超能力者の私生活

盛り塩

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第188話 一人戦う⑦

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 たしかにいまさらあのベヒモスの正体を探るのは無理だろう。
 しかし私を襲ったベヒモスが所長の差し金だったとすれば。
 あの時のベヒモスも所長が作り出したものじゃないと否定することは出来ない。

 必要なのはヤッた証拠じゃない。
 

 それを否定しなかった以上、所長は自ら黒だと言ったようなもの。
 少なくとも、当時からベヒモスを使った殺人行為をしていたということだろう。
 そのお遊びに私は、私の両親は巻き込まれた。
 その可能性があるだけで、この男を仇とするのには充分だった。

 ――――ドゴッ!!!!

 結界が発する青の光が体から噴出する。
 それはまるで私の怒りを具現化しているようだった。
 片桐さんの手からも、同じ青の光が現れる。
 同時に無数の空間の歪みが私を取り囲んだ。 

「忠告はしておいたわよ?」

 彼女の冷酷な眼差しが私を刺す。
 そして無数のアスポートが一斉に襲いかかってきた!!
 ――――ひゅぼっ!!
 だが――――!!

『ぎゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!』

 ラミアの目が光り、毛が逆立つ。
 それに連動して私の髪の毛も黄金の蛇へとした!!
 そして迫りくるアスポートに向かって一斉に飛び、噛みついた!!

 ――――バシュッ!! ぼひゅひゅひゅひゅっ!!!!

 蛇たちはその吸収能力でアスポートのエネルギーを喰らう!!
 アスポートはその亜空間へと繋がる牙で蛇を喰らう!!
 無数のアスポートと無数の蛇は、お互いにその存在を喰らい合い、そして消え合った!!

 ――――シュゥゥゥゥゥウゥゥ……。
 そして全てが無かったかのように部屋に静寂が訪れる。

「――――なん……ですって……!?」

 絶対的自信のあった自分の能力を、私なんかに消されて呆然とする片桐さん。
 その一瞬の隙きを私は逃さなかった!!
 能力を即座に結界術に切り替え、彼女に襲いかかった!!

 ――――ダンッ!!

「――――しまっ!??」

 我に帰る片桐さんだが、青の光を纏った私の拳はすでに彼女の顔面を捉えていた。

 ――――ババババババギッ!!!!
 最後の砦。彼女の結界が私の拳を押し留める!!
 さすが、片桐さんの結界は防御力の桁違い!!

 しかしそれも一瞬のことだった。

『があぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!!』

 主人の怒りを己の怒りとし、ラミアは雄叫びを上げる!!
 瞬時。
 爆発的に跳ね上がった結界エネルギーはその力を強度と破壊力に変え、

 ――――バキャアァァァァァァァァァァンッ!!!!
 彼女の結界を粉微塵に粉砕した!!

「――――っ!!??」

 片桐さんの目が驚愕に広がる。
 結界の強度は、すなわち能力者のエネルギー量に比例する。
 つまり、彼女よりも私のほうが原石としては格上だと証明してやったのだ!!

 しかし私の拳も無傷ではなかった。
 こっちの結界もひび割れ、その威力は無に近いほど相殺されていた。
 だがそれでも、結界を失った無防備の彼女を倒すのには充分な破壊力はある!!

「くたばれっ!! 無敵女《ワルキューレ》っ!!!!」

 ――――ドゴッ!!
 拳は片桐さんの額にめり込み、そして突き抜けた!!

「――――がはっ!???」

 強烈な一撃は彼女の額を割り、その頭部を中心に体も一回転する。

 ガシャアァァァァァンッ!!
 料理もろともテーブルをなぎ倒し、畳に叩きつけた!!

「はぁはぁはぁ……」

 蛇の頭をそのままに、彼女を見下ろす。
 割れた額からドクドクと血を流す彼女にはもう意識は無かった。

 ――――勝った……?

 自分でも信じられない。
 私は……彼女を倒してしまった……?
 あのアマノウズメですら相手にしなかった片桐さんを……。

 一瞬の出来事だった。
 だからまったく実感がない。

 というか、蛇の奇襲があったればこそ勝てたのだと思う。
 この攻撃を彼女が知っていたら、こうは簡単に攻めきれなかったはずだ。
 しかし、なにがどうあれ、一番厄介な相手は倒した!!

 菜々ちんが恐怖に固まった目で私を見ている。
 彼女には聞きたいことが山ほどある。
 しかし、同時に信じたい気持ちもまだある。
 だから今は攻撃しない。

 いま倒すべきは所長――――大西健吾だ!!

「はっはっはっは。いやぁ~~……勘弁してくれよぉ熱ちちちちっ!!」

 所長は鍋を両手で持ち上げながら小躍りしていた。
 目の前で自分の腹心が殴り倒されたというのにまるで動じたようすはない。
 汁をこぼさないようにそっと鍋を畳に置くと、手をフーフーしてけたたましく菜々ちんに指示を出す。

「ああ、ほらほらコンロ切って切って、ガスが漏れてるから。あと仲居さん呼んで掃除してもらって!! あ~~あ、小鉢が台無しだよ勿体ないなぁ……」

 言って、片桐さんの身体に乗っかっている料理のかけらを箸でつまみ、食べ始める所長。

「うん、これはこれで美味しいね。これがホントの女体盛りってね。あれ? どうしたんだい?」
「……ふざけているんですか?」

 そうとしか考えられない彼の行動に、私は怒りは再び膨れ上がった。
 しかし所長はそんな私の怒気など意にも介さぬようにとぼけた顔をする。

「まさかまさか、僕はいつだってシンケンだよぉ。……うん、そうだねえ、片桐くんに一矢報いちゃったかぁ……こいつは意外な展開だったねぇ? おじさんちょっとびっくりしちゃったかな、菜々くんもびっくりしたよねぇ?」

 その完全に人を小馬鹿にした態度に、

「この期に及んで――――ふざけるなぁーーーーっ!!!!」

 私の拳は再び青の光を灯し直し、所長に襲いかかった!!
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