野犬公の愛人

鳥羽ミワ

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9. 山登り

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 現地の協力者と合流したため、改めて計画の説明をすることになる。
 ゲスナーは地図を広げ、咳払いをした。

「今回の計画では、通信水晶を地面へ埋め込み、それを中継機として、末端の送受信機同士をつなぐ。こうして通信可能範囲が飛躍的に広がる」

 エリックは眉間にしわを寄せつつ、その説明を聞いた。

(全部、僕の研究成果なのに)

「すべての通信水晶は、本部に置かれる親機によって統括される。その親機は、私以外が触ることはないので、説明を省こうか」

 いちいち嫌味な奴だ。エリックは密かに、ゲスナーをにらみつけた。

 とはいえ、まずは現地を見なければ話にならない。レオポルトの指示で、オットーとハンネスの同行のもと、魔術師を代表してゲスナーが山へ入ることになった。先遣隊だ。

 ゲスナーが進み出たところで、レオポルトが手を上げ、宣言する。

「エリックも連れて行くように」

 レオポルトの一言で、エリックも先遣隊へと入ることになった。ゲスナーはあからさまに嫌そうな顔をしたが、レオポルトの手前、断れないのだろう。大人しく、エリックの参加を受け入れた。

 あくまでこの計画の主導者は、ゲスナーということになっている。エリックはその成果を「掠め取る」ために、働かなければいけない。

 今だって、レオポルトが方々へ口利きをして、なんとかエリックを現場へ捻じ込んでくれているのだ。エリック自身はまだ、何もできていない。レオポルトに何かしてもらってばかりだ。

 情けなくなって、うつむく。レオポルトはオットーを呼び、言葉を二、三交わした。オットーが頷き、エリックを呼ぶ。

「準備をしろ。軽く様子を見にいくだけなら、今からでも行ける」

 エリックは、その指示へ従順に従った。

(それにしたって、何をすればいいんだろうな)

 腹の探り合いや読みあい、誰かを出し抜くといったことは、エリックの最も苦手とする分野だ。
 だからこそ、冤罪をかぶせる格好の的になったのだろうが。

(本当に考えなしだな、僕……)

 物思いに沈んでいる間に、出発することになった。

 途中までは登山道が整備されていたが、中腹を越えたあたりで、獣道のような場所を歩くことになった。

 地面を踏みしめるごとに、腐葉土のふかふかとした感触が心地いい。同時に、体力をもっていかれる。足場が不安定で、踏みしめるごとに脚の力が必要なのだ。

 ゲスナーは早々に、肩で息をしていた。杖を支えにして、なんとかついてきている。それを後目に、エリックはできるだけ涼しい顔をした。弾む呼吸を隠すために、深く息を吐く。

 オットーは時折こちらを振り向きながら、慣れた調子で山を登っていった。最後尾を行くハンネスの足取りは軽い。世間話をする口調で、エリックへ話しかけた。

「こっから先は、俺たちも滅多に立ち寄らない場所なんだ。道が険しいのと標高が高いので、木を切っても降ろせねえんだよ」
「そうなんですね」

 エリックは地面を見て、それから空を見上げた。
 枝葉が生い茂り、視界を覆っている。隙間から見える青空は突き抜けるように高く、木漏れ日が美しかった。

 やがて、通信水晶を埋め込む予定地のひとつへたどり着いた。エリックはしゃがんで、つま先で地面を軽く叩く。

「これ、ほとんど腐葉土ですよね。どれくらい積もってるんだろ」

 ハンネスが、さあ、と首を傾げる。

「掘ってみます? めちゃくちゃ深いと思うけど」
「んー……」

 エリックはハンネスの言葉へ、曖昧に頷いた。杖で地面を叩き、呪文を唱える。魔力を走らせ、辺り一帯の地形を調べた。

 しばらく経って、エリックは片膝をついたまま、地面を掌で押す。

「かなり堆積してますね。通信水晶の固定のためには、大人の身長の二倍くらい深い場所へ埋めないと」

 ゲスナーが、嫌味ったらしい声で引っかき回す。

「貴様ひとりでは、何もできないだろう。またレオポルト殿下に泣きついて、便宜を図っていただいたらどうだ?」

 エリックはゲスナーをにらみつける。ハンネスは「まあまあ」ととりなすようにエリックの肩を叩いた。

「それにしたって、魔術ってそんなことも分かるんだ。なんでそんな深くに埋めんの?」
「ああ。ここ、腐葉土でしょう。さらに下へ行くと、岩盤層があるんです」
「ふうん、いちばん下は岩になってんだ」

 そう、とエリックは頷く。

「岩の上に腐葉土が積もっているから、何かあると――地震とか地すべりとかがあると、埋めたものの位置がズレてしまうんですよね。だから岩盤層に届くまで穴を掘って、通信水晶を埋め込む必要があるんです」

