黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

霧の都

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「それで、ワタルはその兵士とオークが似てると思ったのね?」
「似てるというか、同じような位置に傷があるな、と」
「他に何か一致する特徴はなかった? 若しくは何か違和感の様なものは?」
「何かって言われても、魔物の面だし傷が特徴的だった事くらいしか……そういえば、攻撃の重さがオークの割りに軽かったりゴブリンなのに重い一撃だった事とかかな」
「そう…………」
「ティナ?」
 王都に戻る途中町であった事を話していると、オークと似たような傷のある兵士の話についてティナが聞いて来て話し終えると何やら考え込み始めた――。
「って!? ティナ落ちる落ちる!」
「ちゃんと見てるわよ。私が一体どれだけの時間この能力と付き合って来たと思ってるの? もう少し信頼してほしいわ」
「ならもう少し早めにやってくれ、心臓に悪いっての」
「ねぇワタル、今の兵士の話だけどその兵士が魔物の正体かもしれないわ」
「は? それってどういう――」
「擬装能力というのがるのよ。自分の思い描いた姿に化ける事の出来る能力、その兵士か仲間がそれを持ってた可能性があるわ。外見的には別の存在になるけれどそう見えるというだけで中身はそのままだから攻撃の重さに違和感が出るのは合っているし、能力の練度が低いと元の姿の特徴が現れる事があるっていうのも聞いた事があるの」
「その能力は自分の姿だけ変えられるのか?」
「私が知っているのはそうだけど、人間だけの変わった能力だって存在しているから自分以外、複数人の姿を擬装する事だって出来る可能性があるわ。それと、わざわざ死体を回収して行ったのは能力解除後に人の姿を晒して証拠としない為だったんじゃないかしら」
「じゃあなにか? 俺は村を潰して回ってる奴を前にして何もせず逃したのか?」
「それは……能力について知らなかったのだし」
「今すぐ戻って捕まえるのは」
「無理、でしょうね。もし擬装能力を持った者たちで犯人ならワタルに気付いて既に身を隠しているでしょうし、傷の男しか覚えていないんでしょう?」
「クソッ」
 でも確かにティナが言う能力なら魔物の姿で村を襲い、人の姿で移動するんだから陣だって使えるし網を張ってたって捕まるはずもないし神出鬼没にもなる、か。
「あぁ~……もっと早くティナに話してれば…………」
「そんなに落ち込まないで、今分かっただけでもよかったじゃない。短期間に国の端から端へと移動したりしていたという事は陣を使っていたんでしょうからそれは使えなくなるでしょうし対策だって考えられるわ」
 ティナはこう言って励ましてくれたが、自分のミスで落ち込んだ気が晴れる事はなかった。

