夜行列車ー冥土往還記

B.H アキ

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夜行列車ー冥土往還記(審判の駅)

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第二章 審判の駅

列車はやがて、重い音を響かせて止まった。
窓の外には、深い靄に包まれた駅のような場所が広がっている。
風はなく、灯籠の明かりがゆらめき、遠くで鈴の音が響いていた。

私は立ち上がり、扉が開くのを待った。
やがて鉄の扉が静かに左右に割れ、冷たい空気が頬を撫でた。

 外には、二つの影が立っていた。

  一人は朱の肌を持つ赤鬼。
 その眼は火を宿したように鋭く、
    肩から掛けた数珠が音を立てている。
 もう一人は蒼の肌を持つ青鬼。
 その瞳には深い湖のような
     静けさがあった。

二人は降りてくる人々を一人ずつ見つめ、
無言のままに、右と左へと振り分けていく。
 赤鬼の示す道の先は闇に沈み、
 青鬼の指す方には柔らかな光
    が漂っていた。

私は列の最後に立ち、手のひらが汗で濡れるのを感じた。
 自分がどちらへ行くのか――
考えるたびに胸の鼓動が早まっていく。

やがて私の番が来た。
赤鬼と青鬼が同時にこちらを見た。
その眼差しは、肉体ではなく、心そのものを見透かすようであった。

二人はしばし顔を見合わせ、黙したまま動かない。
やがて赤鬼が、低くうなるように言った。

 「……珍しい。光も闇も、どちらにも
        傾かぬ魂とは。」
      青鬼が静かに頷く。
 「この者は、まだ“途中”の者だ。」

その瞬間、駅全体がざわめいた。
空気が震え、灯籠の火が一斉に揺らぐ。
足元の大地が微かに鳴り、靄の奥から、
荘厳な声が響いた。

 「その者を、こちらへ。」

赤鬼と青鬼が同時に頭を垂れる。
靄が割れ、奥に玉座が現れた。
黒漆の玉座の上に、ひときわ大きな影が座している。
金色の冠を戴き、眼は深淵のごとく澄んでいた。

 ――閻魔王である。

私は膝が震え、自然と頭を垂れた。
閻魔王は、長い沈黙ののち、静かに口を開かれた。

 「汝の魂は、未だ穢れきらず。
  されど、清らかとも言えぬ。」

その声は雷のように重く、それでいて水のように柔らかかった。
私は震える声で問うた。

 「私は……死んだのですか。」

閻魔王は私を見つめ、微かに目を細めた。

 「死とは、一度きりの門ではない。
  人は心を失えば、その時に死ぬ。
  だが汝の心には――まだ灯がある。」

私は息を呑んだ。
胸の奥が熱くなり、涙がこぼれた。
王の言葉は、まるで自分の最も深い場所に触れるようだった。

閻魔王はゆっくりと手を上げ、命じた。

 「この者、未だ“終わり”にあらず。
  現世に縁残すゆえ、再び光へ還
        せ。」

赤鬼と青鬼が声を揃えて「御意」と答えた。
その瞬間、足元が眩い光に包まれた。

目を開ける間もなく、私は光の中に飲み込まれ、
すべての音が遠のいていった。

 最後に、閻魔王の声が静かに響いた。

 「生きるということは、
  常に己を裁き続けることなり。
  その裁きに恥じぬよう――歩め。」

そして私は、光の彼方へ落ちていった。
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