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3 因縁
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上級学校時代の制服を着ていた。遠くに見える講堂からは校歌が聴こえてきて、胸元を見れば、卒業生であることを示す白いリボン徽章を着けていた。フラエの結い上げた黒髪や肩に、雪がはらはらと降りしきる。吐く息は白いのに、不思議と寒さは感じなかった。
「フラエは卒業式、出なくてよかったのか?」
振り向けば、同じく徽章をつけたグノシスが、ベンチに座っていた。僕は、と口を開きかけて、閉じた。グノシスは脚を組み、フラエに向かって微笑みかけ、悪だくみをするときの顔をする。
「俺とお前がいなくて、今頃あっちは大騒ぎだろうな」
「……今更、みんな驚かないよ」
学内では身分の平等が取り決められており、同級生であるグノシスに、フラエは敬語を使わない。もっとも規則における身分の平等は有名無実と化しており、王子であるグノシスに敬語を使わないのはフラエくらいだった。こっちに来い、とグノシスが優しい声で言うので、フラエは誘われるままに隣へ座った。
「今日で終わりか」
グノシスがぽつりと漏らした言葉に、胸が苦しくなった。フラエの実家であるリンカー公爵家は、北方の国境地帯に領地を持っている。明日からフラエは、国境警備に当たるリンカー家の一員として、騎士団に入ることになる。武の道より、研究の道へ進みたかった気持ちを押し殺して。加えてフラエは貴族としての振る舞いが得意ではなく、未来に向けての気持ちは暗い。
なにより。
「あなたにこうして会えるのも、話せるのも、今日が最後だ」
ぽつりと呟くと、「そうだな」とグノシスは静かに頷いた。なんだかたまらない気持ちになって、俯いて指を組む。ずっと言いたいことがあった。それは今を逃せば、一生言えないことだった。グノシスは胸の徽章を弄りつつ、「でも、また機会はあるだろ」と言う。楽観的で、傲岸不遜な彼らしくて、笑えてしまった。
「何を笑っている」
顔を顰める彼に「ごめんって」と平謝りすれば、グノシスはフラエの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。一応きっちりまとめ上げた髪の毛が乱れて、頬にはらはらと落ちる。やめてよ、と笑い混じりに言うと、グノシスは手を止めた。見上げると強く唇を噛んでいて、痛々しかった。どうかしたの、と問えば、彼はくしゃりと笑う。
「いや、……」
彼は両手でフラエの頬を挟み、そっと二人を向き合わせた。フラエは、この手をよく覚えている。彼の大きな手は悴んで、冷たくて、だけど自分の頬は火照っていた。
「ねぇ、グノシス」
頬へ当てられた手に、自分の手を重ねる。少しでも自分の体温を分け与えるように。彼はじっと、フラエを見つめていた。フラエは、人の感情を推し量るのは苦手だ。だけどどうしても、今、彼にどう思われてもいいから、伝えたいことがあった。
「好きだよ」
その瞬間、フラエの目から燃えるようにあたたかい涙があふれた。「すき」と告げて、彼を見るのもつらくなって目を閉じる。
「一晩だけ、僕にください。一生忘れないから」
グノシスの手がぴくりと震え、フラエは逃がさないとばかりに握りしめる。しかし彼の強い力で手は引き剥がされ、どうして、と目を開けると、グノシスは険しい顔でフラエを睨んでいた。これまで見たことのない、怖い顔だった。彼は強い感情で肩を震わせ、「ふざけるな!」と怒鳴りつける。
「俺を馬鹿にするのも大概にしろ。そんなふしだらな真似をすると思うのか!」
頭を強く殴られたような衝撃がフラエを襲った。自分の必死な求愛を、彼はふしだらだと罵った。それでも十九歳のフラエは、必死に彼に縋りつく。
「いいだろ、それくらいくれよ……! 僕らに婚約者はまだいない、それなら一晩だけほしい。不貞にはならない。一生、だいじにするから、」
「聞きたくない!」
それを彼は手酷く拒絶して、雪の中に突き飛ばして。濡れた石畳は冷たくて、痛くて、身体がすくんで蹲る。グノシス、と彼を見上げれば、彼はベンチから立ち上がって、どこかへと走り去ってしまった。追いかけることもできなくて、フラエは校歌を聴きながら、そこでただ、涙を流していた。