 俺たちが王都に戻る頃にはあの町での騒ぎが他へ波及しドラウトの東側は実質ギルス派が支配するようになり、王都のある西側と分断されてしまっている。東西の境目では散発的に小競り合いが発生するようにすらなっている。今までの騎士団の功績を信じ、慕った先王の娘を信じる者、噂に踊らされ騎士団と姫さんに見切りをつけ国を守る為にギルスを王にと声を上げる者、どちらとも決めかねて揺れる者、君主の代替わりという節目を迎えこの国はとても不安定になっている。
「姫様、王位にお就きください。王が決まればこの騒乱も収まります」
「だって……わたくし国を導く自信なんてないもの、至らぬところばかりで……ギルスの方が優秀です。だから民だってこんな騒ぎを起こして――」
「至らぬなら学んでゆけばいいのです。それに全てをお一人でなさる必要はありません、王の側に控え輔弼する為に我らがいるのです。ここに居る皆は姫様の味方です、ですから――」
わたくしには無理ですっ」
 姫さんは大臣たちの視線から逃げるように会議室を後にした。まだ十七歳だもんなぁ、あの歳で国を背負えとか言われたらああなるよなぁ。何か野心があればまた違うだろうけど、そんなのあったらこの人たちが王になってくれとは言わないか。
「追いかけた方が良いんじゃないのか?」
「国王様が崩御されて間もないからまだ気持ちの整理がつかないんだと思う。もう少し時間があれば……状況がそれを許してくれないのが悩みの種だけど」
「実際どうするんだ? 姫さんがあの調子だと王に据えてはい解決とはいかないだろ。そもそも王様ってどうやってなるんだ?」
「この国では蒼昊宮って所で戴冠式を行う事で国内外からドラウトの王と認められるらしいんだ」
「蒼昊宮ってのは?」
「この国の中央にある大きな湖の中心にある青水晶で出来た神殿の事だ」
「うへぇ~、王城以外にも水晶で出来た建物があるのかよ……ん? それだとギルスが先にそこで戴冠式をしたらあいつが王様になるのか?」
「国王の証の王冠はこの王城にあるから戴冠式の行いようがないけどね。逆に蒼昊宮は押さえられてしまっているからソフィアが戴冠式を行うには蒼昊宮を取り戻す必要がある」
「ギルスの兵隊が虐殺を繰り返していた魔物の正体だって公表するのは、駄目か? ギルス派の民をこっちに取り込めるんじゃないか?」
「証拠が無いのに?」
「…………」
「別に航が見た物やティナさんとナハトさんに教えてもらった能力についての情報を疑ってるわけじゃない。でも証拠を提示できない以上水掛け論になって終わる。人は信じたいものを信じて都合の悪い事には目を瞑るから。ただ、能力者を捕らえ公表する事が出来ればソフィアが即位を反対する者は居なくなる。だから当面は能力者の捕縛と蒼昊宮の奪還が目標になるかな、それらが済むまでにソフィアの気持ちが決まると一番いいんだけど」
 王の証はこちらにあって戴冠式を行う場所は敵が押さえている、悪評を晴らす為の材料がはっきりしてもどこに居るのか分からない、と…………めんどくさい状況だな。相手が王位を諦めず、姫さんを王に据えようとすれば人間との戦いは避けられないか――。
「ん? なんだ?」
 俺の隣にとことこっとやってきたフィオに頬を摘ままれた。
「心配しなくても敵は私が倒す」
 こんな事を言うって事は俺は不安げな顔でもしてたんだろうか……こいつはいつも俺を心配してくれるな。そう思うと無性に撫でたくなってくしゃくしゃとフィオの頭を撫で回した。
「はぁ……お前こそ心配し過ぎだ。大丈夫だ、もう躊躇わないし怯えもしない。魔物に見えてたとはいえ斬っちゃってるしな。あいつらのやった事は許せない事だし怒りだって感じてるんだ。だからどうにかしたいって気持ちがあるし、それに戦う事をフィオ任せにするのは嫌なんだよ」
「どうして? ワタルの為ならいくらだって戦ってあげるのに」
「それだよ」
「? どれ?」
「フィオには戦いとかよりもっと楽しい事とか幸せな事とか――なんだ?」
「私は幸せ」
 フィオは俺の腰に手を回してしがみ付き、その手に力を込めながらこちらを見上げほにゃっと顔をほころばせてそう言った。本当に幸せそうに笑ってくれてるのは嬉しいが、俺が言いたかったのはもっと色んな経験をしてほしいって事で…………ダメだ……こいつ可愛すぎてヤバい。心をぎゅっと掴まれているみたいだ。
「航顔が蕩けてるぞ」
「いや、だってこれ可愛すぎるだろ。ニヤけてるのは分かってるが全然直せそうにないぞ」
「はいはい。それは分かったから、そういうのは他所でやってくれ」
 呆れ顔の天明に邪魔だと追い出されてしまった。

 姫さんの気持ちが落ち着くまで少しの間待つという事になり、今日までの間小競り合いこそあれど大きな衝突も無く被害も少なかったが――。
「来たか」
「でしょうね。この霧、あの村を覆っていた物と同じだと思うわ」
 王冠を奪いに来たか、王位継承権のある姫さんを排除する為に来たのか、王都に入り込めたって事は姿を変えてる可能性が高い、擬装能力者を捕らえてこの争いを終わらせてやる。
「室内にまでとは恐れ入るな。これだけ視界がないとティナの能力は本当に役立たずだな」
「うるさいわね。ナハトだってこんな視界の悪い状態だと何を燃やすか分からないんだから能力は使えないじゃない」
 互いの姿も見え辛い中ティナとナハトの言い合いが聞こえる。こいつらはほっといてどうにか王城へ――。
「どうかな、こうすれば霧を払えない事も無いぞ」
「うわっぁつ!? 部屋の中で炎なんて出すなよ! ……霧が、消えてる」
「炎を消すとまた霧が広がるが、一時的になら自分の周りくらいならこれで対処出来る、これで犯人を捜せるだろう?」
「ナハト凄いぞ」
「っ! そ、そうか? まぁ、私はワタルの役に立ちたいと思ってるからこれくらいなら任せてくれ」
「むぅ~、いつもは私の能力の方が役に立ってるのに」
「何があるか分からないからティナとミシャは留守番してリオとティアを守ってくれ、俺とナハトは王城、フィオは町の外の警戒を頼めるか?」
「ええーっ、私は留守番なの?」
「旦那様の頼みとあれば二人を絶対に守りぬくのじゃ」
「よろしくお願いしますね、ミシャちゃん」
「うむ、任せるのじゃ。ティナも拗ねてないで自分の妹くらい守るのじゃ」
「分かったわ、今回はお留守番してあげる。だからナハトはワタルが危ない事しないようにしっかりと見ててよ」
 俺は何するにも危なっかしいガキかよ…………。
「当然だ。私ほどワタルの事を見ている者などいない程見ているから心配するな」
「それはないわね」
「ないのじゃ」
「ない」
「何だかんだでみんなワタルの事よく見てますからね」
「変な事で張り合ってないで行くぞ!」

