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第118話 なんて美味しそうな…。
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「えっと……こんなものでいいのかなぁ……」
ぬか娘がエッチラオッチラよろめきながら運んできたのは、丸かめと呼ばれる茶色い陶器製の漬物容器。
それをそっとシートの上におろすと蓋を開けてみる。
中にはしっかり育てられたぬか床が綺麗にならされ敷きつめられていた。
「私特製の熟成ぬか床、三年物だよ。えっへん」
『まあ……なんて美しい、まるで熟成されたチーズのような輝き……これがぬか娘さんのお得意な『漬物』という保存食なのですか?』
「そうだよ。これはぬか漬けっていう種類の漬物で、こっちが醤油漬け、そしてこっちが塩漬けね。どれも丁寧に保存すれば一冬くらい楽に持ってくれるよ?」
どうしても良い交換品が思い浮かばなかったアルテマたち。
ためしにジルへ、どんな物が欲しいのかと聞いてみたら『野菜を上手に長期保存できる知恵がありますか?』と尋ねられた。
帝国にも干し肉やチーズなどの保存食があるにはあるが、それだけで。冬の間は自然保存に耐えられる穀物類を中心に飢えをしのぐしかないのだという。
とくに野菜の不足が深刻で、それが原因で体調を崩し、亡くなっていくものも少なくないそうな。
そういうことなら、ぬか娘の『漬物』が役に立つのではないかと皆に押されて持ってきたのだ。
『まあ一冬も? 素晴らしいです!! それはどんな植物でも保存しておけるものなのでしょうか!??』
「え~~~~と……そっちの植物にどんなものがあるのかわかんないんだけどさ。ほら、このあいだ節子さんへ送ってもらった帝国産のお野菜あるでしょ? あれをね、いちおう漬けてみたのがこれなんだ」
言ってぬか床へぐにょりと手を突っ込む。
と、中から緑色をした棒状の野菜が引っ張り出されてきた。
それは一見キュウリの漬物のように見えるが、キュウリにしては若干長くイボイボも大きかった。
『まあそれはササゲボではありませんか』
「うん、キュウリっぽかったんでね。ぬかに漬けてみたんだ。そろそろ漬かってるころだから……これをこうこう……はい、アルテマちゃん」
サササとぬかをぬぐい取ると、どこからともなく取り出したまな板の上で手際よく刻み、一口大になったそれをアルテマの口に放りこむ。
「んが……ぽりぽりぽりぽり……んがっごっごっ。 ――うんまい!?」
食べたアルテマは、懐かしい故郷の野菜と、その香りを倍増してくれる〝ぬかの風味〟に感動し、目を丸くした。
「えへへ……そうでしょ? よかった。じゃあこれは?」
続けて『甲羅玉菜《カメたまな》の塩漬け』と『リーマイの醤油漬け』もきざんでみる。
どれどれ、とご相伴にあずかる仲間たち。
「甲羅玉菜《カメたまな》はね、甲羅って言うだけあってカチカチの殻が厄介だったんだけど……剥いたら中からキャベツっぽい巻葉が出てきたんで、刻んで塩もみしてキャラウェイシードに粒胡椒、ローリエなんかを入れて瓶詰めしたんだ」
「ほうほう、いわゆるザワークラウトというやつだね。うん、おいしい。これは干し肉と合わせると良さそうだね」
「ソ、ソ、ソ、ソーセージと煮込んでも美味いんだな。ぼ、ぼ、ぼ、僕の大好物でござるよ」
「ほぉ~~あのデカさだけが取り柄の青臭い甲羅玉菜《カメたまな》が、こんなにも爽やかで濃厚な風味をかもしだすとは……師匠、これもイケますぞ!?」
『……ごきゅり』
「次はリーマイね。これはこっちの世界でいうと玉ネギ……? らっきょう? ちょっとにんにくの風味もあるかなぁ……そんな感じの野菜だったので醤油漬けに。これも漬けとけば、ずっともつからね。はい、ごはんもごうぞ」
