黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

決意

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「蒼昊宮へ向かいます」
 天明が毒に倒れてから数日、ずっと天明の傍で泣いていた姫さんが病室から出て来て開口一番決意に満ちた表情でそう言った。ずっと泣き濡れていたせいで涙の跡が残っているが瞳には力が宿っているように見える。天明はあれから毒による熱で魘されてばかりだったはずだが、何か話せたんだろうか?
「ひ、姫様、今なんと?」
「ですから、私が王位に就きます。蒼昊宮を取り戻し戴冠式を行います。ワタル、あなた達にも協力をお願いしたいのですけど」
「天明と約束したし協力させてもらいます」
「ありがとう。アルア、あなたがタカアキの代理として騎士団を纏めてください。皆には私と共に蒼昊宮へ向かってもらいます」
「はい――ぃい!? いえ、あの、一緒にですか? 姫様は蒼昊宮奪還後にいらした方がよろしいのでは? 蒼昊宮周辺はギルス派に占拠されていますので確実に戦闘になりますが…………」
「今回の襲撃で私の命と王冠が狙われたのです。奪取された王冠は町の外に居たフィオが、私の事はタカアキとその友人が守ってくれましたが、私と王の証が動くとなればギルスたちも無視できないでしょう? 精鋭を差し向け今一度襲ってくるはずです。向かってくる者たちを捕えギルスたちの非道を白日の下に晒します」
 王位を争ってる相手が戴冠式を行う為に動けばそりゃあ無視は出来ないだろうし擬装能力者が出てくる可能性もあるけど……捕えるとなるとなかなか厄介だ。溶接して捕えていた兵士は殺されていたし、ナハトが追った賊は逃げられないと悟って自害して今は生死の淵を彷徨っているし、ギルス側は情報を与えないように徹底しているようだった。
「危険です。姫様を囮にするなど、姫様にもしもの事があれば王家の血筋はブラン家とルイズ家になり王位はギルスのものになってしまうかもしれないのですぞ」
「大丈夫です。私には騎士団も、タカアキが信頼している友人も付いていてくれます。それに当事者である私が何もせず安穏と待っているわけにはいきません。これ以上傷付き倒れる者が増える前に、早急に王位に就きこの争いを治めなければならないのです」
「…………分かりました、我らもお供致します。アルアよ、姫様の身を危険に晒す事は何があっても許さぬぞ」
「心得ております。必ずや姫様をお守りし女王と共に戻ってまいりましょう」
 こうして数日後に蒼昊宮奪還が敢行される事となった。

「この町から北上して湖を目指す。毒に倒れたタカアキ団長の為にも我らが必ず姫様を守り抜くのだっ!」
 湖に近い町へ陣で移動し、いよいよ出発という段で皆を奮起させる為アルアが高らかに叫ぶ。
『おぉおおおおおーっ!』
 天明を慕って騎士団に入った人間が多いだけにアルアのこの鼓舞はかなりの効果があるようだ。鬨の声は空気を震わせ町中に響き渡り、その振動がビリビリと身体を突き抜けていく感じがする。
「ワタル、気を付けてくださいね」
 リオが少し不安げな表情を浮かべて手を握ってきた。パニックになった姫さんを庇っての不意打ちだったとはいえ天明が毒に倒れたという事でそれを懸念してるみたいだ。
「あ~、うん。いってきます」
「無事に帰ってきてください」
 両手で俺の右手を包み込み胸に抱いて祈る様な仕草をしている。それだけ不安にさせているって事だよな、どうにか安心させたいけど。
「ちゃんとみんなで帰ってくるよ」
 ありきたりな事しか言えねー……情けない。
「はい、待ってますね――」
「キサラギワタル、出発だぞっ。作戦通り君と君の仲間たちはソフィアと大臣たちの護衛を頼む」
