黒の瞳の覚醒者

一条光

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六章~目指す場所~

逃走劇

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「あぁ、もう嫌だ」
「そりゃこっちのセリフだ。仕事とはいえこんな目に遭うとは……姫さんの能力のおかげもあって市街地まで戻ってはこれたが、迎えも期待出来ねぇし」
「弱腰外交ですね」
「まったくだ、増援ぐらい寄越せっての」
 山から下りて地図を見ながら道なりに歩きつつ連絡を取ってもらって、抗議や迎えの足の手配なんかをしていた惧瀞さんに聞かされたのはすぐには無理だというもの。
 調子が悪いらしく、ティナの能力で一気に移動というわけにもいかず、自分の足で移動しながら不審な気配がある時だけティナの能力で移動して追手を撒くという形で、日が暮れてしばらくした頃にどうにか市街地にたどり着いた。
「道中の犯罪者の多さも面倒だしよぉ。ガキまで犯罪に使うなっての…………」
 あぁ、あれにはビビった。すれ違う相手がスリ、引ったくりをしようとするのが多く、子供が手伝っているのもあった。状況にうんざりしていたところに叫び声が聞こえて、声のする方向を見ると子供が連れ去られそうになっている場面、犯人を蹴り飛ばして子供を助けたら、その子供に剣を奪われて持ち去られそうになった。
「だいたいなんでガキがあんなに速く走れるんだよ」
 それは剣の強化のせいです。黙ってるから身体能力強化については知られてないけど、フィオが取り押さえてくれなかったら大変な事になってた。取り押さえた後も面倒で、押さえ込んだ時に少し擦りむいたのを見て親が怒鳴って掴みかかってきた。どう見てもあちらが悪く、剣を取り戻しただけなのに物凄い剣幕だった。
「ティナ、調子は? 水とか要るか?」
「ふふ~、こうしてるから気分いいわぁ~。なんならずっとこのままだっていいかも?」
 背負ってる背中に抱き付いてこんな事を言っているがどこか元気が無い。体調が悪いのに、この暑さと汗ばんだ状態、落ち着いて休めないというのは辛いはず、早く休めるようにしてやらないと。
「ずっとこのままだと俺が困るの、だいたい引っ付いてたら暑いだろ」
「好きな人の体温を感じるのは結構幸せなのよ?」
「そんな――」
「えぇぇぇええええええ!?」
『っ!?』
「なんだ惧瀞、うるさいぞ」
「綾ちゃん、大声はちょっと……郊外ならそこまで問題じゃないけど、街中は」
「すいません、でもこれ……大変な事になってます!」
 惧瀞さんが見せてきたスマホの画面には、中国語のサイト? 惧瀞さんこんなの読めるのか? 俺なんか見てるだけで気分悪くなってきた。
「綾ちゃんこんなの読めるの?」
「へ? ああっ、ページが戻っちゃってる。こっちです、こっち!」
「え~っと、なになに……航を捕まえろ? 航一行に扮したスタッフを捕まえて賞金ゲット、一行の誰かの身柄確保、所持品の奪取でも賞金が出ます。怪我をさせても問題はありませんが死に至る様なものは除きます。賞金は身柄や奪った物との交換になりますので持ち去りは厳禁です」
 な、なんじゃこりゃ…………。
「なんです、これ?」
「友達から送られてきたURLを開いたらこのページだったんです」
 もしかしてこのページを見た連中が仕掛けてきてたのか? …………道理で犯罪者が多いはずだよ。あぁ~、最悪だ、訓練されてやる気で来てる奴ならある程度叩きのめしても心は痛まないけど、ゲーム感覚で突っ込んでくる一般人を相手にするのか?
「ぷぷっ! 結城てめぇに掛かってる賞金十万だってよ」
「お前は五万だぞ?」
「なにぃー!? なんで俺がてめぇの半分なんだよ! ふざけんなっ……んでこいつが百万で姫さん達が一千万、刀剣類一本五百万――」
 わざわざレート計算したのか。フィオ達の十分の一か……どちらにしても全員やっすいし、剣も安いなぁ。
「これのURLを証拠にして訴える事は出来ないんですか?」
「今大使館に連絡したんですけど、もうここのサイトにはアクセス出来ないみたいです…………」
 はぁ、めんどくさい。そしてこれを招いたのが自分だというのもめんどくさい、最悪だ~。膝から崩れ落ちたい気分だがそういうわけにもいかない。
「こうなったら早く移動しましょ、ティナも休ませたいし、日も暮れて来てるから夜の内に大使館に着ければ――っ! 寄んなっ!」
 不自然に近付いてきた男を蹴飛ばして建物の壁に叩き付けた。手には小さな折り畳みナイフ、刺す気で近付いたって事か? ……あっさり蹴られたし身体も弛んでる、間違いなく一般人だろう。
「マズいな、気付いてる連中が居る。姫様の能力は…………」
「ちょっと、今は無理かも」
「分かりました。とりあえずここを離れましょう、連絡を取っているような素振りをしてる者も居ます。仲間を呼ばれる前に移動しましょう」