こうして五年前の光の月、フラエとグノシスは決別したのだ。
「フラエは卒業式、出なくてよかったのか?」
振り向けば、同じく徽章をつけたグノシスが、ベンチに座っていた。僕は、と口を開きかけて、閉じた。グノシスは脚を組み、フラエに向かって微笑みかけ、悪だくみをするときの顔をする。
「俺とお前がいなくて、今頃あっちは大騒ぎだろうな」
「……今更、みんな驚かないよ」
学内では身分の平等が取り決められており、同級生であるグノシスに、フラエは敬語を使わない。もっとも規則における身分の平等は有名無実と化しており、王子であるグノシスに敬語を使わないのはフラエくらいだった。こっちに来い、とグノシスが優しい声で言うので、フラエは誘われるままに隣へ座った。
「今日で終わりか」
グノシスがぽつりと漏らした言葉に、胸が苦しくなった。フラエの実家であるリンカー公爵家は、北方の国境地帯に領地を持っている。明日からフラエは、国境警備に当たるリンカー家の一員として、騎士団に入ることになる。武の道より、研究の道へ進みたかった気持ちを押し殺して。加えてフラエは貴族としての振る舞いが得意ではなく、未来に向けての気持ちは暗い。
なにより。
「あなたにこうして会えるのも、話せるのも、今日が最後だ」
ぽつりと呟くと、「そうだな」とグノシスは静かに頷いた。なんだかたまらない気持ちになって、俯いて指を組む。ずっと言いたいことがあった。それは今を逃せば、一生言えないことだった。グノシスは胸の徽章を弄りつつ、「でも、また機会はあるだろ」と言う。楽観的で、傲岸不遜な彼らしくて、笑えてしまった。
「何を笑っている」
顔を顰める彼に「ごめんって」と平謝りすれば、グノシスはフラエの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。一応きっちりまとめ上げた髪の毛が乱れて、頬にはらはらと落ちる。やめてよ、と笑い混じりに言うと、グノシスは手を止めた。見上げると強く唇を噛んでいて、痛々しかった。どうかしたの、と問えば、彼はくしゃりと笑う。
「いや、……」
彼は両手でフラエの頬を挟み、そっと二人を向き合わせた。フラエは、この手をよく覚えている。彼の大きな手は悴んで、冷たくて、だけど自分の頬は火照っていた。
「ねぇ、グノシス」
頬へ当てられた手に、自分の手を重ねる。少しでも自分の体温を分け与えるように。彼はじっと、フラエを見つめていた。フラエは、人の感情を推し量るのは苦手だ。だけどどうしても、今、彼にどう思われてもいいから、伝えたいことがあった。
「好きだよ」
その瞬間、フラエの目から燃えるようにあたたかい涙があふれた。「すき」と告げて、彼を見るのもつらくなって目を閉じる。
「一晩だけ、僕にください。一生忘れないから」
グノシスの手がぴくりと震え、フラエは逃がさないとばかりに握りしめる。しかし彼の強い力で手は引き剥がされ、どうして、と目を開けると、グノシスは険しい顔でフラエを睨んでいた。これまで見たことのない、怖い顔だった。彼は強い感情で肩を震わせ、「ふざけるな!」と怒鳴りつける。
「俺を馬鹿にするのも大概にしろ。そんなふしだらな真似をすると思うのか!」
頭を強く殴られたような衝撃がフラエを襲った。自分の必死な求愛を、彼はふしだらだと罵った。それでも十九歳のフラエは、必死に彼に縋りつく。
「いいだろ、それくらいくれよ……! 僕らに婚約者はまだいない、それなら一晩だけほしい。不貞にはならない。一生、だいじにするから、」
「聞きたくない!」
それを彼は手酷く拒絶して、雪の中に突き飛ばして。濡れた石畳は冷たくて、痛くて、身体がすくんで蹲る。グノシス、と彼を見上げれば、彼はベンチから立ち上がって、どこかへと走り去ってしまった。追いかけることもできなくて、フラエは校歌を聴きながら、そこでただ、涙を流していた。
こうして五年前の光の月、フラエとグノシスは決別したのだ。
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