 王都には能力の使用を無効化する事の出来る能力者もいるが、その効果範囲内に対象を捉えないと無効化出来ない上に効果範囲があまり広くないしこの濃霧だから能力者捉える事が出来ていないんだろう。
「チッ」
「死んでいるな」
 ナハトに周囲の霧を払ってもらいながら王城に辿り着くと門兵が血を流して倒れていた。確認するのも不要なほど無残に胸を斬り裂かれている。
「既に王城にまで入り込んでるか。姫さんの傍には天明が居るから大丈夫だとは思うが、急ごう。まず姫さんに合流する」
「了解だ」
 城門を潜り水晶宮に入り込んだが、外と同様に城の中も濃霧で満ちている。ナハトが一緒でなければここまでスムーズに移動する事なんて出来なかっただろう。
「流石に城内では火力を抑えざるを得ないから廊下の先は見通せないな――っと」
「うわっ!? っ! た、助けてください。姫様の部屋から剣戟の音が止まないのです。恐らくタカアキ団長もこの霧で苦戦されておられるんです。急いで加勢に向かってください」
 城に来た時によく顔を合わせる柔らかい雰囲気の兵士、のはずだったが、今は血の臭いと殺気を纏っている。
「ああ、分かった――って言う訳ないだろ」
「っ!? くっ、がぁあああああっ!?」
 俺とナハトが背を向けたところへ剣を振り上げていた兵士に電撃を放って気絶してもらった。斬りかかってきたって事は敵なんだろう。城の兵士と同じ姿に見えるが擬装で姿を変えているだけなんだろう。
「騙したいならもっと殺気を抑えろっての、怪我もしてないのに濃い血の臭いがしてたら誰だって怪しむっての……縛るもんなんか持ってないし……ナハト、こいつの籠手とグリーブ溶接出来るか?」
「こうか?」
「ぶふっ……あ、ああ、それでいい」
 籠手は籠手で後ろ手に溶接してグリーブは足を動かせないようになればよかったんだがナハトは全部纏めて溶接してしまった。おかげで賊は海老反りになって手の甲を踵に付ける格好で固定されてしまっている。
「っと、戦ってるのは本当らしいな」
 上の階から聞こえる剣戟音を辿ってナハトに先導してもらいながら進む。途中何人か血を流して倒れていたが、全員死んでいた。城の中でまでこんな血の臭いを嗅ぐ事になるとは思わなかった。
「きゃぁあああああっ!?」
「姫さんの声!? 天明は一緒じゃないのか!?」
 反射的に走り出し、声のした部屋へ辿り着くと倒れ伏した天明に泣いて縋りつく姫さんに向かって賊が剣を振り下ろすところだった。刹那に姫さんと賊の間に入り込み剣を受け止め弾き返した。ギリギリだった、あと少し遅れていれば姫さんの身体は血に染まっていただろう。なんで天明は倒れてるんだ? 血を流している様には見えないが、生きているのか?
「っ! この、失せろっ――チッ」
 賊は放った電撃を紙一重で躱し濃霧の中へ逃げ込み姿を隠した。
「ワタル、急に飛び出すな――これは…………」
「分からん」
「タカアキっ、タカアキっ!」
「姫さんこの部屋には他に誰かいるか?」
「タカアキ、タカアキっ、タカアキっ!」
「っ、ソフィア!」
「っ!?」
 怒鳴りつけると息を呑み、ようやくこちらに気付いたように俺を見た。ぽろぽろと涙を零し、何かを言おうとしているが声にならず酸欠に喘ぐように口を開くばかりだ。天明の事で相当動揺しているんだろう、そんな状態の相手を怒鳴りつけたのはマズったかとも思ったが――。
「ここに居る味方は姫さんと天明の二人だけか? 首を振ってくれればいい」
 答えはイエス、他にこの部屋には味方は居ない、なら――。
「ナハト、霧ごと全て焼き払えっ」
「! いくぞっ!」
 目の前の霧が一気に晴れるのと同時に全身を焼くような爆風が吹き付けて来た。炎が爆ぜるまでの僅かな間に窓ガラスを破る音がした。賊は焼かれる前に逃げ出したらしい。
「私が追う、ワタルは二人を見てやってくれ」
 そう言ってナハトは窓から飛び出し賊を追ってくれた。
「天明…………」
「わた、る…………」
「! 生きてるじゃないか、ビビらせんなよ」
「ぐ、ぅ……はぁ、はぁ……微妙なところだけどな」
「タカアキっ! ごめんなさい、わたくしのせいでこんな」
「ソフィアのせいじゃないよ」
「何があった? ――ん? これ、針?」
 天明の傍にしゃがみ込むと床には大量の針が散らばっていた。天明はこれでやられたのか?
「毒針らしい。普通の人間なら一刺しで死ぬらしいんだけど、身体強化の能力のおかげでギリギリ生きてる」
「ごめんなさい、ごめんなさい。わたくしを庇ったせいで……死なないでタカアキ、私を一人にしないで」
「ああ、死なないよ。まだ死ねない。でも、ソフィアの護衛はしばらく出来そうにない、だから航、ソフィアを守ってほしい。頼めるか?」
「心配しなくても守ってやる。だからさっさと治せ」
「そうか、なら、安心だ…………」
 俺の守るという言葉を聞くとふっと笑い天明は気を失った。
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