野犬公の愛人

鳥羽ミワ

文字の大きさ
5 / 35

5. 動機

しおりを挟む
 夜も更けた頃だ。エリックが「軟禁」されている部屋の扉が、ノックもなしに勢いよく開く。そこから、レオポルトが飛び込んできた。

「イオネスへ向かう許可が、やっと下りたぞ」

 エリックは机から顔を上げた。いじっていた水晶玉――通信具の核となる部品――を置き、椅子から立ち上がる。

 きらびやかな宮廷衣装姿のレオポルトが、こちらへ足早に歩み寄る。巻物を差し出したので、咄嗟に受け取った。

「王令だ。見ろ」

 エリックはためらいなく巻物を開き、サインを真っ先に確認する。
 たしかに、国王の名前が書かれていた。
 そして、イオネス山脈へ向かい、通信水晶の実験を許す、と書いてある。

 息をのんで、レオポルトを見上げた。

「とうとう、あちらへ行けるんですね」
「ああ、もぎとってきた」

 レオポルトはため息をついて、首を回した。

「できるだけ早く現地へ向かえるよう、急いで支度する。魔獣が活性化する、秋頃までに終えるのが理想だが……」

 首元のタイを緩めて、また息をつく。エリックはふと気になったことがあり、首を傾げた。

「そういえば、あちらからの訴えは、いつ頃から届いていたんですか?」
「以前から継続的に入ってはいた。なんなら、私の母親は存命だった頃、ずっと嘆願していたな。母はイオネス山脈にある集落出身だから」

 ひえ、と声が漏れる。つまり、ずっと放置されていたということだろうか。

 絶句するエリックを見て、レオポルトが「一応、国王陛下の弁護をしておくぞ」と断りを入れる。

「あちらの問題を解決するための、実現可能で、実用的な解決手段がなかったんだ。だから今の今まで、手付かずになっていた」
「それで、『もぎとってきた』というのは?」

 レオポルトは口をつぐんで、にこりと微笑んだ。

「……優先順位は、何事にもあるのさ」

 なるほどなぁ、とエリックは首をすくめる。
 つまり、優先的に解決すべきこととは見做されなかった、ということなのだろう。

 レオポルトは豪奢な刺繍の施されたジャケットを脱ぎ、小脇にかかえた。その仕草と筋張った手の甲に、エリックはときめきを覚えてしまう。

「これから忙しくなるぞ」

 エリックはレオポルトの青い瞳を見据えて、頷いた。
 そのまま、目を離せなくなる。本当に美しい人だ。レオポルトもエリックを見つめ返すが、彼の方が先に視線をそらした。

