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第137話 まずいことになった。

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「は? ……あの渓谷が閉じてしまう?」

 ジルとの定時連絡で日報報告をしていたアルテマ。
 そのとき、ジルの側からあまりよろしくない話を聞かされ、目を丸くした。

『はい……国の奥地に住む賢者の話では、あの渓谷は百年に一度の周期で閉じたり開いたりを繰り返しているそうなのです。いまの渓谷ができたのが、まさにおよそ百年前らしいので……』
「そろそろ時期がきていると?」

 アルテマの言葉にジルは神妙にうなずいた。
 あの渓谷とはアルテマが飛び降り、この世界へ渡るきっかけとなった例の吊り橋の渓谷である。

『最近、あの付近で小さな地震が立て続いています。おそらくそれで地盤が閉じていっているのだと思われますが……』
「と……閉じたらどうなるのです」

 愚問とわかっていたが、聞かずにはいられない。

『賢者の話では、良くて帰って来られなくなる。悪くて土の中に転移する。……らしいのです』

 それを聞いて背筋がゾゾゾと震える。
 思わず想像してしまった。

「……で、では、そ、その賢者とやらはあの渓谷の正体と、帰る方法を知っているのですか?」
『いいえ、知っているのはそれだけで、異世界転移については我々と同じ噂程度にしか知らないそうなのです』
「……賢者って言ってるのに??」
『ただ、異世界につながるわけじゃありませんが、自然にできた転移空間は私たちの世界ではいくつかあるらしく、その類であるならば一方が閉じてしまった場合、もう一方は機能しなくなるとのことです。もしそうなればアルテマ、あなたが帰ってこられるチャンスはもう幾許《いくばく》も残されていないかもしれません』
「そ……そうですか……」




 と、言う話をクロードにしたら、

「な・ん・だ・と!????」

 顔を真っ青にしてお茶を口からダダ漏らした。

「やめんか汚いやつじゃのう、ちゃんと吹いておけよ」

 布巾を投げつけ嫌な顔をする元一。
 和解がなされたとはいえ、いずれまた敵になるだろう男。
 本当なら座布団も敷いてやりたくないくらいだが、騒ぎを蒸し返すのもアルテマに悪いので、ぐっとこらえている。

「で、でで、で、そ、それはいつ閉じるんだ!? 今日か!? 明日か!?? 明後日か!??」

 そんな元一の心境など気にもかけず、ちゃぶ台の上に乗り上げアルテマの肩を激しく揺さぶるクロード。
 血の気が引きすぎて顔色が青から灰色になってしまっている。

「知らん。賢者の話だと閉じるときには大きな地震が起こるそうだ。……いまのところは大丈夫らしいが。おおよそ……もったとしても数ヶ月とかなんとか……」
「では、それまでに帰る手段を見つけないと、次のチャンスは百年後になるかもしれんのか!?」
「……ま、そうだろうと言っていた」
「いか~~~~ん!! それは断じていか~~~~んっ!!」
「まあ私にとっては事実上帰れないということだが、お前にとってはそうじゃないのではないか? ハイエルフなのだろう?」
「たしかに俺は千年生きるハイエルフだが、しかし問題はそこではなく!! この俺様が百年間も席を空けたら我が家は、聖王国はどうなってしまうというのだ!! いま俺は父に求められているのだ!! すぐに帰って国を背負って立たねばならぬと期待されておるのだ!!」

 そんな内容だったかな?
 渡した嘘の手紙を思い出し、首をかしげるアルテマ。
 まあ……どう歪めて解釈しようが、そもそもウソなのだからどうでもいいか。

「ともかくすぐに帰る方法を見つけるぞアルテマ!! 協力しろ!!」

 クロードは当然そう言うが、

「いやまあ……こうなってはジタバタしても遅いからの、危険もあると言うことじゃしここは潔くあきらめてみたらどうじゃ?」
「ですね。私もそう思います」

 アルテマにずっといてほしい元一と節子はホクホク顔でお茶をすすっている。
 二人にとっては渓谷が閉じてしまうというのは吉報以外の何事でもなかった。

「そんなわけにいくか!! 俺は帰るぞ!! 使命があるのだ!!」
「ああ、お前は勝手に帰れば良い。しかし〝ウチのアルテマ〟をたぶらかすのはやめてくれんかの」
「いや、私もべつにたぶらかされているわけでは……それに帰郷を悪の道みたいに言われてもな……」
「お前はずっとここにいると言ったではないか? この世界と異世界とを結ぶ大使として働くと!!」

 ちょっと揺れているアルテマの心境を敏感に感じ取り、元一は口をとがらせる。
 しかし、いまを逃せば帰れなくなるとなれば、それも無理もない話。

「と、ともかく方法を探してみるだけならいいだろう? もしかしたら別の空間で行き来できるようになるかもしれないし。現に開門揖盗《デモン・ザ・ホール》は繋がっているわけだしな。きっとなにかいい方法が見つかるさ」
「その通りだ!!」
「む~~ぅ……」

 アルテマの言葉にクロードは大きくうなずき、元一たちは口をへの字に曲げた。
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