超能力者の私生活

盛り塩

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第161話 化けの皮

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「さて、そろそろ潮時かなぁ?」
 
 さして落ち込んだ風でもなく、大西所長は椅子から立ち上がった。
 ここは訓練所地下にある所長室。
 先日の大騒動で半壊してしまったが、いまは修理されてすっかり元通り……と言うわけではなく、折角なので模様替えをして、お洒落なベンチャー企業風応接室に改装してしまっていた。

 自然の太陽光を取り入れるシステムや、外の景色を映し出す窓型モニターも導入して、言われなければここが地下だと分からないくらいに開放的になっている。
 以前の純和風畳の間も良かったのだが、こちらも大西は大変気に入っていた。

「せっかくいい部屋にあつらえたのに、もう出なきゃならないなんてショックだなぁ僕は……」

 言ってる割にはニコニコと笑いながら鞄を持ち上げる大西。

「……自業自得でしょ? まさか真唯を殺すなんてね。身内殺しは重罪と分かっていながら……」

 シンプルなデザインだが質のいいソファーに身を預けながら片桐は不機嫌に眉を歪めた。

「仕方ないじゃないか、あそこで彼女を暴走させなきゃ僕の正体をバラされていたところだったんだからね。それに実際に殺したのはキミでしょ?」
「ベヒモス退治は合法よ、処分したと言って欲しいわね。ま、いまさらどうでもいいけど。……それでも結局、正体を掴まれてちゃ意味なかったわね」
「それは七瀬くんが優秀だったねぇ一本取られた気分だよ」
「……正也と渦女も連中に囚われたけど?」
「……二本取られちゃったかな」

 まいったねこりゃ、とお気楽に頭を掻く大西。

 この時点で、森田真唯の暴走が大西所長の何らかの能力によるものだという情報が七瀬監視官経由で本部に伝わっているはずだ。
 当然、本部は自分を拘束するために人を派遣するはず。
 それまでにここを離れて何処かへ隠れる必要があった。

「せっかく幹部にまでなっておきながら……もったいない話ね」

 退職の証にと律儀に机に置かれた大西のバッジを見て、片桐はため息を吐く。

「べつに構わないよ? 僕の目的は高給を貰うことでもふかふかの椅子でふんぞり返ることでもないからね」

 キザったらしくウインクして言う大西に、片桐は目線を合わすことなく、

「わかってるわよ。でなければ誰があなたみたいな悪党についていくものですか」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
「……宝塚さんはどうするつもり?」
「彼女か……うん。彼女は欲しいね、元々そのつもりでスカウトしたわけだし。それにこのまま敵に回ってもかなり厄介な存在でしょ?」

「そうね……今のうちならば殺せるけど?」

「いや一度……出来れば直接会って説得したいね。彼女ならきっと僕の思想を理解してくれると思うから」
「そうかしら? そうは思えないけれど?」
「嫌よ嫌よも乙女心ってね」

「百恵はどうするの?」

七瀬くんおねぇちゃんが敵に回った以上、説得は難しいかな? 彼女はまだ幼い。きっと僕より身内を取るだろうよ」
「なら殺しとく?」
「……それは寝覚めが悪いねぇ。必要があれば、でいいよ」
「七瀬監視官《おねぇちゃん》は?」
「彼女は殺しとこう。騒動の半分は彼女が原因だからね。ほんとはこうなる前に始末しておけば良かったんだけども、イレギュラーが重なってタイミングを逃しちゃったよ」

 その言葉を聞いて片桐は少し考え込んで、

「だったら百恵も殺しておくべきなんじゃない? 禍根が残るわよ?」
 と素の表情で意見する。

 言われた大西は頬をポリポリと掻くと、

「そっか、そうだね。じゃあ殺しとこうか?」

 と極軽い口調で答えた。




「――――失礼するよ?」

 改装したての真新しいドアを開けると女将は深いため息をついた。
 所長室であるその部屋の証明は落とされ、中はもぬけの殻になっていたからだ。

 本部から連絡があったのがついさっき。
 内容は大西健吾に仲間殺しの疑惑有り、とのこと。
 緊急処置にて権限をすべて女将に移し、ただちに容疑者を確保せよとの命令だった。
 それを受けた女将はさして慌てることなく、料理長とともに一応、所長室にやってきたのだ。
 当然中身はすっからかん。
 大西の姿は影も形も無いどころか、ご丁寧に荷物もきちんと処分されている。
 これではまるで『逃げたよ。もう帰ってこないよ』と教えているようなもの。

「……ガキが……遊んでるねぇ」

 机に置かれた大西のバッジを掴みながら女将は眉間にシワを寄せた。
 以前から危なっかしい所はあった。たまに行き過ぎた殺人や、破壊行動を窘めた事もあった。だから今回の事も『いつかはこうなる』と覚悟はしていたのだが。

「片桐の姿も見当たらないそうです。部屋も引き払っています」

 酒焼けした声で料理長がそう報告してくる。

「……そうかい、あの娘も共犯かい。なら生半可な追手じゃ返り討ちに合うだろうね」
「私が行きましょうか?」
「そうだねぇ……」

 料理長の提案に思案を巡らせる女将。
 辺りには部屋のアナログ時計が鳴らす針の音だけが響いていた。
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