黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

蜂起

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 鈍色の空、激しく大粒の雨が打ち付け身体を伝う。
「ねぇワタル、一度休憩しましょう。もう丸一日動きっぱなしだし……それに、この雨じゃ血の跡なんて消えているわ。残念だけど今回はここまでよ、また次の機会を――」
 ティナの言う通りだ。気を張って動き続けたせいで疲労もかなり溜まっている。それにこの土砂降り、もう血の跡なんて残っているはずもない。それ以前に辿っていたものが正しい痕跡だったのかも分からない。血の跡を追っている途中で動物が殺されていてそこからは三方に血の跡が分かれこちらを攪乱する為の囮を作っていたようで、外れの方向を捜し続けていた可能性だってある。
「でも…………」
「ワタル、これ以上は無駄。完全に見失ってる。今回の事で自分たちの行動が読まれる事を警戒するだろうからすぐには襲撃は起こらないはず、一度戻った方が良いと思う。その代わり見つけにくくもなるだろうから次は確実に仕留めないと駄目」
 無駄と言い切られてしまうのはキツいが実際そうだろう。フィオはフィオなりに次の行動の為に切り替えた方が良いって言ってくれているだけだ。
「よく考えたら二人ともびしょ濡れだな」
 長い髪は濡れて重くなり肌に貼り付き、先からは雨が伝っている。このまま続けても何も得られないばかりか二人に風を引かせてしまいそうだ。
「そうよぉ~、こんな激しい雨の中うろうろしてたら当然でしょう? ワタルだってびしょ濡れで、こんなだと風邪引いちゃうわよ」
 俺だけならいいが二人に風邪引かせるのは申し訳ないな。あの時全部仕留めていればこんな事には…………。
「はぁーい、暗い顔しない。過ぎた事を悩んでもしょうがないでしょう? 反省はすべきだけど後悔なんてしても仕方ないわ。後悔なんか心に悪いだけよ、切り替えて一旦休みましょ。少し遠いけどここから一番近い町まで跳んでみるから」
 ティナはいたずらっぽく微笑み俺の頬を引っ張って元気づけようとしてくれる。
「雨降ってるのに大丈夫か?」
「視界が悪いから一気に遠くへとはいかないけど大丈夫よ」
「地図だと山を越えて隣の領地の町の方が近いみたいだな」
「ならそこにしましょ、早く濡れた服を何とかしたいわ」

「どうしたってんだいあんたら!? この大雨の中傘もささずに歩き回ってたってのかい!?」
 完全に暗くなってからようやくたどり着いた町の宿屋に行くと、俺たちを見た女将さんが慌ててタオルやら着替えやらを用意してくれた。女の子を雨の中歩き回らせるなんて! と怒られもしたが体が温まるようにと温かい食事まで出してもらったのだから感謝しかない。
「にしてもヴァーンシアで浴衣を着る事になるとは…………」
「あたしゃ異世界の物が好きでね。男でも女でも着るそうだしこういう事がある時に便利だから何着かおいてるんだよ」
「私はこれ楽だから好きよ」
「いやー、それにしても、お嬢さん本当にエルフ? まさかエルフがうちに泊まりに来るなんて思いもしなかったよ」
「ずるずる…………」
「あ、あぁ、ごめんよ。子供用のは傷んじまってたからこの前処分したんだよ」
「子供……これでいい」
「部屋はこの二つでいいかね?」
「あら、一緒に寝るから一つでいいわ」
 さも当然みたいに言うな……女将さんが噂好きなおばちゃんの様な顔をしてるんですが。
「おやおや、そうだったんだね。ふふふ、二人一遍にだなんてお盛んだねお兄ちゃん、しかもこんな美人のエルフさんとお嬢ちゃん」
「ワタルは欲張りだから二人どころじゃないわよ。あと五人いるもの」
「五、人? あっはっはっは、そりゃ凄い、絶倫だね。全員平等に満足させてるのかい? そんなに甲斐性があるようには見えなかったよ」
 笑う所か? 普通ドン引きされそうなんだが、女将さんはツボにハマったらしく大笑いしながらバシバシと肩をたたいてくる。
「え!? ワタルってそうなの?」
 ティナは変なところに食い付いてるし……そんなの知るかよ。
「ぜつりんってなに?」
「気にするな。そして違うから。おやすみなさい」
 不思議そうにしているフィオの背中を押して早々に部屋の中へ退散した。
「はいはい、程々にするんだよ」
 何がだ!? こんな時に何もしないっての。

