婚活中の俺をクソ生意気な後輩が好きだと言うので、こっちから結婚を迫ってみた結果……

鳥羽ミワ

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「は?」

 俺は、思わずまじまじと彼を見つめる。
 艶やかな金髪は、丁寧にくしけずられていた。額へこぼれおちる髪の一束ごとが、恐るべき精度の装飾のように彼の輪郭を彩っている。長い睫毛で縁どられた緑色の瞳は炎みたいにゆらめいて、俺をじっと見つめていた。
 スーツは布の張りを感じる新品で、何気ないピンポイントの刺繍が鮮やかに目を引く。
 つまり、俺が柄にもなくこう思ってしまうくらいには、今の彼は美しい。

「お前、どうしてここに」

 なんとか言葉を絞り出す。ケインは顔を真っ赤にして、指先を組んでもてあそんだ。

「せ、先輩と、お見合いに……」
「は?」

 俺は唖然として、ケインを見上げた。言っていることが、よく分からない。

「俺と、お前が、お見合い」
「はい……」

 ひとまず立ち上がって椅子を引き、ケインへ座るように促した。ケインはすごすごと座って、気まずそうに俺を上目遣いに見る。
 こっちもこっちで、何から聞けばいいのか。あまりにも驚いたものだから、ここ数日間の気まずいやり取りなんか、頭からすっかり吹っ飛んでいた。
 俺は向かい側の席へ座り直し、足を組む。

「いや。お前、なんでここにいるんだよ。ここに来るのは――」
「今日の先輩のお見合い相手、俺の妹、なんです」

 ケインはおずおずと口を開いて、俺を見つめた。気まずそうな表情の中でも、緑の瞳が、爛々と輝いている。

「だから、先輩に思いを伝えるなら、今日しかないって……人に、言われて」

 だからなんだというのか。誰に言われて、何を伝えるというのか。俺が首を傾げると、ケインは深々と頭をさげた。

「先輩が、好きです」

 瞬間、俺の世界は固まった。こいつが、俺のことを、好き。
 ここまでの情報が、あまりにも多い。
 フリーズした俺を置いて、ケインは顔を真っ赤にして続ける。

「ずっと好きでした。学生時代からずっと……。今まで、素直になれなかったけど」
「え、そうだったんだ……? 俺のこと、おもちゃにしてるのかと」

 俺がそう言った瞬間、「すみません」とケインはさらに縮こまった。

「先輩の前に立つと、頭が真っ白になって、……あんな言い方と接し方しか、できなくて」
「はぁ」

 俺は間抜けな声を出して、しげしげとケインを眺めた。色男も形無しなくらいに、みっともなく視線が泳いでいる。

「お前って……めちゃくちゃ、ガキだな……」

 思わず漏れた言葉に、「はい」とケインが小さくなった。いつもやかましくって、でかい男がしゅんとしているというのは、なんだか妙な気分になる。
 だんだん状況を飲み込めてきた。俺は机を指で叩き、眉間にしわを寄せる。

「ていうか、お前、どういうことだよ。今日の本来の見合い相手はどっちにしろ、お前じゃないだろ」
「は、はい……」
「騙し打ちだなんてせこい真似せずに、俺に直接言えばよかったんだ。卑怯者が」
「はい……」

 でも、と、ケインが恐る恐る顔を上げる。その瞳は怯えたように揺れているけれど、真っすぐに俺を見つめていた。

「もう、こうでもしないと、捕まえられないと思って」
「は?」

 眉をひそめても、ケインはひたりと俺を見据える。
 着飾った彼は、やっぱり美しい。
 だけどその熱っぽく潤んだ瞳だとか、少し赤くなった頬だとか、そんなことばかりが目についた。俺はわざとらしくため息をついて、足を組みなおす。

 問い詰めたいことはたくさんある。なじりたいことも、まあ、ある。
 だけどこいつが、ちょっとだけ、哀れだった。ほんの少しくらいは、情けをかけてあげてもいいかな、と思うくらいに。

