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鳥羽ミワ

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送り狼未満の筋肉と負け犬の夜泣き(彼氏の座を狙う年下攻め×最近彼氏にフラれた年上受け)

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彼氏の座を狙う年下攻め×最近彼氏にフラれた年上受け
連休前に彼氏にフラれて傷心中の受けをヨシヨシして狙う年下攻めの話。
受け視点。



 連休直前、夜七時過ぎ。若干の残業で滑り出した休日前夜は、俺をみじめにさせるばかりだ。
 先週の金曜日、俺は恋人に振られた。三年付き合って、相手が浮気をして、「他に好きな人ができたから別れて欲しい」。二股かけなかっただけ彼は誠実で、あとムキムキでデカくて、だから好きだったんだけど、最後の最後の別れで全部台無し。
「くそったれがよ~」
 ひとりごちる俺は、完全にやばい奴である。会社の最寄り駅に向かえば、仕事帰りながらもちょっとだけ目に光のある人々が、地下鉄へ向かう階段へと吸い込まれていく。
 本当は連休で、恋人とデートしようと思っていたんだ。彼が見たいと言っていた映画を観にいくか、それとも動画のサブスクでも見るか、それでちょっと疲れたらいいレストランに行って、二人きりの時間を過ごす、つもりだった。
「くっそ」
 疲れた精神が罵倒の言葉をひねり出し、なんとか自我を保とうとする。いい年をして恋愛なんかで泣きたくなかったし、弱っている暇なんてなかった。
「先輩、腹減りましたね」
 突然。猫背をぽん、と叩かれて、跳びあがる。
「そんなに驚かなくても。オモロ」
 同じ部署の、後輩が立っていた。新人の頃から面倒を見てやっている奴で、やたらでかくてムキムキ。相変わらず、立派な逆三角形の体格にスーツがよく映えている。彼に若干、ほんのり元彼の面影を見出してしまって、げんなりした。
「なんだよ……」
「弱ってるなぁって」
 彼はコミュ強の陽キャでとにかく明るい。るん! という擬音語がいくつか飛んでいそうな笑顔で「どっか、飲みに行きませんか」と俺の背中を叩く。
「いや、そんな気分じゃ……」
「オレ、駅前の居酒屋のクーポンもらったんスよ」
「お前飲めないだろうが」
 彼は問答無用で俺を引きずって、いつもの地下鉄駅の入り口から少し外れた居酒屋に俺を連行した。あれよあれよと個室に案内され、あれよあれよと酒と料理が目の前に並べられた。
「飲みましょうよ」
 カンパーイ、とでかいジョッキに入った烏龍茶を掲げて奴が言う。お前やっぱり烏龍茶じゃねぇかとか、俺だけビールじゃねぇかとか、いろいろ突っ込みたいところはあった。だけど俺は疲れていたので、一息に酒を煽った。その飲みっぷりに、奴がやんややんやと手を叩く。
「お疲れですねぇ。ほら、これ食べてください。これも飲んで」
 対して、俺はコミュ障の陰キャだった。乗せられるままに俺は飲み、食べ、何度も熱いのど越しの冷たい水を喉奥に流し込む。かれこれ三十分後には、すっかりできあがってしまった。
「酔っちゃいましたねぇ」
 べろべろになった俺を前に、彼はなみなみとお冷を注いで俺の前に置いた。
「ペース、はやすぎた……」
「俺飲まないから、加減が分からなくて。すみません」
 それを遠慮なくいただいて、一息に飲み干す。ぷは、と口を離すと、奴はにこにこしながら「コップ、ください」と手を差し出した。言われるがままに渡せば、またせっせと水を注がれて俺の前に置かれる。
 俺はその、冷たくて汗をかいたグラスをじっと見つめた。底と接していたテーブルの面には円状の水の染みができており、それから少しずれたところに戻されたグラス。もう戻らないんだなぁ。寂しくて、ちびちびと唇を濡らしていると、後輩が両手で頬杖をついた。
「ねー、先輩。オレのことどう思います?」
「コミュ強の陽キャ」
「そんなに褒めなくても」
 るん! とした笑顔で、彼は言う。あとは~、と俺は呂律の怪しくなった舌を回して、彼の印象を探る。
「でかくて、ムキムキ」
「鍛えてますから」
「でかくて……」
「はい」
「鍛えていて……」
「先輩、こういう男、好きでしょ?」
「ううん……」
 誘導尋問されているのでは? 頭の中の冷静な部分がちょっと囁いたが、脳のCPUが一割程度しか働いていない俺は真剣に悩み始めた。
「好きでしょ~? 見てくださいよ、この腕」
 彼はそう言って腕まくりをし、これみよがしに肩から腕にかけての筋肉を見せつけた。上腕二頭筋が逞しく隆起し、彼が力を入れるたびに蠢く。皮下脂肪が薄くて、筋の一本一本まで浮かんで生々しい。思わずごくりと生唾を飲み込んだ俺に、奴は言う。
「上半身、脱いで見せましょうか」
「みたい」
 口から飛び出た言葉に、奴は満足げに笑った。そこから俺は筋肉を肴にもう一杯飲み、もっとできあがってべろべろになった。後輩は飲み代を支払うと俺を難なく支えて店を出て、駅のホームへ向かうエレベーターに俺を乗せた。
「おれ、右回りの電車なんだけど」
