黒の瞳の覚醒者

一条光

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八章~臆病な姫と騎士の盟約~

永久に

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「なんでこんな事してるんだか…………」
「だって気になるじゃない」
 青水晶の柱の陰に隠れ楽しそうにティナがニヤニヤしながら奥の方へ視線を向けている。戴冠式を終え、王が即位した事とギルスのしてきた事を晒す事で争いを治め、あとは王都に戻り民へ御触れを出すだけのとなり大臣たちは早々に引き上げた後の蒼昊宮、緊張した面持ちの姫さん――じゃなかったソフィア女王と女王の真剣な雰囲気を察してその言葉を待つ天明が向かい合っている。
「趣味の悪い、こういうのは二人きりにしておくべきだと私は思うが」
「とか言いつつ一緒に隠れて覗いておる時点でナハトも興味津々なのがバレバレなのじゃ。咎めつつ自分だって柱の陰からチラチラ見ているのじゃ」
「何が面白いの?」
 くいくいと俺の服を引っ張って首を傾げながらフィオが訊ねてくる。うん、まぁお前はこういうの興味無さそうだよな。この状況を楽しそうに覗いてるフィオなんて想像出来ないし。
「あ~……野次馬根性というか、姫さんが――じゃない、女王が天明に告白しそうな雰囲気だからその結果を気にしてるというか、過程自体も楽しんでる風っぽいけど……俺にも分からん。覗き趣味は無いしな」
「ワタルは楽しくないの?」
「そりゃ自分がされたら微妙だしな、興味は多少あるが覗くほどじゃない。それより、怪我大丈夫か? ……顔に怪我なんかして…………」
 聞きながら頬に出来てしまった傷の近くを撫でる。フィオたちが戦った混血者たちも相当な手練れだったらしく顔と腕に切り傷が出来てしまっている。女の子なのにこんな怪我して……痕が残ったらどうするんだ。
「ワタルくすぐったい。血は止まってるしアゾットがあるからもう治り始めてる。たぶん痕も残らない」
 俺が気にしている事を読んでフィオはそう答えた。くすぐったそうに首をすくめるが嫌ではないらしく目を細めて大人しくしている。手を離すとちょっと残念そうな顔をするから引っ込めるタイミングが分からず猫の顎を撫でるように頬をさわさわと撫で続ける。
「だ、旦那様、妾も頑張って怪我したのじゃ。撫でてくれても良いのじゃぞ?」
 頑張って怪我した、ってなんかおかしくね? 頑張ったから怪我した、とか、まぁいいか。頑張ったのは本当でミシャもナハトも傷を負っている。
「綺麗に治るといいんだけどな」
「……痕が残ると旦那様に嫌われるのか?」
 俺の言葉にビクりとして少し震えながら不安げに揺れる瞳を向けてくる。
「嫌わないって。女の子だから痕が残ると良くないなって事、帰って傷が治る前に能力で治療してもらえば綺麗に治るだろうからあんまり気にしなくても大丈夫だとは思うけど――」
「三人とも静かにして、気付かれたらどうするのよ。せっかく面白そうなのに」
 気付かれたら女王様が恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして激怒して怒鳴られた挙句に呆れ顔の天明に見送られつつ追い出されるんだと思うけど。
「た、タカアキ! わた、わたくしの……私の傍に、ずっと傍に居なさい!」
 恥ずかしそうに頬を染め、途中詰まりつつもそれでも振り絞るように声をだして言い切った。
「キャー、あの娘とうとう言ったわ。騎士様はどう答えるのかしら」
「騒ぐとバレるぞ」
 少し朱に染まった両頬を手で押さえつつ悶えるティナはなんとも楽しそうだ。ナハトとミシャも他人事だというのにカァっと顔を赤くして二人の様子を見逃さないように凝視している。天明の方は突然の事にポカンとしている、やっぱりそういう意識では見てなかったか。
「……永久に」
 そう言って跪き女王の手を取り手の甲へキスをした。それだけでフィオ以外の女性陣の顔はポンッと湯気を噴き出しそうなほどに真っ赤に染まった。流石に友達のこんなシーン見るのは恥ずかしいな……似合ってるけども。
「とわに、ってなに?」
 フィオがまたさっきと同じようにくいくいと服を引っ張って聞いてくる。
「永遠、ずぅ~っとって事だ」
「とわに…………」
「っ! 本当に? 本当の本当に? 日本に帰ったりもしない? ずっと、ずっと一緒に居てくれるの? この国で一緒に?」
「女王になったとはいえ、この先も色んな事があるだろうからね。危なっかしい『妹』を一人には出来ないよ」
 …………せっかくカッコよく決まってたのに『妹』扱いだよ、あいつ気付いてないよ! 女王様悔しさでぷるぷる震えてるもの……うちの女性陣はたぶん怒りで震えている。拳を握り締めてるし。
「なんで妹扱いなのよ!? どう聞いたって愛の告白じゃない!?」
「お、俺に文句言うな、よよよ。揺さぶるな」
 ティナは天明の勘違いが余程頭に来たらしく俺の服を掴んでガシガシと揺さぶってきた。
