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【遥かな夜空の広がりの中に】
しおりを挟む夜闇に、銀杏の梢の影がぼんやりと浮かんでいる。
いつもの光景だった。
ホッと胸をなで下ろし、優吾は、ふと目を閉じた。
その瞬間、優吾はふいに、平衡感覚を失った。
身体が何度か突拍子もなく回転して、宙に浮かんだ気分になった。
気がついたら、優吾は、遥か空の上に来ていた。
見下ろすと、眼下には灰色の厚い雲の層が広がっている。
その間に宙に浮いた優吾の身体に容赦なく強風が吹きつけてくる。
優吾は思わず、吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえようとする。
下を見ると、雲の層が風に流されるたびに、風がうなり声をあげ、渦を巻いている様子が見える。
絶え間なく、空を揺するような音をあげ、雲は乱れながら流れていく。
そんな状態は、普通の人間なら長い間耐えられるものではない。
優吾は心から、雲のずっと下まで降りて行きたいと願った。
その時、そう、それは一瞬だった。
雲がぐんと優吾に向かって一気にせまって来たのだ。
瞬間移動という移動技術がもしこの世に存在するなら、今のような感覚に間違いあるまい。
気がついた時には、優吾は物凄い勢いで雲の中を飛んでいた。
いや、飛ぶというよりはまっ逆さまに、落ちていたのだろう。
吹き上がる風の中を、震えるように冷たい靄の中を、全速力で落ちていった。
靄が晴れ、雲を抜けきった時、優吾は遥かな夜空の広がりの中に、音もなく、投げ出された。
その後、優吾は数百メートルも繰り返し宙を大きくバウンドしながら、やっと、夜空の一点に止まることができた。
こんな思いは二度とごめんだ、と優吾は心底思う。
たまらず、両手で顔を覆(おお)う。
ようやく呼吸が整ってきたようだ。
何という経験だろう。
たとえこれが夢だとしても……それにしても、きつすぎる冗談じゃないか。
〈続く〉
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