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58.

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「人魚の肉に癒しの力があるの?」

 掠れた声でセイネシアが聞いてきた。

 私は首を振り否定した。

「違う。人魚の肉を泡沫人が口にすれば不老不死の力を与えるの・・・」

 不老不死。
 そんな非現実なものが存在するとは思わないだろう。私だって嘘だと思っていた。ただの逸話であって現実にはあり得ないとことだと思っていた。だからこそ一か八か試したのだ。一縷の望みで行ったからこそ後先なんて考えていなかった。

「あなたなら『回復』の呪いまじないでできたのではないの」

 ルナの素朴な疑問に、再び首を振る。

は人魚にしか行えないの。だから、あの時死んでほしくなくて・・・生きてくれるならそれだけでいいと思って私の肉を食べさせてしまった」

 あの時、目を開けたのが嬉しかった。
 リードの澄んだ眼差しが私を見てくれたことにほっとした。

「でも・・・それは・・・」
「私たちを離した・・・」

 言葉に詰まる私の後をアルフが引き継いだ。

「当時の人魚の女王が現れ、レネに呪いのろいをかけた。全てを忘れて時が来るまで生き続けることをかした」

 あの時、女王がタイミングよく来たのはレイシアがフィレーネの結末を見届けるためにそこにいたからだ。
 今でも女王の怒りに満ちた顔で私に呪いをかけられたことを覚えている。あの瞬間、自分のしでかした罪を実感した。

「記憶をなくした私は旅に出た。その中でレフィシアにも会った。でもそれは記憶としてあるだけ。人魚を研究しているというのも嘘。ただ、人魚を引き合いにだして人間が気になっていたから触れ合っていただけ。
 私は自分をずっと思い出せずにいたのにリードはその間・・・」

 孤独だったんじゃないの?

 彼を見ると、微笑んでいた。
 
「旅も行ったよ。君の痕跡を辿ったこともあった。でもここに帰ってきた。アトラス王家は私の帰る場所を与えてくれたからこそできたんだ。それに君は最後はここに帰ってくると信じていたからだ」
「馬鹿でしょう」
「馬鹿だよ。久しぶりに見る君はあの頃と変わっていてわからなくて戸惑ったりもした。でも自分の直感を信じて君を見ていた。気づいてもらいたくて待っていた。それくらい私は馬鹿なんだ」

 この人は私を待っていた。昔も今も・・・。

 私は自分の手を見た。

「記憶が戻った今、私は泡に還るのね・・・」

 少しずつだが、手の端の感覚が失われている。

「泡に還る?」
呪いのろいが解けた時が許された合図なの」

 それはアルフとも同じことだった。

「レイ。返すよ。君が旅に行く時に置いていった物を」

 アルフはそう言って、自分の胸元にかかっているネックレスを外し私につけ直してくれた。

 私の大事なキラキラ輝く石のネックレス。今ならダイヤモンドという高価な宝石であることがわかる。

「無知って怖いわ」
「知らないからこそできることもあるんだ」

 800年経っても変わらなく輝いている。
 笑おとすると涙がでそうで、うまく笑えなかった。

「ルナ、セイネシアはこれからどうするの?」

 私は二人に向かって言った。

 ルナはソレイユを一瞥したのち美しく笑う。

「海に帰るわ。私は今更こんな場所に住めるわけはないわ。寿命が尽きるまで魔女として生きるわ。セイネシアはどうする?を連れて行く?」

「女王は知っていたのね・・・」

 セイネシアは硬い声で呟く。

「そうでしょうね。女王が泡沫人の男を囲っているというのは本当でしょうね。人魚の肉を食べさせたのだわ・・・」
「泡沫人にとっては永遠という命は酷でしょうに・・・」
「そうね・・・。女王が人前に見せないのはその男が狂っているからともいうわ・・・」
 
 人魚とは時間感覚も違う者が故郷に帰ることもできず一生海の中で暮らすなどできるはずがない。

「恋をする人魚は盲目なのでしょうね・・・」

 私はセイネシアを見ながら聞いてみた。

「セイネシアは女王のようにリュートを海の中に連れて行く?」

 
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