「騎士団が湖周辺に布陣している敵兵を引き付けている間に俺たちは戦場を抜けて蒼昊宮へ乗り込んで制圧、すぐに戴冠式を行い王が決まった事を知らせる事で争いを治める、だったか」
「そちらの人員が少ないが実力を考えれば制圧は可能だろう?」
「相手側の覚醒者次第なところもあるけど、まぁ大丈夫だろ。ちゃっちゃと終わらせて天明に報告しに行ってやろう」
 町を出発して街道を進み湖を目指す。ギルス派の非道の情報が行き渡っている事と天明が倒された事が腹に据えかねる者が多いようで、皆が高い士気を維持したまま新たな女王の為にと雄々しく進む。馬車の屋根の上でカタカタと揺られ、休憩を挟みつつ進軍して三日目、太陽が中天に昇りきった頃偵察に出ていた隊が湖前の平原に布陣している敵を発見したと報告が入った。
「君たちはソフィアと大臣たちを連れ蒼昊宮を目指してくれ」
「蒼昊宮は湖の真ん中にあるんだろ? 船とかがあるのか?」
「いや、湖岸から真っ直ぐに石橋が掛かっているからそれを使えばいいんだが……蒼昊宮にも勿論敵は控えているはず、向かう途中弓による集中攻撃を受ける事になる可能性が――」
「そこは私に任せてくれて問題無い。炎の傘で全て焼き落すしティナの能力でワタルたちに先行してもらえば弓兵を倒す事も容易だろう」
 不安を漏らすアルアの肩をナハトが叩いて元気づけている。
「ありがとうございます。本来ならばこのような事にナハト様やティナ様にご協力頂くのは――」
「気にするな。私もティナもワタルがする事に協力したいだけなんだ。だから立場の事など気にする事はない」
 …………今更だが偉い立場の二人を連れ回してるなぁ俺。ティナには能力で相当世話になってるし……色々してもらってお返し無しってのはマズいかな。
「……では僕たちはそろそろ出発します。頃合いを見て戦場を抜けてください」
 俺にジト目を向けアルアは兵たちに指示を出しに行った。

 アルアが率いる騎士団とギルス派の兵士たちとの戦闘が開始され戦場が左へ移動し始めたのを見計らい目立たないように戦場の右側を馬車で駆け抜ける。それでも気付く者は居るようでいくらか矢が飛んでくる。電撃や炎で目立つ事を避ける為飛来するそれらを剣で叩き落す。
「はあっ!」
 ナハトが抜刀し横薙ぎの一閃で数本の矢を切り裂いた。
「おぉ~、ナハト凄いな。なんか抜刀術がさまになってる、カッコよかった」
「ほ、本当か? ふ、ふふふふふ、このくらい私にかかればいくらだって切り落としてみせるぞ!」
 ナハトのやる気スイッチを押したらしい。飛来する矢をばっさばっさと切り落としていく。ぶつ切りにするんじゃなく全部縦に切り裂いてるんだよな。俺自身はそんな器用な事出来ないから鏃の辺りを切り飛ばし弾いていく。
「旦那様、妾とて同じ事をしておるのじゃ。妾の事も褒めてもよいのじゃぞ?}
「いやいや、矢を全部縦に裂いてるのと居合いが凄いなって話、で! っと、慣れてきたけどいつまで続くんだ。気付いた騎士団の人が弓兵を倒そうとしてくれてるけど混戦状態で上手くいってないし」
「縦に裂くくらい妾だって出来るのじゃ。どうじゃ、綺麗に裂けたのじゃ――ふにゃん!? ななななな、何故いきなり抱き寄せておるのじゃ」
「切った矢を見せるのに夢中になってて今当たりそうだったんだ。凄いのは分かったからこっちに集中してくれ! 怪我したりしたら嫌だぞ」
 ドヤ顔をしてこっちを向いて戦場へ背中を向けてたせいで真っ直ぐにミシャ目掛けて飛んできた一本に気付いていなかった。
「ふにゅぅ、気を付けるのじゃ…………」
 怒鳴ったせいで少しへこませてしまったらしい。
「なんで私が褒められたのにミシャがそんなご褒美みたいな事になってるんだ! 抱くなら私を抱け」
 こんな時に何言ってんだ!? 文句を言いつつも手は止めず矢を切り落としていってる。この辺は戦い慣れてるかどうかの差だろう、ミシャは動きは凄いが実際に戦闘に出た事は無いと言ってたし――。