「ったく、せっかく外国に来たってのにとんだ災難だ」
「これが仕事だ。黙って警戒してろ」
「でもなぁ、せっかく来たんだから本場の中華とか食ってみたかったぜ」
 移動してるが、接触はしないものの、確実に跡を付けて来てるのが居る。接触しないままに大使館に逃げ込めればいいけど――。
「ワタルぅ~? ごめんね、少し休めばまた使えるから」
「いいって、俺のせいだし……俺の方こそごめん」
「んふ~、私はしおらしいワタルが見れたから満足よ」
 首に回された腕に力がこもって背中に押し付けられてるものが…………うぅ、ふにふに形を変えてるのが感触で分かる。
「はぁ~、暢気だねぇ。金魚の糞みたいにぞろぞろと追われてるってのに」
 確かに、いつの間にか結構な人数になってる。背中の感触を気にしてる場合じゃない。
「ワタル、銃の臭いがする」
 銃の臭いってなんだ? 金属の臭いとか? …………硝煙?
「フィオさん、どこからしますか?」
「後ろ、他にもあるけど分からない」
 あの金魚の糞たちの中に銃所持者が居るのか。
「中国は銃規制が特に厳しかったはずだが…………」
「規制なんてしても悪人が居りゃいくらでも出回るだろ。それよりあいつら撒いた方がいいだろ? こっちは武器無いし、綾ちゃんナビ頼まぁ」
「大きな商店を挟みながら引き離しましょう。少し遠回りになっちゃいますけど、人が多い中での発砲はしないはずですし」
 殺しは無しのはずなのに銃を持ち出すようなのが居る。今はティナを背負ってるんだ、今まで以上に警戒しておかないと、自分が怪我するのは自業自得で構わないが人に怪我させるのは嫌だ。

「大分減ったな」
「でもまだ銃を持ったのは居る」
 そいつを撒きたかったのに撒けてないのか。距離はそれなりに離れているが、見られている気配は消えない。魔物相手じゃなく人間を相手にこんなに神経をすり減らす事になろうとは…………。
「オニサン、日本人? イイ店あるよ」
 撒く為に何度か路地に入った所で何かの客引きに捕まった。外国に行く場合、相手から話しかけてくる相手には要注意ってのを読んだし、どこかの店に行ってる暇なんて無い。というか人を背負ってるやつをどこかに連れて行こうとするなよ。
「いや、俺は――」
「ワタル、かなり集まって来てる」
「っ! 店はどこだ? 六人だ」
「ハイ~、コッチヨー」
「おい、行くのか? 遊んでる暇なんて無いぞ」
「アホか、一時的に身を隠すだけだ。フィオさんの察知能力はかなり高いから奴らをやり過ごしたらすぐに移動だ」
「まぁ、確かにお嬢は凄いよな。まったく、半分はこっちの世界の血が入ってるってのにこの差はなんなんだ」