「う、ん…………外がうるさいな、何騒いでるんだ?」
 起き上がるとサイドテーブルの上に綺麗に畳まれた自分の服を見つけた。
「外の騒ぎが気になるし、出てみるか」
 乾かされた自分の服に着替えると、まだ微睡みの中にいて穏やかな寝息を立ててる二人を残して部屋を出た。随分と騒いでいるが祭りでもあるのか? 声の感じからして魔物が来たとかではないと思うけど…………凄い人集りだ。でも祭りって雰囲気でもないな。
「これってなんの騒ぎなんですか?」
 近くにいたハゲかけのおっさんに聞いてみることにした。
「あぁ、魔物が町に入り込んだんだが偶々居合わせたブラン家のギルス様とその兵士たちが討ち取ったんだ。何匹か逃げたらしいんだが、見てたやつが言うには相当に怯えて逃げていったらしいからもう来ないだろう。そんな不安そうな顔をしなくていい」
「討ち取った?」
 ブラン家が操って村々を襲わせてたんじゃないのか? もう用済みって事で証拠隠滅もかねて処分した?
「ああ、ほら、向こうに死骸が並べてある」
 おっさんが人集りの奥の方を指差した。人集りのせいで確認は出来ないがその方向から確かに何度も嗅いだ事のある嫌な血の臭いが漂ってきている。人を掻き分け臭いの元まで辿り着くと数体の魔物の首と胴体が転がっていた。全てオークのようだ。意趣返しのつもりなのか見た事のある解体のされ方をしている。
「おい、お前さん魔物の首なんて凝視してどうしたんだ?」
 魔物の死骸を確認していると老人に話しかけられた。魔物の顔なんて覚えていないが、指示を出していた額に傷がある奴だけは覚えていたからその確認にと思ったが、奴の首はこの中には無いようだ。
「いえ、少し珍しかったので――」
「皆聞いてほしい。先日国王が崩御され今はソフィア姫が代理をなさっていおり王位を継ぐのも彼女だとされている。だがお前たち民は本当にそれでいいのか? このような魔物をいつまでも討てずのさばらせ多くの民に被害を出した。そんな無能な姫とそれに仕える騎士団などに国を任せていいのか? 僕はそんな王は認められない、国を、民を守る為、この僕ギルス・ブランが王として立てばこのような事は二度と起こさせない。下劣な魔物などはこの国から一掃してみせる」
 赤髪赤目の男が魔物の死骸に剣を突き立て突然選挙演説のような事を口にし始めた。今あの男が言った崩御って、王様が死んだって事か? 王都を出て数日の間にか? それほど病状が悪かったのか。知らない間にこの国の状況も変わってきている。
「そうだーっ。俺も世間知らずな姫様なんか認めない、俺たちの王様として相応しいのはギルス様だ!」
「そうだっ、役立たずの騎士団なんか必要ない! ギルス様の優秀な兵団がいればいいんだ」
 誘導され煽られて溜まっていた魔物への恐怖が一気に噴き出しているような光景だった。人々が次々に姫さんや騎士団を批判し罵倒している。これのパフォーマンスの為にこの町に魔物を入り込ませ討伐したのか? ここは王都から離れているが王都はどうなっている? まさか御膝元で暴動なんて起こるはずはないが――。
「っと、すいません」
 人集りから後退って宿に戻ろうとしたところで兵士にぶつかった。
「っ!? いや、こちらこそ、騒ぎのせいで前を見ていなかった」
「ん?」
「用があるので失礼する」
 今の兵士、額に大きな傷があったな……まるであのオークの様な。魔物が人間に化けている、とか? んなわけないか、馬鹿な事考えてないでさっさと二人を起こして王都に戻ってこの騒ぎを報告した方が良いだろう。

「二人とも起きろ、すぐに王都に戻るぞ」
「ん~、まだ眠いわ~」
「王都に着いたら好きなだけ寝ていいから今は起きてくれ」
「んっ」
「んってなんだよ」
 目を閉じたティナが唇を突き出している。これってあれですか? おはようのキスをしろ的な…………。
「キスしてくれたら起きるわ」
 やっぱし…………ティナとのキスは何度か経験あるが、自分からしたのは酔って記憶のない時のみ。するのか? 今ここで? ……とか悩んでる場合じゃないんだよな。そう考え眠ったままのフィオを抱き起してティナの顔へと押し当てた。
「ん~……ちゅ、ん……って!? フィオじゃない。なんでフィオとキスさせてるのよ!」
 う~ん、これはこれで、百合というのもなかなか…………。
「んぁ?」
 ティナが騒ぐからフィオも起きたようだ。フィオにとって目覚めのキスになったようで丁度良かった。
「いやキスしろって言うから」
「だからなんでフィオなのよ!」
「俺が、とは言ってなかったろ。それだけ騒げるなら目も覚めたろ、早く着替えて出発するぞ。ほらフィオも、目を覚ませー」
「んぅ…………はぐっ」
 寝ぼけまなこのフィオが手を伸ばし肩を揺すっていた俺にしがみ付き右肩に噛み付いて来た。
「ああ~!? なんで私にはキスしてくれなかったのにフィオとそんな事してるのよ! 私もするわ」
「うわっ、ちょ――ふざけてる場合じゃないってのに」
 ティナが俺の背中に乗って空いた左肩へ甘噛みを繰り返している。乗られたせいでフィオを押し倒すような形になってしまった。うぅ、なんでこいつらこんなに良い匂いがするんだ。フィオからはミルクの様な甘い匂いが、ティナからは柑橘系のような爽やかな匂いがしている。
「だーっ、もうやめろ。ホントに急ぐんだって――」
「しょうがないわね~、ちゅっ、頬でもいいから次はワタルからしてね」
 不意打ちで唇を重ねた後にウインクしてそんな事を言ってくる。俺絶対顔が真っ赤になってるな。
「……善処する」
「ふふっ、真っ赤になっちゃって、かーわい」
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