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さいごの夜
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ちょっと前、ご近所さんが「黒猫なんて不吉よねぇ」とかげ口を叩いていたのを耳にしたことがある。
それはウチのベルベッドのことだ。
でもわたしは、なめらかな夜のようなので、黒がいちばんきれいな色だと思っている。
だけどベルベッドは黒まみれというわけでもない。
もちろん体毛は黒なんだけど、鼻がピンク色でかわいらしいアクセントになっていた。
そのベルベッドももう十八才。
人間にたとえるならかなりの年寄りである。
なのでとうぜんわたしが生まれる前からベルベッドはウチにいた。
わたしの人生はベルベッドとともにあったとも言えるだろう。
それでも近い将来、かならずお別れのときが来る。
だから何気なくすごしていても、どこか、気持ちがピンッと張り詰めていた。
今はベルベッドにできうるかぎり長く寄りそっていたい。
とは言え、猫は気まぐれだから、わたしがひっつきに行っても逃げられることが多々あるのだけれど。
わたしが寿命に対して神経質になっているのにはわけがあった。
ウチの庭先には桜の古木が植わっている。
老いていても毎年春になるとはなやかに咲きほこっていたんだけど……、去年台風によってダメージを受けたこともあり、ついに枯れてしまったのだ。
わたしが生まれる前から存在するものを失ったときのショック。
当たり前の日常としてあったものが当たり前でなくなるのはすごく悲しくて怖かった。
ベルベッドもその内そうなるのかと考えただけでそわそわとし、目頭が熱くなるほどだ。
わたしには、一日一日を大切に過ごすことしかできない。
いつかやって来るその日まで。
そんなある日、ベルベッドが姿を消した。
わたしは不吉な考えを閉め出して、家や庭、近所を探しまくる。
それでもベルベッドは見つからなかった。
夜になってもベルベッドは姿を現さない。
親たちは「きっと……」とあきらめムードだ。
いやだ。
ベルベッドとお別れなんかしたくない!
わたしはえさを入れた器をもって、暗い庭に出ると、ベルベッドの名前を何度も何度も呼んだ。
しかし夜は何も応えてくれない。
そのうち月明かりもかげりはじめ、わたしはなすすべもなく暗闇に立ちつくすことしかできなかった。
ベルベッド。
お願い出て来てちょうだい。
せめてお別れぐらい言わせてよぉ……。
ふいに風がふいた。
すると涙でにじんでいた目の前を花びらが横切る。
「まさか」と振り向けば、桜の木が満開の花を咲かせていた。
すでに枯れていたはずなのに。
さっきまで枝しか広げていなかったのに。
にゃーん。
するとどこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。
……ベルベッド?
にゃーん。
どこにいるの!
周囲を見回せど姿は見当たらない。
はらはら
はらはらはら
桜が、桜の花びらが散りはじめる。
まるでさいごの力を使い果たしたかのように。
わたしはその様子をあぜんと見守ることしかできなかった。
とうとう桜の木は、むざんな姿に戻ってしまう……。
いえ、ピンク色の花びらが一枚だけまだ残っていた。
にゃーん
えっ? まさか……。
目をこらしてみると、闇夜にりんかくが浮かび上がる。
ちがう、花びらじゃない! あれはベルベッドのピンク色の鼻だ!
