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5 発情期
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俺は散々父さんに絞られ、母さんにどつかれ、その日いちにちの仕事をすることになった。もちろん、いつも仕事を始める時間よりずっと遅くなっているから、今日はがんばらなくちゃいけない。
落ち込みながらとぼとぼと農具小屋へ鎌を取りに行くと、フランクと鉢合わせた。フランクは血相を変えて駆け寄り、「大丈夫か」と心配してくれる。俺の弟だけが優しい。
それにしても、何が「大丈夫か」なんだろうか。俺が首を傾げていると、フランクは「何のんきにしてるんだよ」と叫ぶ。
「あんなえらい人に連れていかれて、なんにもなかったわけないだろ。酷いことはされなかったか?」
「ええ? そんなのされてないよ。ただ馬に乗せてもらっただけだ」
「本当に?」
かなり怪しがっているけれど、本当にそれだけだ。フランクはまだ若くて「いやらしいこと」の知識を覚えたてだから、ちょっとそういう風に考えやすいのだろうか。微笑ましくて半笑いになると、「笑ってる場合じゃないだろ」とフランクは言った。その据わった目つきに、俺の背筋が自然と伸びる。
「父さんと母さんと、あと村長が話してたぞ。兄さんがもしルイさまに気に入られるようであれば、兄さんを送り出してやろうって。その時には、牛を潰して宴会を開くそうだ」
「え!? なんでそんな大事になってるんだ」
ぎょっとして大声を出すと、フランクは呆れたように「兄さん」と俺を諭した。
「兄さんはこの村唯一のオメガだから、みんなそれなりに心配しているんだよ。それにこんなさびれた村から、領主さまの家に嫁ぐ人が出るなんてなれば、お祭りになるのは当然だろ」
どうやらみんなの中で、俺がルイ様へ嫁ぐことは決定事項らしい。俺はおろおろと「でも」と口ごもった。フランクは「でももなんでもないよ」と首を横に振る。
「兄さん、往生際が悪いんじゃないの? とにかく、領主さまの息子に見初められるって、こういうことらしいんだ」
フランクも困っているようで、いつもより声が暗い。俺たち兄弟は顔を見合わせて、二人して途方に暮れた。
「で、でも、俺がいなくなったらみんな困るだろ。人手が足りなくなってさ」
俺の必死の言い訳に、フランクは目を細めて顔をしかめた。その言わんとすることくらいは、分かる。だけど到底受け入れられなくて、俺はさらに言い募った。
「ただでさえ忙しいんだから、人手が減ったらいけないだろ?」
「うん……」
フランクは言い淀んで、「それはまた後で話そう」と目を逸らした。
「ほら、仕事をしよう」
そして、さっさと畑へと入っていった。逃げたな、と思う。
俺はその背中を睨みつつ、こちらも畑へ入っていった。
麦を刈り、穂を集めて、今日も仕事をする。昼過ぎになると、いろんなことがあって疲れたせいか、身体がだるい。熱っぽい気がするけど、こういう時に限って何もないに決まっている。
だというのに、フランクは「もう上がったら?」と顔をしかめた。
「アレが近いんじゃない? 念のために、山の小屋に行った方がいいと思うけど」
言わんとすることはすぐに分かった。俺の発情期が近いって言いたいんだ。俺は言葉に詰まって、だけど反論できなかった。
発情期は、ひどいものだ。俺はぐだぐだになって使い物にならなくなる。それに加えて、周りをいやらしい気分にしてしまうにおいを出すから、山にある小屋へ鍵をかけて、こもることになっているんだ。
父さんと母さんも、無理をするなと言ってくれた。こうなったら、意地を張っても仕方ない。俺だって、周りに迷惑をかけてまで、働きたいわけじゃない。
だから鎌を置いて、家に帰った。着替えて、替えの衣服を何枚か持って、山――といっても、小高い丘くらいの高さだけど――にある小屋に向かった。
おんぼろの丸太小屋の扉を開ける。ここは元々木こり小屋だったらしいけど、村にときどき生まれるオメガの避難場所になっていた。十年前に嫁いでいったオメガの次に俺がよく使うようになって、なんだかんだと手入れはされている。
藁山の上に毛布を敷いただけの、簡単な寝床に横たわった。なんだか心細くなって、膝を抱えて転がる。
