おもひで雨

猫春雨

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おもひで雨

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 空が晴れない。
 心も晴れない。
 そんな気持ちでも日常は立ちどまりやしない。
 どんなにゆううつであろうと学校に行かなくてはならないのだ。
 ふと玄関でお父さんの黒い傘が目にとまった。
 夕方から雨がふって来たとき、よく駅まで迎えに行っていたことを思い出す。
 傘立ての上で手がさまよい――お父さんの傘を手に取った。
 するとどうだろう。
 傘は待ってましたと言わんばかりにぶるりと身をふるわせた。
 そうか、しばらく使われていなかったもんね。
 きっと外が恋しかったに違いない。
 わたしはお父さんの傘とともに家を出る。
 そしてボタンを押して傘をいきおいよく開いた。
 傘が雨を力強くはじく。
 心なしか軽く感じるのは傘が浮かれているせいなのか。
 道路に出て足が向いたのは学校……じゃなく駅の方角だった。
 ほら、犬は散歩コースが決まっているじゃない。
 傘だって通いなれた道の方がうれしいんだと思うんだ。
 現に傘がかなでる雨音は、いんうつな雨を陽気なものに変えている。
 このままわたしがおどり出せばミュージカル映画のようになるかもしれない。
 そんなこと想像したら思わず笑いがこみ上げて来た。
 他人が見ればあぶないやつだと思われそう。
 でも、でも、ああこんな気分になったのはひさしぶりだ。
 お父さんが亡くなって以来、家の中は梅雨空のようにじめじめとしていた。
 お母さんもおじいちゃんもおばあちゃんもずっと表情を沈ませている。
 わたしはなんとかその空気を変えようと話しかけても、返って来るのあいそ笑いのみ。
 わたしだってつらいのをがまんしているのに……。
 わたしだって悲しみで胸がいっぱいなのに!
 ……ふぅ、マイナスのことを考えるのはよそう。
 あっ、アジサイが咲いている。
 ひと目見たとき、りんかくだけで真ん中の花が咲いていないように思える。
 けれどこれはそうゆう種類で、ガクアジサイと言うらしい。
 そうお父さんに教えてもらっていた。
 ほかにもアジサイの下に死体を埋めたら花の色が変わるんだぞと恐ろしいことも聞いていた。
 もし、お父さんが埋められていたらどんな色になるんだろう。
 こういうのをフキンシンというのかもしれないけれど、きっとタイガースが好きだったから、黄色と黒の縞模様かもね。
 ふふ、また顔がにやけちゃう。
 家に阪神グッズをあふれさせたお父さんらしいと言えばお父さんらしい彩りだから。
 あれ、これ、とお父さんとの思い出がつまった景色をめぐっているとなんだか元気がわいて来た。
 たしかにお父さんはいなくなった。
 だけどお父さんとの思い出はこの街に息づいているんだ。
 そうこうしているうちに駅が見えて来た。
 ちょうど朝の混雑時間。
 みんな駅の改札に飲み込まれてて行くけれど……。
 わたしは足を止め、少しずつ目を見開いててゆく。
 駅に見なれた人影がたたずんでいたのだ。
 まさか……お父――さん?
 お父さんはそうだよとでも言うようにやさしい眼差しをわたしに向けていた。
 あ、ああ……。
 わたしはゆっくりゆっくり噛みしめながらお父さんに近づいてゆく。
 そしてついにお父さんの前にやって来た。
 なみだをぬぐいながら傘をたたむと、傘はぬれた犬のように身ぶるいをした。
 お父さんが手をさし出す。
 わたしは傘を……そっと手わたした。
 ありが――ゴーン!
 ふいに雷がとどろき、思わず身をすくめ、一瞬目を閉じる。
 次に目を開いたときにはもう、お父さんの姿は見当たらなかった。
 わたしはしばらくほうけたようにつっ立っていた。
 ふと空を見上げれば、雲間から日が射し込みはじめている。
 雨が止んだ。
 わたしの心にもあたたかな日差しが届いている。
 もう一度駅を見て――バイバイ。
 雨に洗われた街に戻りながら、お母さんたちの心もいつか晴れることを願ってやまない。
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