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【長老のアイアイ】
しおりを挟む〈2012年3月31日〉
優吾は、明け方に目を覚ました。
何とはなしにベッドから這い出して、動物病院の外に出る。
「幸福村」の夢を見たのは、久しぶりのことだった。
ずいぶん永い間、忘れていた。
優吾は、無意識に頭の中で、先ほど見た夢を反芻(はんすう)していた。
明け方の静かな園内をゆっくり歩いているうちに、やがて、幸福村のことは、頭から離れていった。
その代わりに思い浮かんできたのは、昨日言っていたケイコの言葉だった。
「ここでは退院は、本人の自由意志に任せることになってるの。あたしのように居たければずっと保護してもらえるし、出ていくも自由だわ。この動物園の長老のアイアイがね、人間を尊重してくれるタイプなの。それで助かってる……」
長老のアイアイか……一度会ってみたいものだな。優吾は、ふと思う。
いつまでもここに居続けるわけにはいかないだろう。
動物病院に戻り、いつものように、午前中はベッドの上で、ゴロゴロしながら過ごした。
その後、昼に動物たちからの食事の配給があるはずなので、ケイコや三上さんと一緒に、動物病院の前で待っていた。
やがて、配給係がやってきた。その姿を見ると、いち早くケイコが驚いた様子で呟く。
「長老のアイアイだわ……」
全身黒毛で尻尾の長い猿が、配給用のテーブルの方に軽い足取りで歩いてくる。
すぐにテーブルの上に飛び上がり、横を向くと、すかさず手を振り上げた。
すると、その方向からヨチヨチと一匹のケープペンギンが歩いてきた。
その後ろからは、のっそのっそとシロクマがやって来る。
今日の配給は、魚だった。
炭の入った七厘をシロクマがむんずとつかんで、テーブルの上に三台並べる。
それにアイアイがマッチを片手に、火を炊(た)く。
続けてケープペンギンが、片っ端から子アジをクチバシにくわえこんでは、網の上に放り投げていく。
魚の焼けるいい匂いがしてくる。
焼けた魚は、シロクマが両手でおそるおそるつまみあげて、皿の上にのせる。
ケープペンギンは、器用に首を動かしながら、網の上の魚をひっくり返すのに忙しい。
火をつけ終わったアイアイは、その様子と人間たちの並んでいる姿を、交互に眺めている。
配給をもらうために並んでいた優吾は、ふと、そんなアイアイと目が合った。
〈続く〉
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