【完結】農民オメガ、領主の跡取りアルファに見初められるけど畑の方が心配

鳥羽ミワ

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4 嫁入り時

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 そう口にしてから、ふと、いい香りがすることに気づいた。
 甘ったるくて重たい、だけどどこか胸がひりひりと寂しくなるような、蜂蜜酒の匂い。思わずドキドキしてしまうような香りだ。
 首をひねりつつ、鼻をあちこちへ向ける。ルイ様は笑って、馬を止めた。俺たちは見渡す限りの麦畑の中、風を浴びる。

「さあ。身体の相性が、とびきりいいということだろうな」
「えっ? そういうことをしていなくても、分かるものなんですか?」

 驚いて声を上げると、背後のルイ様がくつくつと喉を鳴らして笑いだした。だけど不思議と、馬鹿にしている感じはない。
 ルイ様は、そうだな、と秋風に溶けて消えてしまいそうな声で頷く。

「分かるもの、とされているが、どうかな。試すか?」

 えーっ、ととんでもない大声が出た。ルイ様は途端に大きな声で笑いだす。耳元で太い笑い声が響いて、俺はどぎまぎしながら前を向くしかない。

「素直でよろしい」
「……ええ。どうせ俺は、単純な馬鹿ですよ」

 拗ねるというより、自分を軽蔑したような声が出た。ルイ様は「そうなのか?」と、俺に尋ねる。

「お前はたしかに向こう見ずで単純だが」

 ほら、馬鹿にしている。俺が思わず目を瞑ると、ルイ様はさらに続けた。

「俺はお前のそういうところも、好ましいぞ」
「えっ? どこがですか?」

 驚いて、思わず後ろのルイ様を振り向く。ルイ様はひょいと太い眉をあげて、「なんだ」と俺を見下ろす。

「お前は面白いぞ。まさかこの俺より、畑を優先されるとは思わなかった」
「あ、あれは……!」

 頬が熱い。あれはすごく失礼なことだったと、さすがの俺でも分かっていた。だけどルイ様はまるで気にした様子もなく、ただ喉を鳴らして笑っている。

「面白いな、お前は。そんなに麦の収穫が大事か?」
「……当たり前でしょう。大事に決まってます」

 そう答える声が嘘だとバレないか、どきどきした。
 もちろん、麦の収穫は大事だ。年に一度の、大事な仕事だ。
 だけど本当のことを言えば、俺はそれが、本当に大切ってわけでもないんだ。家族から身体の弱いオメガ、お荷物、ごく潰しって思われているのに、気を遣われるのが嫌なだけ。一生懸命やっていれば、そう責められることもないから、がんばっているだけ。
 俺がここにいてもいい理由がないから、自分で必死に作っているだけ。

「嘘だな」

 そして、ルイ様にはあっさりと見破られる。俺はどきりとして、固まった。ルイ様はそんなの構わずに、馬を歩かせ続ける。
 俺はしばらく黙り込んで、恐る恐る反論してみた。

「嘘じゃありません。本当に、畑が大切なんです……」

 もっと正しく言えば、畑仕事が、俺の生きる理由だから。仕事をしていないと、俺は生きていてはいけない気がする。だから俺は今だって、畑に出ないといけないのに。
 だけど俺はこのままお屋敷へ連れていかれて、この人の「番」にされるんだろうか。そうなったら、一体どんな仕事をしなくてはいけないんだろう。
 知らないことは、怖い。
 俯きがちになる俺の後ろで、ルイ様は「ふむ」と鼻を鳴らした。
 お屋敷は遠いらしく、まだまだその姿は見えない。俺はぼんやり、辺りを見渡した。
 視界いっぱいに、金色の麦畑が広がっている。ちらほらと村のみんなが畑に入って、麦穂を刈っているのも見えた。
 そして気づくと、俺の家の畑が近づいてきていた。あれ、とルイ様を振り返る。ルイ様は「興が削がれた」とつまらなさそうに言って、馬から降りた。俺の身体を持ち上げて、俺も地面へと降ろす。
 俺は地上へ足をしっかりとつけた。そして、ルイ様と向かい合った。何を言われるのか、何をされるのか分からなくて、俺の身体は強張る。
 ルイ様は、そんな俺を見て、ふっと唇の端をゆるめた。

「なんだ。かわいいではないか」

 かわいい。
 俺が思わず固まっている間に、ルイ様はひらりと馬へまたがった。
 彼はじっと、俺を見つめる。そういえばこの人は、真っすぐに馬を駆って、俺に声をかけてきた人だった。
 どぎまぎしつつも、思い切ってルイ様を見上げる。ルイ様は俺を見下ろして、偉そうな態度で腕組みをした。いや、この人は実際、偉い人なんだけど。
 視線が、熱い気がする。思わず俯きつつ、上目遣いになった。目を逸らしたら、負けだと思ったんだ。
 ルイ様は俺を見下ろしたまま、口を開く。

「お前は、俺の『運命の番』だ。必ず迎えにくる。が……しかし」
「し、しかし?」

 俺が首を傾げると、ルイ様はにやりと笑った。

「お前から、俺のもとへ来るのだと言わせてみせる。その時が、お前の嫁入り時だ」

 そう言い残して、ルイ様は手綱を握った。馬の腹を蹴る。そして、颯爽と立ち去っていった。
 残された俺はといえば、わなわな震えながら、拳を振り上げる。

「ぜってー言わねー! 俺はあなたより、畑の方が、ずっとずっと大事なんですからね!」

 俺の叫びは、虚しく麦畑へと消えていった。
 なお俺の叫びは家族へ聞かれることとなり、俺は厳しく怒られた。
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