僕、天使に転生したようです!

神代天音

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 林に飛び込んで、しばらく走って。

「つ、つかれたぁ……」

 僕は早くもつかれていた。
 だって、今までろくに食事してこなかったし、運動もしてこなかったし。正直体は年齢に見合ってはいない。せいぜい8歳児がいいところだろう。
 おかげで全く持久力がない。全然距離が稼げていない。どうしよう。

 とりあえず、考えても仕方ない。走れるようになるまで休憩するしかない。そう思って、座り込む。

 上を見上げると青い空。周りは陽の光を受けて輝く青々とした木々。
 ああ、のどかだ。

「————っ!」

 鳥の声が聞こえるような気もするし。この森、いいなあ。

「——どこだっ、あいつはぁああ!」

 全然鳥じゃなかった。
 
 普通にもう追いつかれてる。どうしよう。
 なけなしの体力を使って、泣きべそをかきながら走る。どうしようどうしようどうしよう! こんな森の中じゃあ、誰も助けてなんてくれない。
 ひたすらにがむしゃらに走る。走る。右とか左とか考えている暇もない。とりあえず足がついた方向に走る。
 きっと、側から見たら歩いている速度くらいなんだろうな、今。体力無さすぎて。それでも走るしかない。
 そして、がむしゃらに移動していると——。

「へっ?」

 突然開けた場所に出た。思わず混乱して変な声も漏れてしまった。
 でも、すぐに木を取り直す。こんなところにいたらすぐに追いつかれてしまう。とりあえずここからも抜けないと。
 そう考えて、足の向きを変えて、走り出そうとした時だった。

「おい、追われてんのか?」

 思わずその言葉に、真上に飛び上がってしまう。全然気づかなかった。人がいたなんて。
 声をかけられた方を見ると、真っ赤な髪に真っ赤な瞳の太陽みたいな人が、こっちを見つめていた。本当に太陽みたいなイケメンさん。

「——っ」

 頭の中ではくだらないことを考えているのに、僕の口は何も言わない。
 初めて見る家族以外の人。あれが家族だったかは甚だ疑問なんだけど。テンパってしまって声が出せないんだ。
 でも、その人はそんな僕を見ても怒ったりしなかった。それどころかわざわざしゃがんで目線を合わせてくれた。

「俺はソレイユって言うんだ。冒険者っつう人助けをする仕事をしてる。お前は今困ってるんだろ? 俺は助けてやれる。どうする?」

 そして、わかりやすく説明してくれる。冒険者ってかの有名な冒険者なんだろうか。ファンタジー小説お馴染みの。
 そんなことを考える僕は、微塵もソレイユさんのことを疑っていなかった。僕の第六感がこの人は安全だって言っているような気がして、全く警戒していなかった。

 助けてもらって、いいのかな?
 それ以外にないかも知れない。この人は信用できる。きっと大丈夫。
 僕はだいぶ間を作ってから答えた。

「たすけて! ぼく、売られちゃうの!」
「よし、よく言った。俺が助けてやる」

 僕の言葉にニカっと笑ったソレイユさんは僕をささっときているマントの内側に入れた。

「とりあえず逃げるのは間に合わないだろう。だから、このマントの中に隠れておいてくれ」
「——うんっ」

 これでよかったんだよね? 大丈夫だよね? どうしても消せない不安と一緒にソレイユさんのマントの中で縮こまる。
 
「大丈夫だ。俺が守ってやるからな。落ち着いて、深呼吸して」

 あまりに僕の様子がおかしいからだろう。ソレイユさんが僕の背中をマント越しにぽんぽん叩いて落ち着かせてくれる。次第に強張った体も解けてきた。

「ありがと」
「おう、どういたしまして、だな」

 ちょっと安心感が増した。きっとソレイユさんなら守ってくれる。そう考えて、そっと息を吐いた時だった。

「どこだぁああ! あいつがいなきゃ俺たちにお金が入らないじゃないか!」

 叫び声が聞こえてきた。この声は父親? 追いつかれて奴隷商に引き渡される自分を想像して、思わず震えが来る。
 でもすぐにソレイユさんの温もりでそれが治る。ソレイユさんが守ってくれる。大丈夫。

「そこのお前、ここに鳥獣人の子が来なかったか!?」
「来ていないな。だが、向こうのほうで何かが走る音が聞こえた。動物かと思ったが、もしかしたら違うかも知れない」

 声をかけられたソレイユさんはしれっと嘘をついている。いや、半分は嘘じゃないのかも知れない。動物の音、本当に聞いたのかも。

「向こうだな!?」

 父親はお礼を言うことなく走り去っていったよう。なんとか誤魔化せたみたい。
 でも、ソレイユさんはそのまま僕をマントに包んで、前に抱え込んだ。そして、周りの荷物をささっとまとめている。

「どうして?」
「ここからすぐに離れないとだめなんだ。このままじゃあお前は森の中で追われ続ける。俺と一緒に行こう?」
「どこに?」
「売られない、安全なところ。俺が一緒に暮らしたっていい。自由な独り身だ。なんだか、お前と離れちゃ後悔する気がするんだ」

 ソレイユさんはそう言って優しく微笑む。
 本当に頼ってもいいのかな? こんなに助けてもらっちゃっていいのかな?
 そんな考えが顔に出ていたんだろう。

「子供が心配することじゃあない。子供は大人に素直に頼っていればいいんだ」

 その言葉に安心して、頷く。

「いっしょににげて。ぼく、助けてほしい」
「よく言えました!」

 ソレイユさんはまたニカっと笑って、今度は頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。撫でられるのなんて初めてで、思わずソレイユさんの手に頭を擦り付けてしまう。
 でも、そんな僕をソレイユさんは嫌がらない。むしろ嬉しそうに撫でてくれる。僕の第六感は間違っていなかったらしい。

「それじゃあ、そのままマントの中に隠れておいてくれ。どこかですれ違ってしまうかも知れない。お前を追っているのは何人だ?」
「たぶんさんにん」
「じゃあ、その3人に会わないように行こう」

 そう言ってソレイユさんは歩き出す。




 僕は知らない。これが色んな人に愛される僕の人生の第一歩だと言うことを。
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