「そうじゃ……そうじゃなくて、確かに、初めて会った頃は自分の気持ちが分からなくて、頼れる兄のように慕ってるのだと思った事もあるけど、今は、わたくしは、男の人として傍に、居て欲しくて……だから……好きなの! 愛しているの!」
 途切れつつも、はっきりと神殿内に響くほどの声で確かに伝えた。流石に今度は伝わったんだろう、天明はさっきとは違い大きく目を見開いていて女王を見つめている。
「そうか。今までのはそういう事だったのか……だとしたら俺は随分ソフィアを傷付けてしまっているな」
「薄々はそうなんじゃないかと思ってましたけど、態とではなく本当に気付いてくれてませんでしたのね…………」
 考え直すと思い当たる節が多いのか天明は弱ったとばかりに額に手を当てて悩み始めた。
「やっぱり駄目、かしら……? 帰る方法がある今、留まる必要なんてありませんしわたくしは妹止まりのようですし…………」
 俺と話した時は見てくれなければ振り向かせればいいみたいな事を言ってた気がしたが、いざ本人を目の前にして悩んでる姿を見たら弱気になったようだ。
「そういう事じゃないんだ、ソフィアの事は大切に思ってるし傍に居るってのも嘘じゃない。ただ今まで妹のように見てきて恋愛対象っていうのは考えた事がなかったから……すぐに切り替えるのは難しいかもしれないけど、それでもいいかい?」
「それって――」
「これからはソフィアの恋人として傍に居て守り続ける。守らせてほし――」
「タカアキー」
「ちょ、ソフィア!?」
 女王は天明の首に抱き付き喜びに満ちた表情で僅かに涙を浮かべ唇を重ねた。天明は驚いたようだがされるがままに受け入れている。……知り合いのこういうシーンを見るのって凄く気まずいのは俺だけだろうか……少なくともこの場では俺だけらしい。ティナはニヤニヤしながら、ナハトとミシャは顔を真っ赤にしつつ食い入るように見つめている。そしてフィオは――。
「よかったね」
 そう言って微笑ましいものを見るように穏やかな顔を二人へ向けていた。
「それで航、いつまでそうやって覗いているつもりだ?」
「おぉう!? いつから気付いてたんだ? 俺は覗くつもりはなかったけどティナ達が…………ごめんなさい撤退します。ほら行くぞ」
「えぇー、まだ見たいのに」
 天明と女王に冷ややかな視線を向けられつつ慌ててティナ達を引き摺って神殿から逃げ出した。神殿を飛び出して石橋まで来た所でフィオに手を引っ張られて足を止めた。なんか顔を上気させてもじもじしてこちらを上目遣いでちらちらと窺っている……もしかして、さっきのにあてられたか? そんなわけないよな?
「どうした?」
「私も、とわに一緒にいたい」
 俺の手を柔らかい両手でしっかりと握り締め、少し照れくさそうに頬を染めてはにかみ好意を伝えてきてくれる。これはダメだわ、こんな可愛い事をされたら身体が熱くなって抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
「あ、ああ、そう……だな」
「とわに?」
 首をこてっと傾げてこちらを澄んだ瞳で見上げてくるのはズルいと思う。
「永久――にぃいいい!?」
 フィオと見つめ合っていると背中を何かがつつつーっと伝い、直後柔らかい衝撃の後心地良い重みがのしかかってくる。背中に飛び付かれて前屈みになりつつ横を向くとすぐ傍にティナの不機嫌そうな顔があった。
「フィオにだけそんな事言って……私も永久にって言葉が欲しいわ」
「そうだ、私にも言って欲しいぞ。だがその前に、離れろティーナー」
「旦那様、わ、妾も永久に、なのじゃ」
 ナハトがしがみ付いてるティナを引き剥がそうと引っ張り、ティナと一緒にズリズリと引き摺られている俺の所にミシャがとことことこっとやって来て屈託のない無邪気な笑顔でそう言った。
「あ、ああ、ありがとう――」
「わ、私もよ。私だってずーっと一緒に居るんだから」
「私もだ! 私が一番傍に――」
「ちょ、わ、わ……あ、ダメだこれ」
 ナハトがティナの上に被さるようにして飛び付いて来てその勢いで石橋の端に追いやられ、三人分の体重を支え切れずにそのまま橋から落下した。
「何やってるんだよ…………」
「すまない、私としたことが――」
 水面から顔を出したナハトは水草に塗れて化け物のようになっていた。
『ぷっあっはっはっはっはっはっは』
「ナハト凄い事になってるわよ」
「うぅ、なんだこれは……だがティナだって似たようなものだぞ」
「きゃぁあああ!? なによこれー!?」
 大笑いした俺とティナも同じく水草に塗れて凄い格好になっていた。ずるずるして張り付いて来て気持ち悪い。
「うへぇ、気持ち悪い。さっさと上がって帰るぞ」
「うぅ……気持ち悪いわ。ワタル取って~」
「うわっ抱き付くな、余計に張り付いて気持ち悪い。じーぶーんーで、はーがーせー」
「そうだ。毎度毎度事あるごとにワタルに抱き付くな」
 抱き付こうとするティナを押さえながら湖から上がり、水草を剥がし服を絞ると俺たちの為に残されていた馬車の一つに乗り込み蒼昊宮を後にした。
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