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【そんな自分も悪くない】
しおりを挟む10万回赤面したって、足りないくらいだ。
貼り紙にイタズラしたのは、どんなガキんちょなんだろう。
まさか、〈オコト〉を〈オトコ〉に書きかえるなんて。
それを真に受けた私って……いったい?
事の事情を、察したお琴の先生と、着物を着たお弟子さんは、あの時、あきらかに、戸惑っていた。
「はっ? 男の作法ですか」
「はいっ。教えてほしいんです」
「それを聞きに、今日いらしたんですか?」
「ええ、勇気を出しました。昨日までの自分と終止符を打ちたいんです!」
しばらくして、お琴の先生がプッっと吹き出した。
続いて、そばに座っていたお弟子さんもクククっと笑いだす。
狐に包まれたような面持ちでいる真由美に、笑いをこらえて、先生が言う。
「わたしは、オコトの先生ですよ。オトコじゃなくて、オ・コ・ト。
おおかた、子供がイタズラに書きかえたのでしょう」
「ええ、わたしが気がついて、書き直しておきましたわ」
先生の言葉を受けて、お弟子さんが口をはさんだ。
真由美は、一瞬、我を忘れた。
穴があったら、入りたいとは、このことだろう。
ただ、ひたすらに赤面して何度も謝る真由美の前に、そっとお茶が差し出された。
「先生なら、オコトでもオトコでも、お手のものよ。この際、何でも聞いていかれるといいわ」
颯爽とお盆を持って立ち上がる所作が美しいお弟子さんは、微笑みをたやさない。
真由美は、顔を上げて、改めて、先生を見た。
まっすぐに見つめ返してくる先生の眼差しは、どこか海のように広くて、何だか羽毛のようにやわらかそうだった。
年齢を感じさせないその雰囲気は、存在が凛として際立ち、透明感にあふれていた。
不思議だった。
何だか、いつの間にか、気分が晴れていた。
私はドジで、おっちょこちょいで、人に言えないくらい、失恋回数も更新中だけど、それでも私は私なりに正直に生きている……
真由美には、この目の前で静かに座っている先生と向き合っているだけで、何故だかそんな自分も悪くないと思えてくるのだった。
〈続く〉
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