりと伝えましょう」
「うーん……」
「僕も一緒にお願いしますから。ねっ」
 小日向に向かって微笑みかけた。
 すると、忽ち小日向の頬は赤く火照り、気恥ずかしそうに俯いた。
 朔太郎は決意を促す為に微笑みかけたに過ぎないが、自分より大人で何処か神秘的な見た目の男の笑みは、女子高生をときめかせるには十分だった。
 小日向が返事をしようとした、一瞬。
 全身の力が抜けたかと思うと、物凄い速さで朔太郎に掴みかかった。
「貴様ッ、ワシの曾孫に色目を使うとは良い度胸をしておるな」
 そういって凄む小日向の鋭い眼光は、あの日本兵にそっくりだった。
 今まさに、小日向の意識を乗っ取っているのだ。
(そういうとこですよ!)
 朔太郎は胸倉を掴まれたまま、小日向と被害に遭った男子達に同情した。
「この小日向芳松よしまつの目の黒い内は、にこりに近付く男は許さんぞ!」
「落ち着いてください、誤解ですっ」
「喧しい! このド腐れ野郎が……ん?」
 曾孫の意識を乗っ取った日本兵――小日向芳松が、目を細めて朔太郎の顔を覗き込む。くんくんと匂いをかいで、眉をひそめた。
「貴様、普通の人間ではないな? 神職だからかと思っていたが、どうも不思議な匂いがする――貴様は一体何だ」
 この世のものではない者故の鋭さか。
 朔太郎は冷汗をかいた。
 もし、この状態の小日向笑子に少しでも意識が残っていたら……意識が戻った後に記憶に残っていたら……どうするか。
 考えを巡らせていると、強い力で浄衣を引かれた。
「貴様のような破廉恥な人間に、にこりはやらんっ」
「欲しいなんて一言も言ってませんけど」
「何っ、可愛いにこりを門前払いする気か貴様?!」
「情緒不安定だな」
 二人は揉み合いになった。
 意識を乗っ取られているとはいえ、体自体は女子高生。朔太郎でも無理矢理振り解こうと思えば出来るだろうが、万が一怪我をしたらと思うと出来ないでいた。
 何故こういう時に限って源さんが居ないのか、と思ったその時、
「わっ」
 足が絡まって、バランスを崩した朔太郎が後ろに倒れた。
 掴みかかっていた小日向も、勢いのままその上に倒れこんだ。
 
 意識を取り戻した小日向笑子は固まった。
 朔太郎に馬乗りになっており、その朔太郎の浄衣は乱れてはだけていた。打った頭をさすりながら呻く姿は、妙な色っぽさがあった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ご、ごめんなさい……!」
 パニックになった小日向は、顔を真っ赤にして拝殿を飛び出して行った。
 恋愛経験ゼロの女子高生には刺激が強すぎたようだった。
 拝殿にはボロボロになった朔太郎だけが残された。
 数日後の夕方。
 社務所で隆輝と寛いでいると、小日向笑子が訪ねて来た。
「この間は本当にごめんなさい! 初穂料を納めてなかったので……」
 封筒を差し出す小日向を、朔太郎は再び制した。
 結局、話しを聞いただけで祈祷も何もしていないのだから受け取れない、と断った。
「でも、迷惑かけちゃったし」
「貴女は悪くありませんよ。しかし、あの後は大丈夫でしたか?」
「毎日お仏壇に曾おじいちゃんの嫌いなものばかりお供えしてたら、昨日夢に出てきて謝られました。で、命の危険がある時以外は出て来るなって、約束したんで!」
 笑みを浮かべて話す彼女の後ろに、薄っすらとバツが悪そうに立つ日本兵・小日向芳松の姿が見えている。
 曾孫に嫌われたのが大層効いているようだ。
「あの、これからもお参りしに来てもいいですか?」
 小日向笑子がもじもじしながら聞いた。
 朔太郎はにこっと笑う。
「えぇ、もちろん。参拝に限らずいつでもいらしてください。しょっちゅう遊びに来る人も居ますし」
 朔太郎の後ろの隆輝を見やる。呑気にクッキーを摘まんでいる。
 そんな隆輝には目もくれず、小日向笑子は朔太郎に名前を聞いた。
「朔太郎さん、って呼んでもいいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「私の事は、にこりって呼んでください!」
「えっ、いいのですか?」
 朔太郎さんは特別です、とにこりは答えた。
 あんなに恥ずかしがっていた名前なのに、と朔太郎は不思議に思った。
「では、また来ますね! それじゃ!」
 にこりは恥ずかしそうな、嬉しそうな笑顔で手を振って帰って行った。小日向芳松は不服そうであったが。
 ふぅと息を吐いて、朔太郎は腰を下ろした。
「参拝客が増えましたねぇ。良かった良かったぁ」
「あの子、ジイさんに惚れてるよな」
「え? まさかぁ」
 そんな訳ないですよ、とひらひら手を振って、朔太郎はクッキーを口に運んだ。
 なんとこの男、にこりの気持ちに何一つ気が付いていないのだ。あんなにも分かりやすく好意を向けられているにもかかわらず。
 鈍感にも程がある。
 何を隠そう松代朔太郎も恋愛経験はほぼゼロであった。
(先が思いやられるなぁ……)
 経験豊富な隆輝は頭を抱えたのであった。
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