「ココヨー」
「うっ!?」
 客引きに連れられてきた場所は高級クラブっぽい場所、案内されて店内に入ると爆音が響く。うっせー! 何だこの大音量の音楽、頭がガンガンする。それをものともせず若者が踊ってるけど……駄目だ、酒の臭いもキツくて気分が悪い。ティナは――。
「ティナー! おい、大丈夫か!?」
「ら、らいじょうぶ~」
 全然大丈夫そうじゃない、目ぇ回してるし、フィオも耳を塞いでいる。俺でも辛いんだから感覚の鋭いフィオとティナには堪ったものじゃないだろう。
「こんなに煩かったら外の気配なんて分からない」
 服を引っ張って俺を屈ませたフィオがそう言ってくる。そりゃそうだろう、こんなので建物の外の気配なんか探れるはずない。
「ここ出ましょう、こんなに煩かったら――っ! くぬぁ!」
「きゃあ!?」
 踊っている若者の数人が何かを構えたのに反応して、惧瀞さんを左手で抱えてカウンターに飛び込んだ。げっ!? 店員まで拳銃構えてるんですけど――。
「ぐはっ!?」
 拳銃を向けられている所へ結城さんと遠藤の服の襟を掴んだフィオが跳び蹴りしながら飛んできた。
「助かったぁ~」
「げほっげほっげほっ! 殺す気か! いきなり何すん――っ!?」
 銃声が響き、立ち上がった遠藤の傍にあった酒瓶が割れた。
「おいおいおい! 殺したら賞金貰えねぇのに何撃ってんだよ!? つーか客の殆どが銃構えてやがったぞ、銃規制が厳しいなんて大嘘じゃねーか!」
 どう見ても嵌められたっぽい、逃げ込むつもりが罠に自分たちから飛び込んだ格好だ。連中は酒が入ってネジが抜けているのかガンガン撃ってくる。隠れているから当たりはしないが棚の瓶が割れて酒と一緒に飛んでくる。
「どうすんだよこれ? あいつら無茶苦茶に撃ってきてるぞ、トリガーハッピーかよ…………」
「すみません、自分の判断ミスで…………」
 やるしかないか……見たところ服装は何か対策されているという感じは無い。あれなら――。
「ワタル、私が気絶させてくる」
「いや、素人でも結構な数が居るぞ? それに元々の原因は俺だし」
 店内はそれなりに広く、そこを埋め尽くすくらいの人数が居る。全員ではなくても大半が銃を持っているように見える、それを全部回避なんて出来るのか? 出来ても任せっきりというのはちょっと…………。
「ワタルは人間と戦うの嫌ってる、だから私がやる」
「ちょ――」
「すげぇー、忍者かよ」
 カウンターを出たフィオが壁を駆け上がり、天井を蹴って集団の中に突撃して行った。密集しているのに平気で撃ってる馬鹿が居て、痛みに呻く声や怒鳴る声が聞こえる。あれって仲間同士で撃ち合いしてないか? こっちへ飛んでくる弾が無くなったし――。
「フィオさんおかえりなさい」
 早っ!?
「どうしたんだお嬢、まだ全部気絶してねぇぞ」
「自分たちで殺し合いを始めた。まだこっちを狙ってるのだけ気絶させてきた」
 やっぱり撃ち合いしてんのか……酔ってるせいなのか、ヤバい薬でもやってるのか。どちらにしても今の内に出るのがいいだろう。
「今連絡が来て、少し離れた場所に迎えの車が用意されてるみたいです」
 ようやくこの逃走劇も終わるのか。もう絶対に外国なんて来たくないな。
「ならすぐに行こうぜ、こんな馬鹿騒ぎに付き合ってられるかっての」

 店内に待ち構えていた連中と外で追って来ていた連中は繋がってはいなかったみたいで、店を出ると追手はいなくなっていた。車ともどうにか合流出来て大使館へ向かってもらっている。
「これで日本に帰れますねぇ~」
「もう海外は懲り懲りです」
 たった一日、それなのにかなり疲れた。環境が違うというのもそうだし、こっちの世界の人間を相手にする事になったのも結構ショックだった。フィオとティナも疲れたようで、お互い凭れて眠っている。はぁ、早く日本に帰りたい、今回の事で日本は心底平和なのだと実感した。
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