「なんだ。あまり見るな」
「いえ。なんというか、その……」

 見惚れていたのが気まずくて、エリックは頷く。
 そしてエリックには、疑問がひとつあった。

「レオポルト殿下。どうして、僕を拾ってくださったんですか? 僕は投獄されていたから、引き取るにも、いろいろ面倒なことがあったんじゃないですか?」

 レオポルトは、ひょいと片眉を跳ねさせた。気障な仕草ですら様になる。

「言っただろう。イオネスからの訴えを解決するために、お前の通信魔術がほしかったのだと」

 そこまでは聞いている。
 エリックが気になっているのは、もう一段階深い理由だ。

「……僕という危険因子を抱き込むくらいに、あちらからの訴えの解決を求めるのは、なぜですか?」

 思い切って踏み込む。レオポルトは、うっすらと微笑みを浮かべた。

「言わなくてはダメか?」

 レオポルトは、椅子の背もたれへ肘をついた。顔と顔の距離が近くなり、柑橘の香りが鼻をくすぐる。彼は黙り込んで、エリックの顔を上目遣いに覗き込んだ。

 そしてエリックは、怯まずに見つめ返した。

 先に根負けしたのは、レオポルトだった。彼は「そうだな」と呟いて、身体を離す。

「お前を巻き込んでしまったからには、教えておくべきか」

 レオポルトは呟いて、目を伏せる。エリックは、真っ直ぐ彼を見上げた。
 しばらく、二人は無言だった。
 エリックは静かに、レオポルトが言葉を選び終わるのを待った。

 レオポルトは瞬きをして、エリックを見つめる。

「私は、母の敵討ちをしたい」
「かたきうち」

 強い言葉に驚く。それに構わず、レオポルトは淡々と続けた。

「私の母は、イオネスの集落に住む、木こりの娘だったんだ」

 語られる言葉に、エリックは椅子へ座り直した。この話は、きちんと聞かなければいけない。

 レオポルトはまるで懺悔するように、長い指を組んだ。

「彼女の父……私の祖父は、祖母と母を残して、若くして命を落としてしまった。春先に魔獣が出て、騎士団からの応援を呼ぼうと山を降りる最中、襲われたそうだ」

 エリックは少しうつむき加減になって、レオポルトの話に耳を傾けた。

「祖父を亡くした祖母は、幼かった母を連れて山を降りた。そこから流れて王都へ辿り着き、宮殿の下働きとして生計を立てていたそうだ」

 曲がりなりにも貴族として生まれ育ったエリックには、想像もつかない苦労があっただろう。
 レオポルトは唇を横に引いて、自分の胸をとんとんと叩いた。

「そこで、国王陛下……当時の王太子に、母は見初められた」

 そうして言葉を切って、エリックに微笑みかける。
 悲しい笑みだと思った。

「時々、思うよ。祖父が亡くならなければ、母はどんな人生を送っていたんだろうと」

 伏せられた目つきには、穏やかな悲しみがあった。彼はきっと、母親のことを、深く愛しているのだろう。

 だからこそエリックは、何も言えなくなった。
 まるでレオポルトが、彼自身の出生を否定しているように聞こえたからだ。

「そのために、まず、通報の仕組みを整えたい。祖父は騎士を呼びに山を降りなければ、死ななかったかもしれないから」

 うつむくと、色の濃い金髪がさらりと崩れた。眉の上にかかった前髪を、長い指が払う。

「どんな手段を使ったっていい、母の無念を晴らしたい。どんな結果をもたらしたとしても……」

 エリックは半ば呆然としながら、レオポルトを見つめた。
 青い瞳が部屋の明かりに濡れて、しどけなくまぶたが閉じる。唇の端がきゅっと上がった。

「ほら。私は美しいだろう?」

 冗談めかしてレオポルトが言った。ぎくりとエリックが身体を強張らせると、彼は目を開けて低く笑う。

「母親と瓜二つなんだ。私を美しく産み育ててくれた恩には、報いないとな」

 その冗談めかした口調が、悲しかった。そして今のエリックには、踏み込んではいけない領分だということも分かった。

 エリックは頭をさげて、「はい」と恭順の意を示す。
 彼が母親と過ごしたのだというこの部屋。傷んだ家具は、机以外空っぽ。
 レオポルトの真意は、よく分からない。でも彼は、寂しい生活をしている。

 その同情は、エリックの勝手だ。エリックは、レオポルトのことを何も知らないのだから。

「殿下」

 エリックの声に、レオポルトは「なんだ?」と鷹揚に首を傾げた。エリックは顔を上げて、彼へ微笑みかける。

「僕は殿下に、どこまでも、着いていこうと思います」

 レオポルトは、目を丸くして笑みを消した。エリックは、彼の動揺に構わず「着いていきます」と繰り返した。
 この人をひとりにしておけないと、強く思う。
 きっと彼は、ひとりぼっちでも生きていける。傷を負ってもくじけず、立っていられる強い人だと思う。
 だけど彼がこれまで負ってきた傷は、治っているように見えない。きっと今だって、ひどく痛んでいるはずだ。
 でなければこの人が、こんなにひどい自虐をする理由がない。

 エリックは、真っ直ぐにレオポルトを見つめ続けた。レオポルトは息を吐いて、そうか、と呟いた。

「共犯者だからな」

 聞くたびに、後ろ暗い気持ちになる言葉だ。だというのに今日は、あたたかな喜びが胸を満たした。エリックは冗談めかして、軽口を叩く。

「はい。だから殿下も、僕をどこまでも連れていってください。捨てたらダメですよ。責任とってくださいね」

 エリックの言葉に、レオポルトが喉を鳴らして笑う。その口角の上がり方がやわらかくて、エリックはほっと息をついた。
 はっきり言ってエリックは、レオポルトにほだされている。
 彼に苦しい思いをしてほしくないと、願うようになっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

BL
 同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…  缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。  30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。  「樹、俺と結婚してほしい」  「樹のことがずっと好きだった」  俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?  立花樹 (30) 受け 会社員  岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め   小説家

憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。

Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。 満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。 よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。 愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。 だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。 それなのに転生先にはまんまと彼が。 でも、どっち? 判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。 今世は幸せになりに来ました。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

処理中です...