「むお!? リーマイ独特の臭みと辛味が醤油と合わさることによって香ばしい甘みに変化している!! さらに塩味が染み込むことによって白米との相性が完璧ではないか!!」
いつのまにか用意された丼飯に合わせてみて、その相性の良さに、またまた感動するアルテマ。
それを見ていたジルはもう辛抱たまらんといった顔で、
『アルテマ!! あなたばかりそんな美味しそうにズルいですよ!! 私も食べてみたいです、さあ早くそれをこちらに送ってください!!』
駄々をこねる子供のように両手をバタつかせた。
見ると天秤の針はしっかりと中央を示していた。
こちらとジルの『欲しい』値が釣り合った証拠である。
「むお、いつの間《もあ》に……もぐもぐポリポリ……もぐもぐ……では師匠《ふぃふょう》……開門揖盗《れもんばふぉーむ》のご準備《ふんひ》を……もしゃもしゃ」
『はい、わかりました!! ……げど、アルテマ? あなたそちらの世界に行って少し意地汚くなったのではありませんか? 以前はもっとこう……』
「なにをおっしゃいまふか!? もぐもぐ……わらひは……ごっくん……私は何も変わってなどいませんよ!? むしろ逆境における心労で引き締まっているくらいです!!」
『そうでしょうかねぇ……いまのあなたの姿、ほんとに幼かった頃と比べても、ぷっくりして見えますよ?』
「あ~~~~、それは節子さんの料理が美味しいからだね。毎朝おなかポンポンにして遊びに来るもんね」
「……私らのカップ麺もよく食べてるな……」
「占いさんや六段さんの畑のトマトもおやつに食べてるし、飲兵衛さんのおつまみもよく貰って帰ってるよね?」
『アルテマ……あなた……我々が食糧難におびえているときに……』
「さ、さ、さあ師匠!! はやく転移《しごと》を始めましょう!! 一刻もはやく問題を解決して、みなで豊かな食卓を囲めるようになりましょう!!」
ジルの冷ややかな目線を勢いで誤魔化し、アルテマはとっとと開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の詠唱を始めるのであった。
ぬか娘がエッチラオッチラよろめきながら運んできたのは、丸かめと呼ばれる茶色い陶器製の漬物容器。
それをそっとシートの上におろすと蓋を開けてみる。
中にはしっかり育てられたぬか床が綺麗にならされ敷きつめられていた。
「私特製の熟成ぬか床、三年物だよ。えっへん」
『まあ……なんて美しい、まるで熟成されたチーズのような輝き……これがぬか娘さんのお得意な『漬物』という保存食なのですか?』
「そうだよ。これはぬか漬けっていう種類の漬物で、こっちが醤油漬け、そしてこっちが塩漬けね。どれも丁寧に保存すれば一冬くらい楽に持ってくれるよ?」
どうしても良い交換品が思い浮かばなかったアルテマたち。
ためしにジルへ、どんな物が欲しいのかと聞いてみたら『野菜を上手に長期保存できる知恵がありますか?』と尋ねられた。
帝国にも干し肉やチーズなどの保存食があるにはあるが、それだけで。冬の間は自然保存に耐えられる穀物類を中心に飢えをしのぐしかないのだという。
とくに野菜の不足が深刻で、それが原因で体調を崩し、亡くなっていくものも少なくないそうな。
そういうことなら、ぬか娘の『漬物』が役に立つのではないかと皆に押されて持ってきたのだ。
『まあ一冬も? 素晴らしいです!! それはどんな植物でも保存しておけるものなのでしょうか!??』
「え~~~~と……そっちの植物にどんなものがあるのかわかんないんだけどさ。ほら、このあいだ節子さんへ送ってもらった帝国産のお野菜あるでしょ? あれをね、いちおう漬けてみたのがこれなんだ」
言ってぬか床へぐにょりと手を突っ込む。
と、中から緑色をした棒状の野菜が引っ張り出されてきた。
それは一見キュウリの漬物のように見えるが、キュウリにしては若干長くイボイボも大きかった。
