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第178話 かけひき

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「九郎さん。あなた最近、蹄沢の連中と仲良くしていませんか?」
「さて、なんのことやら」

 偽島組本社ビルの仮眠室。
 いまやすっかりクロードの私室と化したその部屋で、偽島誠は苛立っていた。
 蹄沢集落との工事を巡る折り合いが、一向についていないからである。

「私はあなたに任せると言ったはずですよ?」

 丸いちゃぶ台に片肘をつき、カップラーメンをすすりながらテレビを見ている長耳エルフの背中を睨みつける。

「……だから任せられているだろうが」

 振り向きもせずに素っ気なくこたえるクロード。
 彼は怨霊との戦いのあと、アルテマたちに気付かれないようこっそりと抜け出し、ここに帰ってきた。
 そしてシャワーもそこそこに、すぐに布団に入った。
 回復魔法〝ヒール〟を使ったせいで疲労困憊こんぱいになっていたからだ。

 自分の生命力を削り、相手に与えるこの呪文は強力だが、多発はできない。
 エツ子を救ったあの時点で実は倒れそうになっていたのだが、アルテマに弱いところを見せたくなくて必死にやせ我慢していた。

 起きたのは昼過ぎ、丸一日寝ていた。
 おかげで体力はかなり回復していたが、腹はペコペコ。
 カップラーメンを作ってテレビをつけたところで偽島が乗り込んできた。

 寝過ぎで軽い頭痛がする。
 こんなときに、意識高い系の声はやたら不愉快に感じるものだ。
 面倒くさそうに応えながら麺をすすった。

「だったら早く成果をあげてください。……あなたがあの子供巫女と親密にしているという噂もあります。それも含めて説明していただけますか?」

 クロードはカップを置き、ダルそうに首を掻く。
 そしてなにも悪びれたようすもなく偽島を見上げた。

「……それは噂ではない。親密、とまで言われたら困るが、友好的に接しているのは事実だ」
「…………ほう? 聞きようによっては裏切りともとらえられますが?」

 携帯に触れ、偽島は冷ややかにクロードを見下ろした。
 なにかの合図を送ったようだが、もしかしたら囲いの舎弟でも呼んだのか?
 暴力団系とはいえ、魔法に対する抵抗手段を持たない連中だ。
 そんなものをいくら呼んだところで〝ラグエル〟を使えるクロードにとっては脅威にはならない。

 いざとなったらビルごと破壊して逃げてやってもいいのだが、この偽島誠《おぼっちゃん》はそういうところに現実味を感じていないらしい。

「利害が一致したからだ。俺はひとまずアルテマと強力して異世界へ帰る手段を見つけることにした。それにはあの集落の連中とも協力していかなければならない」
「帰る? ……そんことができるのですか?」
「いま、大きな障害にぶつかっていてな。まずはそれを排除せねばならないが、話を聞くにできないこともなさそうだ」
「……すると、あの子供巫女も帰る……ということですか?」
「そうだ。そうなればお前にとっても問題は半分解決したも同然だろう? 残った老人どもなど、荒くれ社員たちでどうとでもできるはずだ」
「……なるほど、そうですね」

 うなずくと、再び携帯を操作する偽島。
 近づいて来ていた気配が止まり、遠ざかっていく。

「……あの子供巫女――――暗黒騎士アルテマでしたか? アレさえいなくなればなにも問題ありません。そういうことでしたらあなたを信用しましょう」

 命拾いしましたね、とでも言わんばかりに薄笑いを浮かべる偽島。
 本当に助かったのは偽島組のほうなのだが、クロードは何も言わずラーメンの残りをすすった。

 クロードは嘘を二つ言っていた。

 一つは、帰る算段がついたところで、アルテマが帰るとは限らないということ。
『百年に一度の周期で門の開閉が行われる』
 その話が本当ならば、次に異世界への道が開かれるのは百年先。
 いまを逃せば、クロードはともかくアルテマは二度と戻れなくなる。
 異世界とこの世界。
 どっちを選ぶのかは、アルテマ次第だ。

 二つ目は老人たちの戦力。
 たとえアルテマがいなくなったとしても、魔法具で武装した連中はもうすでに並のヤクザ程度ではどうにもならないほどに強くなっている。
 とくにあの元一とかいう弓使いの老人。
 平和な世界の人間にしては、かなり戦いを知っているようだ。
 この時点で、偽島組があの集落を落とすのは極めて難しいと、聖騎士であるクロードは判断していた。

 しかし自分の目的はあくまで異世界に戻ること。
 この世界の地域開発などに興味はない。
 偽島には悪いが、ここは利用させてもらおう。
 そうされても負い目を感じなくていいほどの悪事を働いているほうが悪い。

 アルテマとの決着は……本国の戦争が勝利に終わった(ウソ)ということで見逃してやってもいいだろう。

 騙されているとは知らず。騙している気になってクロードは不敵に笑っていた。




 偽島が部屋を出ると、ひとりの少女にぶつかった。

「あいたっ!!」

 そう言って鼻を押さえるのは、赤いランドセルを背負った小学生の女の子。
 偽島はその子を見て、びっくりした顔をする。

「……真子《まこ》? お前……どうしたんですか、こんなところで? 学校は?」

 そう呼ばれたその子は、偽島の一人娘。
 とっくに学校へ向かったはずの娘は、父である誠を見上げると、

「……なんでもないよ!!」

 真っ赤な顔をしてそっぽを向く。
 ――――? 
 家は社屋の裏にある。
 だから通学ついでに挨拶をして行く、なんてこともたまにあるのだが……。
 しかし今回はどうも様子がおかしい。
 娘がチラチラと、仮眠室のほうを見ている。
 すこし開いた扉の向こうにはクロードの横顔が見えた。

「……ま、まさか……」

 頬を染める娘を見下ろして、偽島はこの世の終わりが来たのかと、背筋が震えた。
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