ベルベッドがピンクの鼻をこちらに向けて、枝の上にたたずんでいた。
わたしは思わずかけ寄りかけて……、止めた。
ベルベッドはお別れを言いに来たのだ。
もう、とどめることはきっとできない。
にゃーん
ベルベッドがひときわ高く鳴き声を上げると……、ふいっと闇に飛び込み消えてしまった。
いつしか涙がこぼれていた。
でもそれをぬぐうことなくたたずみ、ベルベッドはさびしくない、きっと桜の精とともに天国に行けるのだと自分に言い聞かせた。
わたしの人生からベルベッドは消えた。
もう今までの日常とは異なるのだ。
それでも――思い出はけっして消えることはない。
わたしは涙と鼻水をごしごしとそででふき取ると、静かにありがとうとつぶやき、闇夜に笑顔を咲かせた。
それはウチのベルベッドのことだ。
でもわたしは、なめらかな夜のようなので、黒がいちばんきれいな色だと思っている。
だけどベルベッドは黒まみれというわけでもない。
もちろん体毛は黒なんだけど、鼻がピンク色でかわいらしいアクセントになっていた。
そのベルベッドももう十八才。
人間にたとえるならかなりの年寄りである。
なのでとうぜんわたしが生まれる前からベルベッドはウチにいた。
わたしの人生はベルベッドとともにあったとも言えるだろう。
それでも近い将来、かならずお別れのときが来る。
だから何気なくすごしていても、どこか、気持ちがピンッと張り詰めていた。
今はベルベッドにできうるかぎり長く寄りそっていたい。
とは言え、猫は気まぐれだから、わたしがひっつきに行っても逃げられることが多々あるのだけれど。
わたしが寿命に対して神経質になっているのにはわけがあった。
ウチの庭先には桜の古木が植わっている。
老いていても毎年春になるとはなやかに咲きほこっていたんだけど……、去年台風によってダメージを受けたこともあり、ついに枯れてしまったのだ。
わたしが生まれる前から存在するものを失ったときのショック。
当たり前の日常としてあったものが当たり前でなくなるのはすごく悲しくて怖かった。
ベルベッドもその内そうなるのかと考えただけでそわそわとし、目頭が熱くなるほどだ。
わたしには、一日一日を大切に過ごすことしかできない。
いつかやって来るその日まで。
そんなある日、ベルベッドが姿を消した。
わたしは不吉な考えを閉め出して、家や庭、近所を探しまくる。
それでもベルベッドは見つからなかった。
夜になってもベルベッドは姿を現さない。
親たちは「きっと……」とあきらめムードだ。
いやだ。
ベルベッドとお別れなんかしたくない!
わたしはえさを入れた器をもって、暗い庭に出ると、ベルベッドの名前を何度も何度も呼んだ。
しかし夜は何も応えてくれない。
そのうち月明かりもかげりはじめ、わたしはなすすべもなく暗闇に立ちつくすことしかできなかった。
ベルベッド。
お願い出て来てちょうだい。
せめてお別れぐらい言わせてよぉ……。
ふいに風がふいた。
すると涙でにじんでいた目の前を花びらが横切る。
「まさか」と振り向けば、桜の木が満開の花を咲かせていた。
すでに枯れていたはずなのに。
さっきまで枝しか広げていなかったのに。
にゃーん。
するとどこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。
……ベルベッド?
にゃーん。
どこにいるの!
周囲を見回せど姿は見当たらない。
はらはら
はらはらはら
桜が、桜の花びらが散りはじめる。
まるでさいごの力を使い果たしたかのように。
わたしはその様子をあぜんと見守ることしかできなかった。
とうとう桜の木は、むざんな姿に戻ってしまう……。
いえ、ピンク色の花びらが一枚だけまだ残っていた。
にゃーん
えっ? まさか……。
目をこらしてみると、闇夜にりんかくが浮かび上がる。
ちがう、花びらじゃない! あれはベルベッドのピンク色の鼻だ!
ベルベッドがピンクの鼻をこちらに向けて、枝の上にたたずんでいた。
わたしは思わずかけ寄りかけて……、止めた。
ベルベッドはお別れを言いに来たのだ。
もう、とどめることはきっとできない。
にゃーん
ベルベッドがひときわ高く鳴き声を上げると……、ふいっと闇に飛び込み消えてしまった。
いつしか涙がこぼれていた。
でもそれをぬぐうことなくたたずみ、ベルベッドはさびしくない、きっと桜の精とともに天国に行けるのだと自分に言い聞かせた。
わたしの人生からベルベッドは消えた。
もう今までの日常とは異なるのだ。
それでも――思い出はけっして消えることはない。
わたしは涙と鼻水をごしごしとそででふき取ると、静かにありがとうとつぶやき、闇夜に笑顔を咲かせた。
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