「橋が見えてきました! 橋の前に敵兵が数名!」
 御者の叫びで道の先を見ると兵士数名と拒馬が設置されて進路を塞いでいた。
「任せろ」
 剣先から電撃を迸らせ道の先に居る敵兵と拒馬を撃ち抜き薙ぎ倒していく。
「進路が開けた! このまま一気に蒼昊宮へ飛ばします、振り落とされないように注意してください」
 蹄が石橋を蹴り水の上にある一本道を進む。目指すは湖の中央にある神殿、その巨大で荘厳な姿はまだ湖の端の方だというのに確認できる。陽の光を反射し蒼く輝く神殿の形はどことなくギリシアの神殿に似た雰囲気がある。
「ティナ、そろそろ頼む。先行して敵を掃除しておきたい」
 馬車の屋根から中を覗き込みティナにそう伝える。危険は早めに排除しておかなければならない。
「分かったわ、行きましょう」
「フィオ達は姫さんたちの事頼むな」
「ん」
「ワタル、よろしくお願いします」
「了解しました」
 姫さんの言葉に頷いた後、ティナの能力で空間を裂き空を跳ぶ。足元の空間を切りそこへ落ちるように入り込む感覚には未だ慣れないが移動に関しては心強い。あっという間に中島の上空に辿り着き神殿の屋根に下り立つ。予想通り橋の掛かっている岸には無数の弓兵が待機している。ここから一気に電撃を降らせて――。
「掃討完了っと、あとは神殿内の確認を――ぐぉ!?」
「ワタル!?」
 突然何かに体を引っ張られ宙に放り出され屋根から引き摺り落とされた。屋根から落ちる場際に咄嗟にティナが手を伸ばしたが引っ張られる力が異様に強く、ティナまで巻き込みそうだったからその手を撥ね退けた。かろうじて受身を取り落下の衝撃を殺そうとゴロゴロと転がるが、神殿の高い屋根から地面へと叩き付けられた衝撃が全身を支配している。
「う、ぐぅ…………」
 呻きが漏れる。痛みは酷いが手は動く、脚も動く、俺はまだ動ける。
「あの高さから勢いよく叩き付けられても生きているか、能力だけの男かと思っていたがそうでもないらしい。まぁ、これですぐに死ぬが」
 神殿の脇に生えている木の陰から茶髪で長身痩躯の男が現れ大量の針を空中に撒いたかと思うと、それらは一直線に俺の居る場所目掛けて降り注いだ。雨のように降り注ぐそれを黒雷の障壁で融解させることで防ぐ、天明は毒針で倒れたんだ、それをやった敵の仲間が針を使うなら同じものとして警戒しないといけない。俺は天明みたいに超人じゃないから一刺しで本当に即死してしまう。
「ワタル!」
「来るなっ、これくらいなら障壁で防げる。一刺しで即死の毒だ、ティナは安全な場所に――」
「他人の心配をしている場合か?」
「っ!? がはっ!?」
 針の雨を全て融解させ防ぎ切ったのも束の間、背後から声がした瞬間全身を圧し潰すかのような負荷が掛かり地面へ押し付けられた。なんだこれは? 全身が、重い。俺にかかる重力だけが何倍にも増しているかのようだ。押し付けられた顔をぎりぎりと後ろへ向けると太陽の様な色の髪をした男が地面へ圧し潰された事で集中が切れ障壁が消失した隙を突いて剣を突き立てようとしていた。
「あっけなかったな――」
「そんな簡単に死んでやれるかっ!」
 ギリギリで剣を構えどうにか一撃は防いだが、しかしこれは……寝返りを打ち構えた剣の剣先は地面に刺さった状態で刃は押し込む相手の力と先程から掛かる何らかの負荷でギロチンの如く自分の首に迫ってくる。
「あと少しだ」
「それはどうか――ぐっ!?」
 電撃を迸らせ感電させてしまおうとした刹那、今度は何かに弾かれたように身体を飛ばされ神殿の柱に背中を打ち付けられた。今のは、茶髪の男の方の能力か……投げた針を操っていた事なんかから考えてアルアと同じ念動力使いってところか、もう一人のオレンジ頭は急激に身体が重くなったし重力操作だろうか?