気づくと、呼吸が浅くなっていた。身体も熱い。
本当に発情期が来てしまった。俺は小屋の内側から鍵をかけて、そこで力尽きる。扉へもたれかかるみたいに崩れ落ちて、うずくまった。
お腹が熱い。ずくずくと疼いて、どんどん寂しくなってくる。この寂しさは、お腹の中を埋めるしかない。
落ち込みながらとぼとぼと農具小屋へ鎌を取りに行くと、フランクと鉢合わせた。フランクは血相を変えて駆け寄り、「大丈夫か」と心配してくれる。俺の弟だけが優しい。
それにしても、何が「大丈夫か」なんだろうか。俺が首を傾げていると、フランクは「何のんきにしてるんだよ」と叫ぶ。
「あんなえらい人に連れていかれて、なんにもなかったわけないだろ。酷いことはされなかったか?」
「ええ? そんなのされてないよ。ただ馬に乗せてもらっただけだ」
「本当に?」
かなり怪しがっているけれど、本当にそれだけだ。フランクはまだ若くて「いやらしいこと」の知識を覚えたてだから、ちょっとそういう風に考えやすいのだろうか。微笑ましくて半笑いになると、「笑ってる場合じゃないだろ」とフランクは言った。その据わった目つきに、俺の背筋が自然と伸びる。
「父さんと母さんと、あと村長が話してたぞ。兄さんがもしルイさまに気に入られるようであれば、兄さんを送り出してやろうって。その時には、牛を潰して宴会を開くそうだ」
「え!? なんでそんな大事になってるんだ」
ぎょっとして大声を出すと、フランクは呆れたように「兄さん」と俺を諭した。
「兄さんはこの村唯一のオメガだから、みんなそれなりに心配しているんだよ。それにこんなさびれた村から、領主さまの家に嫁ぐ人が出るなんてなれば、お祭りになるのは当然だろ」
どうやらみんなの中で、俺がルイ様へ嫁ぐことは決定事項らしい。俺はおろおろと「でも」と口ごもった。フランクは「でももなんでもないよ」と首を横に振る。
「兄さん、往生際が悪いんじゃないの? とにかく、領主さまの息子に見初められるって、こういうことらしいんだ」
フランクも困っているようで、いつもより声が暗い。俺たち兄弟は顔を見合わせて、二人して途方に暮れた。
「で、でも、俺がいなくなったらみんな困るだろ。人手が足りなくなってさ」
俺の必死の言い訳に、フランクは目を細めて顔をしかめた。その言わんとすることくらいは、分かる。だけど到底受け入れられなくて、俺はさらに言い募った。
「ただでさえ忙しいんだから、人手が減ったらいけないだろ?」
「うん……」
フランクは言い淀んで、「それはまた後で話そう」と目を逸らした。
「ほら、仕事をしよう」
そして、さっさと畑へと入っていった。逃げたな、と思う。
俺はその背中を睨みつつ、こちらも畑へ入っていった。
麦を刈り、穂を集めて、今日も仕事をする。昼過ぎになると、いろんなことがあって疲れたせいか、身体がだるい。熱っぽい気がするけど、こういう時に限って何もないに決まっている。
だというのに、フランクは「もう上がったら?」と顔をしかめた。
「アレが近いんじゃない? 念のために、山の小屋に行った方がいいと思うけど」
言わんとすることはすぐに分かった。俺の発情期が近いって言いたいんだ。俺は言葉に詰まって、だけど反論できなかった。
発情期は、ひどいものだ。俺はぐだぐだになって使い物にならなくなる。それに加えて、周りをいやらしい気分にしてしまうにおいを出すから、山にある小屋へ鍵をかけて、こもることになっているんだ。
父さんと母さんも、無理をするなと言ってくれた。こうなったら、意地を張っても仕方ない。俺だって、周りに迷惑をかけてまで、働きたいわけじゃない。
だから鎌を置いて、家に帰った。着替えて、替えの衣服を何枚か持って、山――といっても、小高い丘くらいの高さだけど――にある小屋に向かった。
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藁山の上に毛布を敷いただけの、簡単な寝床に横たわった。なんだか心細くなって、膝を抱えて転がる。
気づくと、呼吸が浅くなっていた。身体も熱い。
本当に発情期が来てしまった。俺は小屋の内側から鍵をかけて、そこで力尽きる。扉へもたれかかるみたいに崩れ落ちて、うずくまった。
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