 さらに言えば、土の中には岩の類を食べる鉱石ワームがいる。普通に埋め込むだけでは、ワームに水晶を食べられてしまうだろう。食害からの保護についても考えなければ。

 ハンネスは「へえ」としきりに言って、地面を押した。エリックはなんだか気が抜けてしまって、よいしょと立ち上がる。

 地図を開いて、現在地点へ印を打った。

「オットーさん、ハンネスさん。次はここに行きたいです」

 エリックが地図を見せると、ハンネスは「いいよお」と鷹揚に頷いた。オットーも無言で歩き始める。
 ゲスナーは「ちょっと待て」と割り込んで、エリックの手から地図を取り上げようとした。

「いいから、お前は引っ込んでいろ。これは、私に任された仕事だ。男へ色目を使うようなやつにはふさわしくない」

 エリックは地図を庇って、身体を引いた。もみ合う二人を、ハンネスとオットーが引きはがす。エリックの小柄な身体を庇うように、ハンネスは彼を抱き込んだ。オットーも間に入って、ゲスナーの身体を背後へ隠す。

 ゲスナーはハンネスの腕の中にいるエリックを見て、オットーの背後から、嘲笑うように口の端を上げる。

「私たちは、卑しい男娼に堕ちたお前とは違うんだよ。身の程をわきまえろ、負け犬が!」

 エリックは飛び出そうとするも、ハンネスがたくましい力で抑えつけるためできなかった。その代わり、歯を剥きだしにしてうなる。

「そっちこそ、盗人猛々しいぞ。僕の研究なんだから、僕が実装するのが筋だろ……!」
「うるさい、黙れ。おい木こり、ちゃんと押さえておけよ」

 ハンネスは「へえ」と気のない返事をして、エリックを離さない。ゲスナーは肩を払って、ふんとエリックを嘲笑う。

 ちょっと、とエリックは声をあげた。これから同じ仕事をする仲間に対して、その態度はあんまりだ。

「きみ、『まあいい』はないだろ!」
「何を言っているんだ。私は忙しいんだから、木こりなぞに構っている暇はない。さっさと行くぞ」

 いらいらした様子でゲスナーが言う。エリックは地面を蹴って飛び出した。ハンネスの手は、呆気なくほどけた。オットーは、動かない。エリックはオットーの後ろへ回り込んで、ゲスナーの胸ぐらを掴む。

「これだから、中央のお貴族様はいけ好かないんだ!」

 あまりの勢いに、ゲスナーが怯んだように仰け反った。それに構わず、エリックは脅すように低い声を出す。

「僕たちはこれから仕事仲間なんだぞ、分かるな? さっきのはあまりにも失礼だ。ハンネスさんに謝れ」

 オットーがエリックの肩へ手を置いて、首を横に振る。ハンネスも、にこりと微笑んだ。

「もういいよ」

 ゲスナーが「そうだ」と言って、杖で地面をついた。勝ち誇ったように、エリックを見やる。

「さっさと次へ行くぞ。もたもたするな」

 そして、振り返りもせずに歩き出す。オットーも後に続いた。エリックは憮然とした表情で、ハンネスを振り返る。
 ハンネスはまた、愛嬌のある笑みを浮かべた。

「エリックせんせ。行こうよ」

 そして、ハンネスも歩き出す。エリックはしかたなく、「そうですね」と頷いた。

 三人はさらに山奥へと踏み入った。人の気配はますます遠くなり、鳥の声が近くに聞こえる。

 ゲスナーはいよいよ息があがってきたのか、立ち止まって杖を身体に当てる。唱えているのは、身体強化のための呪文だ。

 エリックは、辺りをぐるりと見渡した。澄んだ空気をいっぱいに吸い込むと、少し頭も冷えた気がした。
 ところどころ土が盛り上がっているのは、魔獣が掘り返した後だろうか。改めて、ここは素人が安易に踏み込んではいけない、危険な領域なのだと思った。

 身体の調子を確認する。息はあがってきているものの、レオポルトが鍛えてくれたおかげで、まだ身体強化を施す必要はない。

(あれ、かかっている間はいいんだけど、抜けた後がしんどいんだよな。できれば使いたくない)

 エリックは立ち止まって、腰に提げた水筒から水を飲む。幾分かすっきりした顔のゲスナーは「行くぞ」と、三人に向かって杖を振り上げた。

 そして意地悪く顔を歪めて、エリックを見やる。

「強がらずに、とっとと呪文を唱えたまえよ。足を引っ張られたらたまらないからな」

 ふん、と鼻を鳴らしていなす。こんなくだらない口喧嘩で、体力を消耗するのは避けたい。
 その代わり、ハンネスが口を挟む。

「バテた方を俺が背負うから、センセたちは気にしなくていいよぉ」

 その力の抜けた声に、エリックの口元が緩んだ。

「ありがとうございます、ハンネスさん」

 礼を言うエリックに、ハンネスは「いいよ」と笑みを返した。
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