『まあそれはササゲボではありませんか』
「うん、キュウリっぽかったんでね。ぬかに漬けてみたんだ。そろそろ漬かってるころだから……これをこうこう……はい、アルテマちゃん」
サササとぬかをぬぐい取ると、どこからともなく取り出したまな板の上で手際よく刻み、一口大になったそれをアルテマの口に放りこむ。
「んが……ぽりぽりぽりぽり……んがっごっごっ。 ――うんまい!?」
食べたアルテマは、懐かしい故郷の野菜と、その香りを倍増してくれる〝ぬかの風味〟に感動し、目を丸くした。
「えへへ……そうでしょ? よかった。じゃあこれは?」
続けて『甲羅玉菜《カメたまな》の塩漬け』と『リーマイの醤油漬け』もきざんでみる。
どれどれ、とご相伴にあずかる仲間たち。
「甲羅玉菜《カメたまな》はね、甲羅って言うだけあってカチカチの殻が厄介だったんだけど……剥いたら中からキャベツっぽい巻葉が出てきたんで、刻んで塩もみしてキャラウェイシードに粒胡椒、ローリエなんかを入れて瓶詰めしたんだ」
「ほうほう、いわゆるザワークラウトというやつだね。うん、おいしい。これは干し肉と合わせると良さそうだね」
「ソ、ソ、ソ、ソーセージと煮込んでも美味いんだな。ぼ、ぼ、ぼ、僕の大好物でござるよ」
「ほぉ~~あのデカさだけが取り柄の青臭い甲羅玉菜《カメたまな》が、こんなにも爽やかで濃厚な風味をかもしだすとは……師匠、これもイケますぞ!?」
『……ごきゅり』
「次はリーマイね。これはこっちの世界でいうと玉ネギ……? らっきょう? ちょっとにんにくの風味もあるかなぁ……そんな感じの野菜だったので醤油漬けに。これも漬けとけば、ずっともつからね。はい、ごはんもごうぞ」
「むお!? リーマイ独特の臭みと辛味が醤油と合わさることによって香ばしい甘みに変化している!! さらに塩味が染み込むことによって白米との相性が完璧ではないか!!」
いつのまにか用意された丼飯に合わせてみて、その相性の良さに、またまた感動するアルテマ。
それを見ていたジルはもう辛抱たまらんといった顔で、
『アルテマ!! あなたばかりそんな美味しそうにズルいですよ!! 私も食べてみたいです、さあ早くそれをこちらに送ってください!!』
駄々をこねる子供のように両手をバタつかせた。
見ると天秤の針はしっかりと中央を示していた。
こちらとジルの『欲しい』値が釣り合った証拠である。
「むお、いつの間《もあ》に……もぐもぐポリポリ……もぐもぐ……では師匠《ふぃふょう》……開門揖盗《れもんばふぉーむ》のご準備《ふんひ》を……もしゃもしゃ」
『はい、わかりました!! ……げど、アルテマ? あなたそちらの世界に行って少し意地汚くなったのではありませんか? 以前はもっとこう……』
「なにをおっしゃいまふか!? もぐもぐ……わらひは……ごっくん……私は何も変わってなどいませんよ!? むしろ逆境における心労で引き締まっているくらいです!!」
『そうでしょうかねぇ……いまのあなたの姿、ほんとに幼かった頃と比べても、ぷっくりして見えますよ?』
「あ~~~~、それは節子さんの料理が美味しいからだね。毎朝おなかポンポンにして遊びに来るもんね」
「……私らのカップ麺もよく食べてるな……」
「占いさんや六段さんの畑のトマトもおやつに食べてるし、飲兵衛さんのおつまみもよく貰って帰ってるよね?」
『アルテマ……あなた……我々が食糧難におびえているときに……』
「さ、さ、さあ師匠!! はやく転移《しごと》を始めましょう!! 一刻もはやく問題を解決して、みなで豊かな食卓を囲めるようになりましょう!!」
ジルの冷ややかな目線を勢いで誤魔化し、アルテマはとっとと開門揖盗《デモン・ザ・ホール》の詠唱を始めるのであった。
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