「なあ、ケイン」

 不機嫌かつ横柄に聞こえるように、声を少し張る。ケインはじっと俺を見つめて、続きを待っていた。それがなんだかでかい犬みたいで、俺は声を上げて笑ってしまう。

「ちょっと、先輩」

 ケインは戸惑いながら、少し腰を浮かせて、俺へと身体を傾けた。俺は行儀悪く机に肘をつく。身を低くしてケインを見上げると、奴の喉仏が上下するのが見えた。

「なんだお前、かわいいな」

 からかうように言うと、途端に不服だと言わんばかりに眉間へしわが寄った。

「かわいくないです……」

 ますます笑ってしまった。気づけば、少し胸が軽い。昨日からずっと、どこか気を張っていたらしかった。

「うん、うん。いいよ」

 俺はケインの肩を叩き、耳元に唇を寄せた。途端に硬直する身体に、面白いと思った。未知の領域への少しの恐れと、それをスパイスにした楽しさ。
 呼吸の音が聞こえるたびに、ケインの身体がますます熱くなるのが分かった。思考が追いつくより先に、心が高揚していく。

「お前が俺をす、……き、なのは、よく分かった」

 好き、の一言と、俺がどれだけ縁遠かったか。どもりながら囁くと、ケインは少し俯いた。肩が震えだす。
 なんだ笑いやがって、と顔を覗き込むと、なんとケインは泣いていた。俺が驚いて身体を引くと、彼は目元を手の甲でぬぐいながら「はい」と頷く。

「す、好きです。伝わってよかった」

 そのまま「嬉しい」と噛み締めるように言うケイン。俺は、負けたと思った。
 ケインはでかくて、かわいげがなくて、俺のことを下に見ているクソ生意気な後輩だ。
 だけどたぶん、本当に俺のことが好きで、たまらなくって、こんな行動に出たんだろう。

 じゃあ、こいつでいいかな、と思った。

「俺と結婚する?」

 気づけば口から、こんな言葉が飛び出てきた。しまった、と口をつぐんだところで、もう遅い。
 ケインは「は」と間抜けな声を出して、ぽかんと口を開ける。今ならまだ取り消せそうだ。

「結婚、するか?」

 だというのに、俺は念を押すように求婚していた。
 こいつがかわいいのが悪いんだと思う。

「けっ、結婚します」

 裏返った声でケインが言う。いつものこ憎たらしさのかけらもない、いっそみっともないくらい焦った姿。
 ここは普通なら戸惑ったり、幻滅したり、呆れるところなのだろうが、なぜかそんな気になれない。
 俺の今の気持ちを率直に表現するなら、「いい気分」だ。

「それじゃあ、決まりだ。契約成立」

 掌を差し出す。握手のつもりで横向きに差し出した掌は、下向きにひっくり返された。上を向いた手の甲にケインの唇が降りて、うわ、と俺は色気のない声を出す。

「こういうことやる奴だったんだ」
「そうみたいです」

 いつもの憎らしさはどこへやら、俺の顔色を窺うように見上げるケイン。
 思い返してみれば、こいつの生意気な態度は、甘えやなにかの裏返しだったんだろうか。それを差し引きしても腹は立つけれど、そのいらだちも許してやっていいかと思うくらいには、かわいいかもしれない。
 気づけば、雨は止んでいた。西の空には、青空の端切れがのぞいている。

 こうして俺の婚活生活は終わりをつげ、代わりに結婚の準備に追われることになった。
 あの美女が他人の恋愛成就を生きがいにしている人だとか、ケインがずっと彼女の協力を仰ぎながら俺の縁談を陰ながら邪魔していただとか、後々発覚した様々なことは全部ささいなことである。
 だって俺は、ケインのことを、面白くてかわいい男だと認識してしまったのだから。こんなしでかしもぜんぶ人生の愉快な話で、チャーミングポイントでしかなかった。
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