「あと少しで仕留められたのに何してくれてんだ」
「それは悪かったな、感電したいとは知らなかった」
「ジード、仲間を守るのは構わないが蒼昊宮に傷がつくような戦い方は止めろ。ここは僕が戴冠式を行うのに必要なんだ。もうすぐ王冠も届くはずだからね」
 巨大な柱の間からギルスが現れこちらを見下した視線を送ってきている。
「他人の国の問題によくもこれだけ首を突っ込めるものだ。タカアキといい貴様といい異界者というのは理解に苦しむ。恥ずかしくはないのか?」
「恥ずかしくないね、国民殺しまくったくせに偉そうに演説して王になろうとしてるお前の方が恥ずかしい。っ!?」
 ギルスを感電させて終わらせようと電撃を放つと、奴の持つ剣によって俺の電撃が切り裂かれた。
「化け物が来るというのだ、対策くらいしていて当然だろう?」
 ギルスが持つ剣や着ている鎧には赤い紋様が浮かんでいる。どうやらただの装飾ではなかったらしい、だが――。
「なら手加減無しだ。悪いが姫さんの裁きを待たずに死ね」
「っ!? 雷への耐性に特化させた装備を揃えても尚身体に痛みが走るか、化け物め! こいつの動きを封じろ! 押さえ込んで首を刎ねる」
 加減無しの黒雷でも剣で弾き飛ばしたが、今度は触れた瞬間に感電したようだ。フィオのガントレットほど完璧な物じゃないようだ。それでも動きが鈍る程度のダメージにしかなっていないようだ――また来た、全身を押さえ付けるような負荷。
「私のワタルに何してくれてるのよっ!」 
「ひぎゃぁああああああああああっ!? 腕、腕が、腕があああああっ!?」
 オレンジ頭の頭上の空間を切り裂き現れたティナが奴の右腕を回転しながら切り飛ばした。
「その傷だと能力の使用に集中出来ないでしょう? 終わるまで大人しくしていなさい」
「死ね」
 ジードと呼ばれていた男がもう一度空中に針を撒き散らしそれらをティナ目掛けて射出した。蜂が敵を追うかの如くティナに迫るそれを黒雷で消失させた。その隙にティナがジードの後ろに回り込みその身体を斬り捨てた。
「ワタルや私に物騒な物を向けた報いよ」
「僕の手駒を……邪魔をして、奴隷種族め」
「っ! おい、今何て言った」
「おぐっ!?」
 ティナを侮蔑する言葉を聞いた瞬間、驚くほどの速さでギルスの首を掴み締め上げた。自分へ向けられた言葉なら苛立ちはするが流す事も出来る、でも大切な人に向けられたそれは我慢ならなかった。
「下民風情が、王族の血を引く僕に手を掛ける――がぁぁあああああっ!?」
 怒りから本気で電撃を放っているというのにさして効果がない。痛みは感じているようだが、気絶にも絶命にも至らない。
「取り消せ」
「?」
「さっきの言葉を取り消して謝罪しろ」
「そんな必要は――ふっ、くっくっくあっははははははは、遂に来た。さあその手を離せ下民」
 追い詰められて気でも狂ったか? …………民を虐殺して王になろうって奴だから元々狂ってはいるだろうが、何を見てる? 俺の後ろの……橋? 馬車が到着した。兵は倒した、能力者二人も戦闘不能、この状況でなんで笑っているんだ?
「ギルス様を解放してもらおうか」
 馬車から現れたのは姫さんの首筋にナイフを当てたニタニタと笑う天明だった。
「たか、あき? ……じゃないな。擬装能力者か」
「おや、やはり気付いていたか。それにしても、くっくっく、姫を守る騎士が姫に刃を向けているとは滑稽じゃないか。さあこの手を放せ、汚らわしい下民が! 抵抗すればソフィアが今すぐに死ぬ事になるぞ。二人とも剣を捨てろ」
 ティナに目配せするが、擬装能力者もティナには気付いていて警戒しているから無理だと目を伏せられた。今は放すしかない、か。力を抜くとギルスは手を払い距離を取った。
「フィオ達はどうした? お前なんかに倒せるとは思えないが」
「フィオ? あの化け物じみた小娘達か? 橋の中程で別の者と戦っている。この姿で姫を先に連れて行くと言ったらあっさり信じて引き渡してくれたぞ」
 天明の顔で嫌な笑みを浮かべた擬装能力者が姫さんにナイフを突きつけ片手に王冠を持ってギルスの元へ向かって行く。
「ごめんなさい。私が信じてしまったせいで」
 泣きながら謝る姫さんの顔には数発殴られたような痕があった。天明が元気になって手伝いに来てくれたと喜んだのを裏切られてどれだけ辛かったか…………。
「どうぞギルス様、王冠と王女の命をお持ちしました」
「ようやくだ……即位の記念だ、『タカアキ』に君を殺してもらうとしよう」
「仰せのま――」
「それはお断りしますよ」
 姫さんに凶刃が迫った刹那に姫さんたちの元に疾風が突き抜け姫さんを攫った。今度こそ、今度こそ本物の天明が姫さんを抱いて立っている。
「航、今のは危なかったぞ。約束は守ってくれよ」
「そりゃ悪かったな。これで許してく・れ!」
『ぎゃぁぁぁあああっ!?』
 人質が奪われた事に混乱しているギルスたちに電撃を放ち擬装能力者を昏倒させた。ギルスの方は装備品の効果でやはりまだ動いている。
「何故あいつがここに……毒で死にかけていたはずじゃ」
「お前も寝てろ!」
 電撃で駄目ならと渾身の力で踵をギルスの脳天に落とすと動かなくなった。これであとは戴冠式を済ませてようやく終わりだ。
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