「オレは左回りなんで」
 そうして俺たちは左回りの電車に揺られ、俺の知らない街並みの駅へ、彼は俺を連れてきた。手を引かれるままに歩く途中、後輩が、本当に嬉しそうに俺に微笑む。
「先輩は、筋肉好きですもんね」
「うん……」
 俺はすっかりできあがっていた。胸に抑え込んでいた寂しさが噴き上がって、だんだん夜景がにじんでいく。
「やば」
「何が?」
「泣きそう」
 俺が彼に寄りかかると、彼の腕が俺の身体に回された。
「……酔ってる? お前」
「オレが下戸で飲まないの、知ってるくせに」
 酔ってませんよ、と彼が低い声で宥める。呻き声をあげて奴の腕にしがみつくと、彼は少し上擦った声で「オレの家、来てください」と誘う。
「最近、動画のサブスク入って。映画もドラマも見放題ですよ」
「おれだって、はいってる」
 その言葉に堰を切って、涙がぼろぼろとこぼれはじめた。先輩は泣き上戸ですもんねぇ、と後輩がとんとんと背中を叩いた。
「あいつが、えいが、すきだったんだ」
 いい年をして、社会人のくせに、情けない。泣き出した俺を罵倒する俺を止めるように、彼は濡れた頬を撫でた。水滴を指の背で拭って、「オレも好きです!」と朗らかに言う。
「おまえのはなしじゃ、ねぇんだけど」
「今から先輩と映画観たいんで、自己申告です」
「ばかやろう」
 思わず太い腕にすがりついて、涙に濡れる目元を押し付ける。
「おれが、あいつのために、……えいがのために、月に、にせんえんとか、」
「元カレさん、映画好きだったんですね。先輩は?」
「べつに、でも、あいつが……よろこぶ、かおが、すきで」
 奴は迷惑がるどころか低く笑って、「そんなんだから」と、俺の身体を抱え込んだ。彼の汗ばんだ体臭とオーデコロンの甘くて清涼感のある香りが混ざって、くらくらした。大人の男の匂いだ。
「オレみたいな奴につけこまれるんですよ。お人好しで、甘いから」
 ねー、と彼は軽く言って、俺をエスコートするように歩き出す。俺はしゃくりあげながら彼に導かれるままに、恐らく彼の帰路だろう道をたどった。
「先輩、かわいいってよく言われませんか?」
「あるわけ、ないだろ」
「え~? こんなにかわいいのに~?」
 軽薄な声色と裏腹に、彼の掌はじっとりと汗ばんでいた。声もだんだん掠れて熱っぽくなって、俺は、どうしようもなくなってくる。
 途中のコンビニで、彼はペットボトルの水を二本買った。それだけだった。彼は紳士的な手つきで俺を家まで持ち帰り、丁重にお茶を淹れ、にこにこの笑顔で俺の隣に座ってテレビをつけた。一人暮らしにしては大きな画面は、確かに彼がこうした娯楽が好きであることを物語っているようだった。
「何観ます?」
「ん……」
 回らない頭で考えていると、彼の腕が俺の肩に回される。俺これ好きなんですよね、と奴はテレビをつけてサブスクに繋ぎ、既に視聴済みになっている映画を選んだ。英語のナレーションが流れ始める。薄暗い画面には拳銃が光り、しばらく経てば激しいアクションシーンに移った。激しい撃ち合いの音の中、俺たちは身を寄せ合う。
「これ、何も考えなくて済むから好きなんですよ」
 彼に寄りかかる姿勢になると、酔っぱらって体温が高い俺はすぐに汗ばんでしまう。密着した部分がじっとりと湿って、焦る俺に構わず、彼は映画の再生を続けた。
「今すぐとは言わないんで、オレとかどうですか?」
 言うと思った。
「デカいし、ムキムキだし、先輩の好きなタイプでしょ」
「うん……」
 俺はこの後輩がデカくてムキムキなだけじゃなくて、とにかく明るくて陽キャで、コミュ強で、優しくて、いいところがあるのを知っていた。いやいやと首を横に振る。
「もったいない」
「たしかにオレに先輩はもったいないですけど……」
 逆だよ。そう涙声で呟くと、彼はよっこらせ、と俺の身体を脚の間に置きなおした。背中からぎゅうと抱きしめて、「先輩さ」と、優しく言い聞かせる。
「オレにとってはオレの価値とか、先輩の価値とか、どうでもいいんです。オレが、あなたのことが好きなんです」
 ね、と宥めるように腹に手が回される。身体が熱くて逃げようとすると、捕まえるように手に力が入った。
「オレのこと、考えておいてください。元カレさんと長かったんでしょ?」
「さんねん……」
「じゃあ残りの人生全部オレと一緒ね。オレの勝ち」
「なにが?」
 それには応えず、奴は俺の肩口に顎を置いた。俺はすっかり疲れてしまって、奴の身体に体重を預けた。
「あつい」
「ですねぇ」
 じっとり、二人の間が汗ばんでいく。だけど何もない。お互いの脈動が服と身体越しに響いて、もうダメだ。
「今日は、泊まっていきますよね。何もしませんから」
「なにも、しないの?」
 ぽつりと呟くと、後輩は困ったように言った。
「先輩がもっと俺でいっぱいいっぱいになってから、ね」
 もういっぱいいっぱいだよ、とは言えなくて、黙り込んだ。目を瞑って寝たふりをすれば、「ほんとにかわいい……」という堪えきれない囁きが耳元でして、こそばゆかった。
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