【完結】農民オメガ、領主の跡取りアルファに見初められるけど畑の方が心配

鳥羽ミワ

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1 そんなことより麦を刈りたい

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 まだ朝露に濡れた麦畑の土を、裏に鋲を縫い付けた農作業用ブーツでしっかりと踏む。麦の穂はたっぷりと実って頭を垂れて、俺たちに収穫されるのを待つばかりだ。鎌はいつも通り、ずっしりとした重さで、手によく馴染んだ。そよそよと風が吹くたびに、麦たちが黄金の海みたいに波打つ。
 父さんと母さんはもう畑へ出ていて、遠くで「アンジュ」と俺を呼んでいる。手を振り、大きな声で「いるよ」と返事をする。ざくざくと後ろから足音が聞こえて、すっかり俺の身長を抜き去った弟の大きな身体が、俺の隣に並んだ。

「兄さん、今日は……いや、今日『も』、無理しないでくれよ?」
「なあに言ってるんだ、フランク。ほら、俺は元気だぞ」

 心配するフランクには、にこりと笑いかけてやる。力こぶをつくってみせれば、「ほっそ」と呆れたように笑われた。

「でもまた身体を壊さないか、心配なんだよ。父さんと母さんが何言ったって、俺が守るから、休んでいてくれ」

 俺の二倍も三倍もたくましい腕を持つ弟は、俺と同じく、麦穂狩りのための鎌を持っている。俺は首を横に振った。

「うるさい。ほら、今日でこの畑は全部収穫するんだぞ。行った行った!」

 蹴散らすように言えば、しぶしぶといった様子で、フランクは畑へ入っていった。
 俺も鎌を握り直して、一歩踏み出す。遠くには、馬に乗った人影がちらほら見えた。領主さまや、そのお家の人たちが、見回りに来ているんだろうか。
 となればいよいよ、サボることはできない。俺は腰をかがめて、目の前の麦穂を刈ろうと鎌をかける。
 かっぽかっぽと、のどかな馬の足音が遠くから聞こえた。日差しも穏やかで、いい日だ。俺は鎌を振って、一株収穫した。背中のかごへと放り込む。
 相変わらず、遠くから馬の足音が聞こえる。
 不意に、その穏やかな音は速駆けのどっどっどっという音色になって、どんどん近づいてきた。俺が思わず顔をあげると、大柄な男が、ものすごい勢いで、黒毛の馬を駆っていた。彼はあっという間に俺の目の前へやってくる。俺の目の前で馬の手綱を強く引き、とめた。馬だって、急には止まれない。仰け反って前脚を高くあげ、いななく。秋の朝日が、その男を、まるで神話の英雄みたいに照らしていた。彼は麦穂にも負けない金髪をなびかせ、ひらりと身軽に馬から降りる。
 そして、ずかずかと俺に向かって歩み寄ってきた。俺は咄嗟に身動きが取れずに固まる。
 その緑の瞳が、真っすぐに俺を射貫くように見つめた。

「兄さん!」

 遠くから、フランクの声がする。だけど俺はまるで、身動きをとれなかった。俺の首の後ろが、じんわりと熱くなる。
 目の前の男から蜂蜜酒のような、甘ったるくて、でも離れられない、魔性の香りがする。

「お前、オメガだろう」

 そして男は、つんと顔をあげて――ただでさえ、俺より頭ひとつぶん背が高いのに――大きな掌を、ずいと差し出した。指には、見たこともないような色の石がたくさん嵌まった、金銀の指輪をつけている。
 たぶん領主さまとか、そのお屋敷の人とかだ。俺が目を白黒させている間に、彼は「ルイだ」とぶっきらぼうに名乗った。

「お前は、俺の運命の番。お前を今すぐ、俺の屋敷へ連れていく」
「え!?」

 いきなりの急展開に、頭が追いつかない。俺とこの人が、運命の番?
 空の青さ。麦の香り。土のにおい。降り注ぐ朝日。
 そんな大自然を全身で感じながら、俺はしげしげとその男を見つめる。何を言っているんだろう、こいつは。ずっと眺めていても飽きそうにない美形ということしか分からない。
 やがてしびれを切らしたように、男は俺の左腕を掴んだ。ぐいと引っ張られる。俺は咄嗟に鎌を持った右腕を振った。
 ほとんど反射で、口が動いた。

「そんなことより、麦を刈らなきゃいけねえんだけど!」
「は?」

 俺のその言葉に、時が止まった。しばらく俺と男は、じっと見つめ合った。
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